35 セリアンスロゥプ中立国誕生
今回は3話の連投です。
最近は温かくなってきて、冬がいつの間にか終わったような感じですね。皆さんコロナウイルスには気を付けてください。
side 帝国
絢爛豪華なその部屋は皇帝の私室。金やダイヤなどの装飾を過剰に施した広々としたその部屋で皇帝が大きなソファーに横になりながら膝をついている大臣達を見下ろす。
「では確認するが、おそらく彼の欲する場所は例の遺跡じゃろう。その場合帝国の経済的損失は皆無じゃな?」
皇帝の質問に膝をついていた経済大臣が顔を上げる。
「はっ!元々あの地は辺境のさらに奥地でもあり、魔獣が闊歩する中で資源も何もないあの場所を財を投じて開発するほどの経済的価値は皆無です。」
「武力面の強化で言えば魅力のある話でもあるな?」
今度は軍務大臣に対しての確認を行う。
「はっ!先の悪魔との戦闘の報告書や、あの会議室での事を見る限りその力を取り込められるなら、帝国にとってこれ以上ない話でしょう。」
「となると、残る問題は帝国の威信という事じゃな。」
既に彼の力は帝国として認めるところだ。彼個人だけで一国に匹敵する武力。さらにその能力によって無尽蔵に資源を生み出せるという事であれば経済力に至るまで彼が居ればそれだけで国が潤ってしまうのだ。
(いやこれではまだ過小評価じゃな。彼の言葉を借りるならこの世界を軍事的・経済的に支配できる存在となっておる。ここで彼の提案を受けねば他国に話が行くだけじゃろう。その損失は計り知れん。)
誰もが皇帝の次の言葉を待っている中、経済大臣が口を開く。
「陛下発言をお許しください。」
「なんじゃ?」
「はっ!獣人を国民とする国への領土の割譲は帝国の威信に関わることでございますれば、新しく出来る国を属国とすることはいかがでしょうか?」
『おおー。』
経済大臣の発言に良い案だとでもいうような賛同の声が上がる。
単に割譲してしまえば異世界人に屈したという印象になってしまうが、属国とすればその力関係が他国にとっても明白になる。
割譲したことも帝国皇帝の異世界人を哀れに思った温情とでも言ってしまえば美談として語ることが可能だ。そんな提案に皇帝は厳しい視線を向け叱責した。
「この愚か者どもが!!今の状況をまるで理解しておらん!貴様らの代わりなどいくらでもおる。文字通り首を挿げ替えるぞ!」
その言葉に部屋はしんと静まり返る。提案をした者は額から脂汗が滝の様に流れており、賛同していた他の者も床についている膝がガクガクと震えだしていた。
そんな中、皇帝の傍らに控えていた宰相が口を挟む。
「陛下は帝国の立場が彼の下にならぬように、可能な限り対等な存在として協力関係を結びたいという事ですな。」
「当然じゃ!よいか、火乃宮 蓮という存在はもはやこの世界の国々よりも圧倒的上位者の位置に居るのじゃぞ。そんな者に属国を要求するなど愚行極まる。あの魔獣へ放たれた武器が帝国へ向いてもおかしくない。そもそもこの様な会談をせずとも圧倒的な武力で制圧してしまえばよい。それをしないのは何か彼にも考えがあるからじゃろう。大体隣に座っておったあの聖女の顔を見ておらぬのか!あの女狐が全て諦めたような表情をしておったわ。」
あの会談の最中に教国の聖女は、彼が教国と距離を置いている、不信感があると目の前にして言われたにもかかわらず、その表情に悔しさを滲ませるだけで彼を諫めようなどという行動は一切しなかった。
おそらくここに来るまでの間に彼女の心を折る出来事が既にあったという事なのだろう。
「しかし、ただ割譲しては帝国の威信に関わることもまた事実ですが・・・自らを差し出すという事ですな?」
宰相の質問に皇帝はにたりと笑う。
「そうじゃ。妾を嫁として迎えさせ皇帝の夫という立場にする。」
「夫の為を思った妻が国を作って下賜するという筋書きですな。」
「あとはこの条件を向こうが飲むかじゃな。」
