25 セリアンスロゥプ
連投2話目です。
話し合いが終わり、部屋に案内される。さらわれたのは夕刻だったので時刻はすでに午後7時を過ぎていた。部屋への案内には私をワイバーンで連れて来たネコ耳なミリアムだ。
部屋に案内されるまでに幾人もの獣人とすれ違ったが、皆怯えたような眼をしたり、下を向いて顔を合わせないようにすれ違っていて人間に対する気持ちの表れが見て取れた。
部屋にはふかふかの草木をモチーフにしたような絨毯が敷かれ、シンプルだがしっかりとした作りのテーブルとベットが備えられていた。
ミリアムによると人間に労働力として使役された獣人は大概手に職を持っており、家具づくりから土木作業、裁縫、農作業とあらゆる分野で経験のある者が多いとのことだ。
(それだけ酷使されていたという事なんだろうな。)
「多少の不便はかけるかもしれないけど、この部屋でくつろいでくださいにゃ。」
「ありがとう。ミリアムのその語尾はそのままなのか?」
「ミリアムが仕えていた人間から言われてもう癖の様なものにゃ。ご奉仕のやり方も教え込まれたから、もし必要ならミリアムを使ってにゃ。まだご奉仕経験が無い娘が良いなら呼んでくるにゃ。」
言いながらもミリアムの顔には影が差していた。そして自分をまるで物と思っているような表現になってしまっていることにミリアム自身は気付いていないようだった。
その何となく自分自身を無意識に卑下したような態度に苛立ってしまい、少し強い口調で問いかけてしまっていた。
「はぁ・・・ミリアム、君は人か?人形か?」
「え、・・・ミリアムは獣人にゃ。」
「あ~そうか、獣人か。じゃあ獣人というのは人間に言われたらなんでも言う事を聞くのか?そこに自分の意思は無いのか?」
「・・・意思なんて必要なかったにゃ。それに今は助けてもらった皆の為にもミリアムは出来ることをするにゃ。」
「だったら自分の事を物みたいに言うのは止めろ。一人の個人として自己主張をしろ。嫌なことは嫌、やりたい事はやりたいと言わなければ、それはただ人の形をしただけの生き物というだけだ。」
ミリアムにこんなに苛立っているのは、きっとミリアムが私や彼女に似ていたからだろう。
親の言いなりで、敷かれたレールをただ走らされ、周りの変化に右往左往するだけ。
そんな過去の自分や彼女に似ているミリアムには同族嫌悪を感じてしまっている。
「でもミリアムには戦うか、身体を使うしか出来ることなんて・・・。だから皆の為に出来ることを・・」
「そこにミリアムの幸せはあるのか?大勢の仲間の幸せじゃない、君個人の幸せだ!平和になったらやりたいこととかあるだろ?」
「・・・そんなこと考えたことない。それしか出来ないから・・・。」
「だったらいろんな経験をしたらいい。出来ないからやらないんじゃない、失敗してもいいからやってみるんだ。じゃなきゃいつまでたっても操り人形だよ!」
まるで当時の自分達に言い聞かせているように口調が強くなってしまった。
「じゃあミリアムに教えて欲しいにゃ。ミリアムはこの生き方しか知らないのにゃ。」
本当はあまり肩入れするのは良くないんだろうが、彼女の考え方や境遇、何よりその見た目からかもしれない。
(・・・なんで彩芽に似てるんだよ!)
考えないようにしていたが、見れば見るほど黒髪のセミロングに一重なのに大きな目。あの整った顔立ちに明るい雰囲気が初恋のあの人を彷彿とさせた。
(ははっ、だけどスタイルはミリアムの完敗だな。しかし本当にネコ耳を着けただけの彩芽に見えてしまっているな・・・)
「だったら一緒に探さないか?私もこの世界に来てやりたい事がまだ決まってないんだ。」
「分かったにゃ。まだ何をどうしたらいいか分からないけど、何かやらなきゃいけないような気がするにゃ。」
「ありがとう。・・・じゃあちょっと一息入れるよ。今日は色々あったからな。」
「じゃあまた夕食の準備ができたら呼びに来るにゃ。」
彼女が廊下から遠ざかって行くと知らず知らずため息をついていた。ミリアムに彩芽を重ねているような罪悪感が胸の内に存在したために。
(あの時彼女の手を取ってあげられなかったことへの罪滅ぼしか・・・我ながらまだ彩芽のことが忘れられないようだな・・・。)
窓から夜空を眺めながら過去に思いを馳せる。窓から見える三日月を見ながらその口元に自虐的な笑みが浮かんでいた。
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翌日このセリアンスロゥプの遺跡周辺を見るため朝からミリアムに案内を頼んだ。
するとウサ耳のルーシーと共に案内してくれることになった。
ミリアムは俊敏性やバランス感覚や気配を消すのが上手いらしく、騎獣や潜入が得意だという。
ルーシーは索敵や斥候が得意で、集中すると一キロ先の茂みの音も聞こえるほどだという。
ピンク色のウサ耳が目を引き、髪も緩やかなウェーブがかかったピンク色のロングヘアーだった。眠そうなタレ目にスタイルは申し分ないおっとり系美人だ。
「じゃあ農場から案内して、市場、解放軍の順に行くにゃ。」
