戦闘
「で、これからどこに行くんだ?まさかあてもなく彷徨うつもりでもあるまい」
俺の問いにモーリャは微笑み、聖典──の原書とやらを開く。
「まずは、東に。そこに[黄色]がいます」
「居る?在る、ではなくてか」
「ええ。居るんです。彼女は──」
突如、馬車が揺れた。
「敵か」
「そのようですね。私に戦う力はないので──」
「わかっている。そのための依頼だろう?」
馬車から出た俺の目の前で戦闘を繰り広げるのは、警備隊長──今は御者か──と、犬のような頭をした、人間より頭一つ小さい獣人の群れだった。
目の前で獣人の一匹が御者の剣に切り裂かれ、返り血が飛ぶ。俺は槍を回転させ、返り血を防いだ。服に血の匂いがつくのは好きじゃない
「ワーウルフ……じゃあなさそうだな。ただのコボルトの群れか。これくらいなら穂先を痛めるまでもない」
俺は武器の槍を馬車に立て掛け、コボルトの群れに突進した。
飛びついてきたコボルトを蹴り上げ、落ちてきたそいつを地面に叩きつける。ぎゃん、と悲鳴を上げ動かなくなった仲間の亡骸を踏み付け、新たなコボルトが二匹──いや、三匹。
「一辺倒な……!」
裏拳で殴りつけた一匹を振り回し、他の二匹にぶち当てる。
骨の砕ける音とともに二匹は地面を転がり、息絶えた。
当然振り回した一匹も死んでいる。それをまた飛びかかってくる二匹に投げつけ、体勢を崩した彼らの首を蹴りで二匹同時にへし折った。
「まだやるか?」
言葉が通じるはずも無いだろうが、群れに問いかける。
もう俺に飛びかかるコボルトはいない。彼らも無駄に死にたくはないのだろう。怯えた雰囲気とともに唸り声を上げながら、コボルトたちはじりじりと後ずさりし、やがて去っていった。
「見事だ。お前に護衛を頼んで正解だった」
御者が俺に言う。その服は返り血に汚れているが、息一つ上がっていない。
「コボルト程度でどうにかなるようなら、とうの昔に死んでるさ」
「これからもこの調子で頼む」
「もちろん、そのつもりだ」
槍を回収した俺は馬車の客室に、御者は御者台に戻り馬車はまた動き始めた。
「大丈夫か?」
俺と向かい合って座るモーリャは震えていた。
「ええ、大丈夫です……」
「無理をするな。慣れていないんだろう、ああいう荒事に」
「ええ、実は……」
「休んでおけ。寝れば少しはマシになる。無理をすると精神に良くない」
「ありがとうございます……あの、つかぬお願いなのですが……」
と、床に毛織物の毛布を敷き横たわったモーリャは俺に手を差し出した。
「寝つけるまで手を握って……子守唄を歌ってはいただけませんか?」
握った手は小さく、冷たく、そして微かに震えていた。
「俺は賛美歌と軍歌しか歌えない。それでもいいか?」
「では、賛美歌をお願いします」
「わかった」
俺は控えめな声量で十数年ぶりの賛美歌を歌い、二曲歌い終えた頃にはモーリャの手も温まり、すやすやと寝息を立てていた。
「前途多難だな……」
俺は呟き、寝転がった。少し肌寒いが、布団をかぶるほどでもない。
馬車はときおり微かに揺れ、しばらくすると、俺もまた眠りに落ちていた。