「おそらく問題ありますまい。先の会談の際に彼は陛下の自分のモノにしたいという言葉に対して、『その話を受ける前に』と言っておりました。察するにこの状況も結論も全て彼の思惑通りの展開になっているのでしょう。」
「妾もそう感じておる。まったく、ただの愚か者ならどんなに良かった事か。どんな仕組みかは分からんが妾の攻撃魔法を発動さえさせなかったあの瞬間から主導権を完全に持っていかれたわ。教会への対応も考えねばならんな。彼と敵対している状況まではなかろうが、友好的でも無いだろう。何か仕掛けてくるやもしれん。」
「彼ならばそれも解決済みかもしれませんな。そして彼ならば皇帝陛下の《《あの事情》》も問題ないでしょう。」
少しだけ願いがこもった宰相の返答に皇帝が顔を見合わせながら笑った。
「そうであるならば妾はよほどの傑物の妻になるという事じゃ。女としては願ったりじゃ。」
皇帝と宰相は帝国としての結論を出し和んでいるが、叱責を受けた大臣達は早くこの部屋から退出したい気持ちでいっぱいだった。今は機嫌の良い皇帝も何かのはずみでこちらの失言の責任を取らせるかもしれない。それは下手をすれば物理的に首が飛んでいく事になるからだ。
このまま何事もなく終わってくれと心から祈っている大臣達だった。
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「満足ですか?」
別室にて最高級の帝国料理のフルコースに舌鼓をうちながら食事をしているとクロスティーナが冷たい目でこちらを見据える。
「そうですね、ほぼ想定通りで、皇帝の夫の位置に座りそうですね。」
私を試したあの瞬間にほぼこちらの意図通りになると確信できた。
相手はあの知力に長けた皇帝であって無能者ではない。必然的に自分達が置かれている状況も理解すると踏んでいた。
「蓮様はあの女の人が好きになったのかにゃ?」
ミリアムが寂しげな表情で覗き込むように尋ねてきた。
「違うよミリアム。政略の為に縁を結ぶということは人間の世界ではよく有るんだよ。」
「そうよ~、蓮ちゃんは別に私達を捨てた訳じゃないから安心なさ~い。大丈夫よ~望めばきっと皆を娶ってくれるわよ~。」
後ろからミリアムを抱き締め頭を撫でながらルーシーが諭す。
「本当!?」
期待に満ち溢れた表情でミリアムは私をみてきた。正直に言えば可愛い娘達から言い寄られて悪い気はしないが、ここまで好感度を上げた記憶も無かった。
「そんなに慕われるような事はしていないと思ったが・・・。」
「皆が蓮様には感謝しているにゃ!私達を受け入れてくれたこと、私達の為に倒れそうになるまで働いていたことも、今回の行動も・・・全部ミリアムは見てたにゃ!そんな姿を見ていて蓮様を想わないわけないにゃ!」
面と向かってここまで素直に好意をぶつけられると流石に心が動いてしまう。彩芽に似ているからこそあえて考えないようにしていた想いが押さえきれなくなってしまいそうになる。
(私の事をしっかり見ていて、尚且つ認めてくれるというのは良いものだな。)
「火乃宮様は見境がありませんのね。皇帝の夫の立場になろうという矢先にもう妾をお作りになるなんて。」
やり取りを見ていたクロスティーナが軽蔑の眼差しを私に向けてくる。この世界の貴族社会は正妻の他に側室や妾を持っている者は力有るものほど多い。
しかし教会の聖女としての彼女からしてみれば不純に映るのだろう。
「あら~、力あるものに女が群がるのは人間の世界では良くある事じゃないかしら~?」
ルーシーがずいっと私とクロスティーナの間に入り挑発しているかのように腕を組み胸を突きだして彼女を見下ろす。
「このっ、獣人風情がクロスティーナ様を見下ろすなど!」
そのルーシーの言動にイラつきを見せたルナが席を立ち詰め寄ってくる。
その時扉がノックされ皇帝からの使いの者が先の会談の返答のために10分ほど後に時間が欲しいと伝言を伝えてきた。
場の空気は一気に霧散したが、ルナはルーシーを睨み付けながらもきびすを返し会議室へと移動した。
