34 舌戦
連投最後です。
会談場所は玉座の間の隣の会議室のため移動する。
皇帝には長いドレスの裾が床に着かないようにメイド2人がかりで丁寧に持ち上げ後ろに付き従っている。帝国側は文官3名、武官5名が移動を始めている。
会議室へ案内されると、目に鮮やかな玉座の間とは違って、落ち着いた雰囲気になっていた。
互いに10名ずつが座れるくらいの大きな長方形のテーブルが中央に置かれており、天井からは帝国の赤を基調とした国旗が垂れ下がっていた。
会議室に入って右側に帝国、左側に私達が座り、皇帝は帝国側の10席ある中の一番大きな中央の椅子に腰かけ、スリットの入ったドレスを靡かせるように足を組むと、文官たちが着座した。
武官たちは1人がテーブルに腰かけ、残りは壁際に下がり直立したまま動こうとはしなかった。
こちらも私が皇帝エレノアの正面の位置に座り、続いてミリアム達とクロスティーナ達が順に腰かける。
「では会談を始めようかの。こちらには宰相・経済大臣・軍務大臣・魔法長官が席を同じくするが、基本的には妾が対応するゆえ気にするでない。」
この国は力に重きを置いている国であると聞いていたが、その対応から帝国の全てを取り仕切っているようで、どうやらこの皇帝はただの脳筋ではなくその知識も相当の者なのだろう。
「分かりました。しかしこの国では力を重視していると聞きましたが、エレノア陛下のような麗しい方が皇帝だったとは大変驚きました。」
「ふっ、周辺国家では未だそのように伝わっているのか。確かに力は重要なファクターじゃが、知力なければ国を潤せん。我が帝国では5年に一度皇帝の選出大会が行われる。そこでは力を示す他に己が知識を示すため、政策を皆に伝えて賛同を得ねばならぬのじゃ。」
「なるほど、皇帝は力を磨くだけにあらず。知識を磨き続けなければ民衆からの支持は得られないというわけですね。」
「そうじゃ。そこそこの理解力はあるようじゃの。」
「恐れ入ります。ですが、流石はエレノア陛下ですね。力に知力に美貌まで兼ね備えているのですから。」
交渉においてスムーズに物事を進めるため、相手を褒めることは定石だが、相手は一国を牛耳る皇帝だ。こちらの意図など透いて見えているだろうし、生半可な言葉では相手に逆に言質を取られかねない。慎重な言葉選びが要求される。
「ふっ、口は回るようじゃの。」
「恐れ入ります。しかし5年に一度の頻度でその様な国を動かす催し事をするとなると、帝国はよほど国力のある国なのですね。」
「当然じや。四年前から妾が統治して、日々経済的にも潤っておるからの。ギルクローネ帝国は磐石じゃ。」
「流石ですね。ちなみに私の世界では各国と様々な物資を互いに交換して、自国にはない物を取り寄せたりするのですが、この世界でも同じなのですか?」
「そうじゃの、農作物や鉱物は豊富な国から買い付けておる。逆に帝国からは質の良い武器が他国からは好まれておるの。」
「なるほど、そういったところは変わらないのですね。ところで、悪魔の侵攻については大丈夫なのですか?」
「元々そなたとはその話をするために教国に要請していたのであったな。」
世間話が終わり話題が悪魔の事になったため、若干皇帝が前のめりな姿勢で話始めてきた。
「帝国は水が豊富な国ゆえ平素から水性魔獣が多かったのだが、最近首都から離れた町で娘が拐われているという報告を受けておる。」
「それが悪魔であるということですね。」
「そうじゃ。そなたの武勇伝を聞く限りは造作もないことかもしれんがの。」
こちらを計るような視線を向けて私の力のほどを探ってくる。
「ええ、おっしゃる通り造作もありません。」
「ほぅ、えらい自信じゃのぅ。さすがは2000もの魔獣を一人で屠った者じゃ。」
「私は自分を売り込むのに謙遜はしないだけですよ。」
