食事
町の大通りには商店や飲食店が立ち並び、その中には八百屋も肉屋もある。が、宿屋の室内で料理をおっぱじめるわけにもいかないので選択肢はパンか持ち運びのできる料理に限られる。スープ等を持ち帰る器も今は持っていない。当然ながら持ち帰り用の使い捨て容器などこの世界には無い。
これを踏まえて、何を買ってこようか。馬車には食料も積んであるがだいたいが乾物なため、たまには新鮮な野菜や干してない肉が欲しい。できれば果物も。
残念なことにこの世界に──少なくともこの国に米を栽培する文化はないため、主食は麦粥かパンだ。
麺もあるにはあるが、手間も技術も設備も必要な上そこまで高く売れないため、めったにお目にかかることはない。
結局パンをいくつかとソーセージ、ついでにリンゴ──これはそこそこ日持ちもするため、多めに買った──と旅の途中で調理するための野菜を買い込んでおく。荷物を抱えて部屋に戻ると、御者はまた寝ていた。モーリャ曰く夜通し馬車を走らせるために寝溜めをしているらしい。
「ランゴには悪いけれど、お腹が空いてしまったので……一つ貰いますね」
と、モーリャはリンゴを一つ荷物からとり、齧る。シャキシャキと咀嚼の音が小気味良く響き、リンゴはまたたく間に芯だけになった。
「ああ、美味しかった。こっちも」
と、硬いパンをひと噛みで噛み切り、やすやすと咀嚼し、嚥下する。数分後には彼女はパンもソーセージも完食していた。どうやらだいぶ空腹だったようだ。
「美味しかったです。ありがとう、フリッツさん。」
「ああ」
俺はまだパンを千切っては噛み締めている。この世界のパンは粉の品質のせいなのかだいぶ硬い。
「ザニアが加わったら、次はどこに行くんだ?」
パンをちぎりながら、モーリャに尋ねる。彼女がまだ物たりなさそうな顔をしていたのでパンをもう一つ差し出すと、パッと花の咲くような笑顔になった。
「次はタナ・トゥハン……聖教会の本拠地に行くことになります」
「聖教会にとって都合の悪い、原書とやらを持ってか?」
「ええ。幸いにして、これは私にしか開けません。開けなければただの厚くて重たい本です」
と、モーリャは本を俺に差し出し、開けて見るよう促す。
……開いた。
「えっ」
「えっ」
「……本当に、大丈夫か?」
「これを開く資格のある人にしか開けられない、と言うものらしく、ランゴが全力で開こうとしても開かなかったのでおそらくは……」
「なら、大丈夫か……」
資格というのがどういう判断基準で誰によって与えられるかわからない以上、不安が拭えないが……なんとかなることを祈ろう。
祈る神すら敵かもしれないが。