裏市
露店の立ち並ぶ通りは、わりあい賑わっていた。場所が場所だけに、怪しげな客や店も多いが。明らかに盗品であろう、品揃えに一貫性のない宝飾品やら、料理に使うことはなさそうな乾燥した何かの葉やら。客も客で、裾や袖の擦り切れたり穴のあいたりと粗末な服を着て、すれ違うたびにすえた匂いが鼻につく。
意外なことに、大半の店はまともそうに見えるが、中にはそういった怪しげな店もある。あまり長居はしたくないな。
「本当にここに居るのか……?」
割とちゃんとした服を着た俺はこの場所では比較的目立つ。駄目でもともとではあるが、それに加えて余計な敵とリスクを背負い込む可能性すらある。
「にいちゃん、この辺ははじめてかい?良かったら案内してやろうかぁ?」
禿頭の男が、俺に絡む。酒と腐った臓物のような匂いが混ざった口臭が鼻腔を刺す。親切心で言っているのならありがた迷惑だが、そんなわけもあるまい。明らかに金をたかるつもりで話しかけてきている。
「失せろ」
「なんだてめぇ、人が親切で言ってやってるのにその態度ぉ?どっちが上なのか教えてやらなきゃいけないようだなぁ!」
男は懐から錆びたナイフを取り出す。そんなチンケな刃物よりこいつの口臭の方が凶器としては優秀だと思うが、彼は恵まれたその武器に気づいていないらしい。
「くだらないな。脅せば金を出すとでも?」
「てめぇ……偉そうな態度、気に入らねぇな!」
男はナイフを構え、俺の方に突進する。
「やめな!」
突如、声とともに砂嵐が巻き起こり、その中に男を閉じ込める。
「な、なんだこれ!」
「大の男が年下の若造相手に刃物なんか振り回すからだよ、みっともない!」
「わ、わかった!刃物はしまう!こいつには手を出さない!」
男は咳き込みながら、息も絶え絶えに言う。砂に当てられ続け、禿頭は真っ赤だ。
「ふん、それだけかい。まあいいか。」
砂嵐が止み、男はもんどりうちながら逃げていった。
「若いの、あんたも気をつけなよ。このあたりは血の気が多くて頭の悪い厄介なのが多いんだ。なんの用事でこんなとこに来たのか知らないけど、さっさと済ませてさっさと帰ることだね。……どうしたんだい?あたしの顔に何かついてるかい?」
振り返った先、砂嵐の主の女は思っていたより若く、そして──その目の虹彩は、黄色の光を放っていた。この世界に生まれてはじめて見る、初めての「色」だった。
「いや、貴方に用があって来たんだ。ついてきてもらえないか?」
「あたしに用?何か困りごとかい?それともナンパかい?……おや、なんで泣いてるんだい、男の癖に。」
どうやら、気づかないうちに泣いていたらしい。頬を拭うと濡れた感触があった。
「いや。少し懐かしくて。」
「……何か訳ありみたいだね。いいよ。どこまでついていけばいいんだい?」
どうやらついてきてくれるようだ。これでこの通りとはおさらば……であればいいのだが。