「ふふっ、ではその力の一端を見せてもらうことはできぬか?」
これは彼女の試しだろう。こちらがどれほどの力を実際に持っているか、その確認を行う為だ。であれば、こちらは彼女の想定を上回る実力を見せることで主導権を握れる。
「もちろん構いませんよ。・・・そうですね、ではエレノア陛下に私を魔法で攻撃してもらってよろしいですか?」
帝国側の参加者は驚いた表情で私を凝視してきた。先程の会話の中で皇帝の力はこの帝国でトップという事だ。そんな人物の攻撃魔法を受けるというのは彼らにとって挑発行為に他ならないのだろう。
「良いのか?怪我では済まぬかもしれんぞ?」
底冷えのする笑顔で皇帝はこちらを見据えてきた。
「ご心配いりません。なんならそちらにいらっしゃる魔法大臣も一緒に攻撃してもらっても良いですよ。」
両手を広げながらさらに煽るように帝国側の面々を見渡すと魔法大臣がこちらを睨みながら立ち上がった。
「過剰な自信は身を亡ぼすぞ!私と皇帝陛下の魔法がたった一人を害せぬと思っているのか!!」
激高した魔法大臣がテーブルを叩きながら激高する。
「静まれ!お主はよい、下がっておれ。妾がそなたの力を計ってしんぜよう。」
そう言うと皆席を立ち私と皇帝から距離を取り、こちらを覗うように壁際に立っていた武官の後ろに位置どる。獣人、クロスティーナ達は壁際に下がっただけで特に身を守ろうとする行動はしなかった。
私と皇帝はテーブルを挟んで相対しているが、私は自然体で悠然と構える。対して皇帝はゆっくりと右腕をこちらに向けてきた。
「用意は良いかの?なに、怪我をしてもすぐに治してやるから安心しろ。【風神の刃】」
・・・・・・・・・・
会議室は静まり返っていた。私の力を計ろうとしたことが結果的に帝国にとっては得体のしれない人物を確認しただけの様になってしまったからだ。力の底の一端でも知れればどう対処すべきかが見えてくると考えていたのだろう、しかしこの世界における一般的な攻撃手段の一つが通じないどころか発動さえさせてもらえないとなれば彼らの理解の範疇に無いのだろう。
ギルクローネ帝国皇帝は第2位風魔法の使い手。それはこの世界においては最高峰の攻撃的魔法の担い手という事でもある。そんな皇帝が一人の異世界人にまさに手も足も出なかったというのは非常に外聞が悪い。皇帝というこの国の象徴に綻びが生じてしまうほどに。
正面に座りなおした帝国側の大臣達のなんとも言い難いような表情を見るに、どう対応すればいいか決めかねているのだろう。
そんな中で皇帝はこちらを見下す様な態度から、恍惚を浮かべた表情で私の目を真っすぐ見つめて来た。
「ふふっ、素晴らしいのぅ。最初に報告を聞いた時は妾の耳を疑いもしたが、目の前で見せつけられては信じざるを得んのぅ。そなた妾のモノになる気は無いか?」
帝国にとって未知の力、現時点では対処不能の力を持つ私はとても魅力的に映るのだろう。さらに教国とは距離を置いているということは、現状では私はどこの組織にも所属していないという事になるので、自らの手中に収めておけばこの国の力・・・皇帝の力となると計算したのだろう。
(ここまでは想定通りだ。そしてここからが本番だ。)
自分に気合を入れなおし、皇帝を真っすぐ見つめるその瞳に力を籠める。
「ありがとうございます。それは大変に魅力的な申し出ですね。ですがそのお話を受ける前に、私の話も聞いて頂きたいことがございます。」
「ほぅ、そう言えば今回の会談はそなたからの申し出であったな。そこにいる獣人共も関係のあることかの。良い、話してみよ。」
「ありがとうございます。実は皇帝陛下も理解しておいでの様に私は現在教国とは距離を置いているのですが、その理由として教国には不信感を持ってしまったのです。」
