夢
深夜、ザニアを加えて馬車は町を発った。
「じゃあ、あたしは寝るから。若いの、こっち来るかい?」
横たわり、毛布にくるまったザニアは自分の横の床を軽く叩き、俺をからかう。
「遠慮しておく。それに俺はそれほど若くない。フリッツと名前で呼んでくれ」
「むっつりなんだから。お嬢ちゃん、こっち来ないかい?あんな朴念仁はほっといて女同士の話でもしようじゃないか」
促されるままに、モーリャはザニアの方に寄り、欠伸をしながら同じ毛布にくるまった。
「ザニアさん、いいにおいがしますね……」
「お嬢ちゃんは素直でいいねぇ。かわいいねぇ」
と、ザニアはモーリャの髪を慈しむように撫でる。
「それに比べてそこの朴念仁は……せっかく女が誘ってるんだから、こんな大したこともない据え膳に手もつけないなんてマナーがなっちゃいないね」
「そうか、すまない。次回から気をつける」
相手をするのも疲れるので適当に返し、寝転がる。
「はあ。ほんとに駄目だねぇ」
「フリッツさんは駄目じゃないですよぉ……私、フリッツさんがいなければきっと、コボルトのご飯になってましたし……」
寝ぼけ眼でモーリャがフォローしてくれるが、自分が駄目なのは俺が一番わかっている。
「寒いだろうけどせいぜいいい夢見るんだね、根性無し。風邪引かないようにね」
罵倒だか心配だかわからない言葉を吐かれ、数分後には俺はもう眠りに落ちていた。
夢の中。真紅の火が燃えていた。灰色の町並みを赤が覆い尽くし、燃やし去っていく。悲鳴が聞こえる。誰かの泣き声も。遠くで建物が崩れる音がした。
俺は逃げ惑う人の群れを眺めながら、ただ立っていた。
手を振るうと、その指先からは炎が溢れ出し、煉瓦の家を燃やす。俺は歩く。そしてまた燃やす。
そうするうちにやがて意思なき火は町の全てを赤く染め、いくつもの命の灯が消えていくのを感じる。俺はなぜか、笑っていた。
目が覚めた俺の額は、汗に濡れていた。ただの夢であれば良いのだが、妙に現実味のある夢だった。
外はまだ真っ暗だ。月明かりが後ろの窓から一筋差し込み、その先には聖典があった。
「不用心な……ん?」
ページが開いている。開いたページの見開きには[赤の使者]と書かれていた。
「……!」
俺はページを閉じた。偶然だ。そうに違いない。