そしてーー
「火乃宮 蓮殿、そなたに帝国の領土を割譲するにあたって一つ条件があるのじゃ。」
先程の会議室に戻り会談のテーブルに着くと皇帝が口を開いた。
「どのような条件でしょうか?」
「妾を正妃として娶って欲しいのじゃ。」
私は少し考えるそぶりを見せながら《《疑問があるよう》》に尋ねる。
「よろしいのですか?皇帝陛下のように美しい方であれば他に話もあったと思いますが?」
「まったくそなたも意地の悪い質問をする。いや、分かっていてやっているのであれば稀代のサディストじゃな。」
「心外ですね。私ほど心優しい存在は居ないと自負していたのですが。」
「どの口が言うのか・・・それで返事はどうなのじゃ?」
「失礼しました。その条件でお受けしましょう。」
そう言うと帝国側のほっとした雰囲気が伝わってくるが、逆にクロスティーナからは刺々しい雰囲気が伝わってくる。
「そうか・・・。では割譲は例の遺跡周辺で良かったな?」
「さすが皇帝陛下・・・いや私の妻だ。話が早くて助かります。獣人が拠点としているセリアンスロゥプ遺跡を中心とした半径15キロを割譲して頂ければ結構です。あっ、国境線の策定はこちらでやりますのでご安心を。」
「承知した。それで妾の夫はどこに居を構えるつもりじゃ?」
「婚姻の発表まではセリアンスロゥプの開発のためにあちらに居ますが、その後はこちらとの行き来を考えています。」
「何を言うておる。飛空艇で7時間はかかる距離じゃぞ。経費を考えてもそう気軽に行き来など・・・」
「いやいや大丈夫です。1時間もあれば来れますよ。」
そう言うと皇帝は目を丸くしながらも正気を疑っているように問い詰めてくる。
「そなた気は確かか?たったの1時間で移動など出来るわけなかろう。」
「問題ありません。そうですよね聖女様?」
実際にその移動速度を体験しているクロスティーナに話を振る。
「・・・はい。私は実際に火乃宮様の作られたオスプレイなる乗り物で遺跡からわずか1時間ほどで帝国首都グランデウスに来ております。その速度は飛空艇の比ではありませんでした。」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。帝国の大臣達は大きな口を開けながら停止してしまったかのようだった。さすがに皇帝はそのようなことはしないが信じられないものを見るような表情だった。
「そ、そうか分かった、それで良い。ではその獣人達はそなたにとってどのような存在で、どう扱えばよいのじゃ?」
「私たちは~蓮ちゃんに娶ってもらうんです~。」
ここぞとばかりにルーシーが臆面もなく話に入って来た。それに不快感を示すことなく皇帝は話を続ける。
「ふむ、側室という事か。別に妾が正妃であれば何人いようとかまわん。」
あっさりと認める皇帝にクロスティーナが鋭い視線と共に異を唱えた。
「皇帝陛下、獣人共をお認めになるという事ですか?」
「確かに教会の教えには反していよう。本来皇帝の立場で言えば認められん事かもしれぬが、エレノア・ローズ・ルメットとしては思う事は何も無い。そして皇帝である妾が認めておるのだ、何も問題はない。」
一国の王にこう言われてしまえばクロスティーナにもそれ以上の追及は出来なかったのだろう。苦虫を噛み潰したような表情で俯いた。
「では最後に国名を伝えていませんでしたね。新国の名はセリアンスロゥプ中立国とします。」
「分かった。ではこれにて会談は終了じゃ。セリアンスロゥプ中立国への割譲、建国の際の後ろ盾等については正式な文章にして発行するので少し待っておれ。その間に蓮よ、妾の夫となるそなたに話すことがある。妾の私室についてきて欲しい。」
椅子から立ち上がった皇帝は真剣な眼差しを私に向けて来た。
「分かりました。」
鮮やかな赤色のドレスを着込んだ皇帝の後姿を見ながら心配そうなミリアムやクロスティーナ達を残し、皇帝と共に会議室を後にした。
続きます。