そう言うと隣に座るクロスティーナからは不機嫌な雰囲気が、正面の皇帝からは興味深そうな視線が飛んで来る。
「ほぅ、不信感とは穏やかではないのぅ。この世界の唯一宗教にして平和を広めておる教会なのじゃが。」
「そもそも私はこの世界の人間では無いですので宗教観については分かりませんが、勝手に召喚されて悪魔との戦いを強いられる。そして元の世界に帰れる保証も無い中で召喚した教会を無条件で信頼できるほど私は呑気ではありませんよ。」
「ふっ、そうじゃったな。そなたは無理やりに召喚されていい様に使われているという事であれば、不信感の一つや二つ持つのも道理じゃな。」
「ええ、とはいえ最大の懸念事項はもし悪魔を倒したとしてその後のことなのです。」
「なるほど、不要になった・・・いや、下手に力も民衆からの人気も出てしまっては自分が教国や他国にとって邪魔者になると考えたわけか?」
こちらの考えを読み取るように言葉を投げかけてくる。
「正直に言いましょう、おそらく現状でも私の能力であればこの世界を武力的に征服することが可能です。それは先の悪魔の使役した魔獣との戦いの結果を知る皇帝陛下なら予想できましょう。」
「臆面もなくよう言うのぅ。だが、それも事実として受け入れよう。それで、そんな力を持っているそなたは何を望んでいるのか?」
「・・・私が安心して居られる居場所を作ろうかと考えています。」
そう発言すると帝国側からは様々な感情の視線が向けられる。正気かというものや、敵意・畏怖・警戒・・・その中に好意的なものはない。勿論それは正面に座る皇帝も一緒だ。
「国でも興そうという訳か。そして国民はそこに居る獣人どもか?」
「お察しの通りです。この世界の獣人の対応には疑問に感じておりまして、基本的な体力は人間以上であれば共存することでより発展が見込めるのではありませんか?」
「もっともな意見じゃが、リスクがあろう。」
「悪魔に操られるですか。それは教国の魔具で解消しているのでは?」
「そうだな。しかし一番の問題はお互いの歴史じゃ。」
皇帝の返答で獣人は悪魔に操られやすいという認識はやはり一般的なのだろう。ならば魔具の話はこのまま精神支配の妨害が出来ると言う体で話した方が話が簡単になる。
「反乱防止のために、厳正な管理が必要という事ですね。」
「そうじゃ、獣人共と人間は血の歴史しかない。その状況で共存共栄も無いだろう。」
「ですが私は言わば部外者です。そのような歴史も対応も先入観が無い。だからこそ私に試験的に国を任せてほしいのです。」
「くくっ、つまり帝国に後ろ盾になれという事か。それでこちらのメリットはなんじゃ?」
「私の能力を活用して武器・資源を譲りましょう。そしてより正確な表現をするのであれば私もギルクローネ帝国の後ろ盾になるという事です。」
「それではそなたが居なくなってしまえばどうするのだ?」
「お伝えした通り、私は自分の居場所が欲しいのです。」
「なるほど、その後のことはどうなっても与り知らぬという事か・・・。存外そなたは善人ではないという事か。ただその方が信じられるものだがのぅ。」
どの世界もただの善人は信頼できないものだろう。しっかりと目的があって、強かな人物の方が利害関係だけで繋がるぶん、信じられるというものだ。
「可能であれば帝国のごく一部の領土の割譲を願いたい。その分帝国に武器を融通しますし、今回の悪魔の侵攻は全て私に任せていただいて結構です。」
「大口を叩くものじゃ。だがその力は持っているという事か・・・。少し待て、各大臣達との調整もある。1時間後に返答しよう。それまで食事でもして待っておれ。」
「ありがとうございます。色よい返事を期待しております。」
そう伝えると、皇帝は含みのありそうな笑みを浮かべながら席を立ち、大臣達を引き連れて会議室を退出した。
次回の更新は2月15日の予定です。