広大な農場では多くの獣人たちが農作業に汗を流していた。牛や馬の特徴がみられる獣人が多く、聞けばミノタウロスとスレイプニルの獣人だという。ミノタウロスの獣人は体の色が青っぽく大きな体格をしており、スレイプニルの獣人は筋肉質で引き締まっている。どちらの種族も足は蹄の様になっており人間の姿に近い者は1割に満たないくらいだった。空を見上げるとワイバーンの獣人たちが青々と育っている野菜に上空から水やりをしていた。
(種族特性を生かして役割分担が出来ているな。効率的だし力もありそうだからこれだけ広大な農地をしっかり管理できているのだろう。)
よく見ると雑草の類はほとんど見られず、大きく育った作物から十分な栄養がいきわたっている様子がみられた。
「これだけ立派に育っているのはどんな肥料を使っているのですか?」
隣を歩くミリアムに聞いてみる。
「肥料?肥料って何にゃ?ルーシー知ってる?」
「さぁ、私は生産職じゃないから詳しくは・・。ちょっと聞いてみましょうか~。」
そう言うと、近くに居た牛のような獣人の子を連れて来た。さすが牛の獣人だけあって、胸のボリュームは桁違いだった。
「作業中にゴメンね~、救世主の火乃宮様が作物の肥料ってものを知りたいらしくて教えてくれる~?」
ルーシーが不穏な名詞を出しながら牛娘に聞いている。
「は、はい。初めまして救世主様。えっと、肥料なんですが・・その・・あの・・えっと、ちょっと言い難いというか、救世主様には嫌悪感を待たれてしまいそうというか・・・」
「ああ、もしかして排泄物を発酵させて使っているんですか?」
「排泄・・あっ、えっと・・・はい、そうなんです。人間にとっては気持ち悪いですよね・・・。」
「えっ?別にちゃんと処理してるなら汚くもないし、作物を見れば栄養がしっかり吸収できているんだからその方が効率的に育つでしょ。」
(この世界には化学肥料なんてものはないだろうから、発酵させた排泄物を使うのは普通だ。日本でも昔は肥溜めだってあったんだから。理に適った作物の育成だな。)
「へ~、野菜ってそうやって育てているのかにゃ。」
感心したような声をミリアムがあげ、となりのルーシーは若干驚いた眼で私を見ていた。
「あ、あの、お気にされないのですか~?私たち獣人の・・その、排泄物なんて~。」
「ええ、私の世界にもそういう文化がありましたので。それに昨日も言いましたが、私の世界に獣人という存在は居なかったので、忌避感とか畏怖とか無いですから。もふもふしていそうで可愛らしいですし。」
最後の方の言葉はペットに向けるような意味合いになってしまったが、近くに居た獣人たちも作業の手を止めてこちらに驚くような視線を向けてきている。
「あ、気に障る言い方だったらすみませんでした。」
慌てて謝罪の言葉を口にすると、目の前の牛娘が涙ながらにこちらを見て来た。
「・・・人間からそんなことを言われるなんて思ってみなかった。本当にあなたは救世主様なのですね。」
(あ、なんか変な方向に話が向かって行きそうだな。)
何だか獣人たちからの神聖視された視線があちこちから突き刺さってくるのを感じてどうしたものかと考える。
「あの、ところでその救世主様という呼び方は?」
「はい!昨夜のうちに長たちから通達がありまして、救世主様がセリアンスロゥプに舞い降りたと言われました。」
ジト目をしながらルーシーとミリアムに視線を向けると。
「え、ダメだったかにゃ?」
「いや、まだ協力すると決めたわけでは・・・」
『『『えっ!!?』』』
周囲からの視線がより強く突き刺さってくる。しかもどちらかというと敵意というよりは捨てられそうになっている動物が、捨てられまいと潤んだ瞳を向けてきているようだった。
「いや、協力するかは見てから決めると・・・」
「どうしよう、私たちこんな汚れた格好で、しかも肥料に排泄物使ってる話しちゃった・・・」
「私なんて上から水やりしてたから、もしかして水が掛かっちゃっかも・・・」
「私達の蹄って人間から気持ち悪いって言われたことある。どうしよう・・・見捨てられちゃう・・・」
周りに集まっていた獣人達が心配事を口々に囃し立て、辺りは騒然となってしまっている。
「すみません~。皆は期待してるんです~。力を持った存在が私達に味方してくれれば、あんな思いをもう味わわなくて済むと・・・。」
彼女達の切実な想いは伝わってくるし、実際情がないわけでもない。ただ、だから人類を敵に回しても良いというわけではないが。
「気持ちは理解しています。だからこそ私はあなた達の事を知ろうとしているのですから。」
「そうなのかにゃ。じゃあ私達のことをたくさん知って欲しいにゃ!それに言ってくれた通り、いつか私のやりたいことも一緒に見つけて欲しいにゃ!」
ミリアムの発言に周りがざわつく。
「救世主様とミリアムってもうそんな関係になったの?」
「でも、昨晩はだれもご奉仕しなかったって。獣人からの奉仕が苦手なのかと思ったけど。」
「でもさっき私達に忌避感無いって。それって昨夜は疲れてただけで、今夜のご奉仕役を決めるために回っているんじゃ。」
「じゃあ選ばれたら粗相がないように精一杯ご奉仕しないと私達見捨てられるんじゃ・・・」
『『『どうしよう!!』』』
話が収拾つかなくなってしまったので、後の事はルーシー達が上手くやってくれると信じて次の場所に案内を頼んだ。




