親友
翌日、俺は指定された時間より早く酒場のテーブルに座っていた。
酒ではなく茶を飲みながら待つこと数十分、むさ苦しい酒場には不似合いな少女があたりを見回しながら入店した。
「あの、昨日の依頼のこと……」
少女は店主に尋ねる。
「ああ、彼だよ。そこにいる背の高い奴」
と、彼が指差す先を見て、少女は俺に近寄って来る。
「あ、あの、はじめまして。フリッツさん……ですよね。私、モーリャって言います。依頼、受けてくれるんですよね」
年の頃は16か7といったところだろう。シミ一つない滑らかな肌と整った顔立ちは、前世で見た白黒映画の銀幕女優を思い出させた。
「それより、知りたい。なぜ俺と、俺の悩みを知っている?」
「悩み……ですか?私はただ……」
と、少女は肩掛けの小さな鞄から一枚の紙を取り出す。
4つ折りにされた紙には、この世界の文字で書かれた数行の文、そして[色を取り戻すために、この子を守れ]と日本語で書かれた一行。
「この紙に書かれた通りにしただけです」
「どこでこれを?」
「調べものをしていたら、本に挟まっていて……」
「なるほど、正体不明、か……」
気味が悪い。が、彼女についていかなければ、俺が色を取り戻すことはできない。それに、世界をめぐれば俺を殺してくれる強者に巡り会えるかもしれない。
「わかった。出発はいつだ?」
「馬車の時間は今日の深夜です。ここで待ち合わせましょう」
「わかった。また後で落ち合おう」
モーリャは店を去り、俺は麦酒を頼んだ。
この店で飲む最後の酒になるかもしれないな、と少し寂しさを覚えたのを知ってか知らずか、店主も俺の前の席に座った。
「お前とは長い付き合いになるが……いなくなると思うと寂しいな」
と、言いながら彼も自分のグラスに注がれた酒に口をつける。
「心配するな、依頼が終わったら戻ってくるさ」
「そうだな……約束だぞ。あとは……これ、持ってけよ。旅の路銀の足しにしろ」
と、ポケットから出して俺に手渡した革袋を覗くと、金貨がじゃらりと音を立てた。おそらく20枚はあろう。こんな酒場の売上では、十年必死に切り詰めてやっと貯まるくらいの……
「受け取れるか。俺は俺で貯金がある。」
「いいんだ。これくらいさせてくれ。俺はな、お前のおかげで生きているんだ。覚えてるか?あの戦争の……俺たちの初陣の日。俺は腕をやられて、背後には敵……死んだと思ったよ。けどな、俺に切りかかろうとしたそいつは、次の瞬間死んでた。お前が喉を一突き。俺は思ったよ。この恩に報いるために、こいつの助けになろうって。」
「あの日のことは……全く覚えてないんだ。何故か」
「そうか、じゃあ語って聞かせてやろう!俺の、お前のための、お前の英雄譚を!」
酒に弱いのにグラスの酒を一息に飲み干し、十年来の親友である彼は勢いに任せて喋り続けた。
俺が落とした城の話、俺が討ち取った将の話。そして引退してからの仕事の話。俺が忘れていた部分や脚色もあるだろうが、どれも懐かしさを感じた。
日がくれる頃ようやく語り終えると、彼はぱたりと木の葉のように机に突っ伏し、いびきをかきはじめた。
「全く、こいつは……」
カウンターの奥にある彼の自室のベッドに店主を横たえ、部屋を出る。
「ありがとな」
その声は夢の中にいる彼には届いてないだろう。それでも構わない。
待ち合わせの時間はもう少し先だが俺は荷物をまとめ、支度を終えた。
あとは昼間の彼女……モーリャが来るのを待つばかりだ。