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コメディ

ギフト 〜何かがうちにやって来る〜

『小包が来た話』


 その日、作家の元に小包が届いた。作家は箱のふたを開けた。箱の中には編集を抱えた〆切が青白い顔をして入っていた。ばたんとふたを閉めて振り返ると、今まで書いていた話がなかった。今の一瞬で編集がかっさらっていったのだった。作家はふたをもう一度そろそろと開けてみた。途端にものすごい勢いで〆切と編集が飛び出した。〆切は巨大化し、編集は分裂・増殖していたので部屋は一杯になってしまった。慌てて窓を開けると〆切と編集は作家をけたおして、世界の隅々に散っていってしまった。床に転がっていた作家が小包の箱を閉めると、中からこつこつと叩く音がした。まだ何か入っていたのかと身構えると、出してくれと声が言った。嫌だと言うと〆切でも編集でもないと言う。では何だと尋ねると、全ての編集が行き過ぎた後に与えられる贈りものだと答える。そんなものがあるのかと用心しつつふたを開けると、羽のついたものがふわふわと出てきた。風が吹いたらすぐさま壊れそうな様子で、あまり賢くもなさそうだった。間の抜けた顔をつくづく眺めると、何なのかがわかった。次回作のプロットだった。




『花束が来た話』


 その日、作家の元に巨大な花束を抱えた男が来た。サインをくれと言うので差し出された受領書に名前を書くと、花束は男を残して去っていった。




『オルゴールが来た話』


 その日、作家の元に小さな箱が届いた。開けてみると月の色をしたオルゴールが入っていた。曲目はシューマンのトロイメライだった。ふたを開け、ねじを巻いてみたが、いっこうに音がしない。しばらく試してみたが、どうしても音が出てこない。その内に面白い事に気がついた。暗い所に置いておくと、ねじの回っている間だけ光るのだ。これは面白いと一日中ねじを巻き、光らせて遊んだ。その内に夜になった。その晩は満月だった。作家がオルゴールのふたを閉め、寝る準備をしていると、大音量の音楽が頭上から響いた。トロイメライだった。外を見るとまんまるなトロイメライが昇る所だった。その夜は一晩中、大音量のトロイメライが町中に響いていた。




『雨が来た話』


 その日、作家の元に、箱詰めになった天気予報が届いた。出してもらえた天気予報は明日は雨だと言ったが、作家は君も最近はなかなか当たらなくなっているよね、と言うと戸棚の中に入ったきり、出てこなくなった。次の日目覚めると、部屋に雨漏りがしていた。おや雨だ、では君の言った事が当たったんだねと戸棚に向かって声をかけると、天気予報が胸を張って出てきた。両腕いっぱいに低気圧を抱えていた。よくよく見ると、雨漏りと思われたものは天井から降る雨だった。天気予報の抱えている低気圧がふうふういって毛並みを逆立てているので、ははあ、この雨はこいつのおかげだな、天気予報め昨日ああ言われたものだから、無理やり雨を降らせたらしいと作家は思い当たった。それで天気予報に高気圧はどうしたのかね、と尋ねると何やら居心地悪そうにもじもじする。重ねて尋くと、高気圧は具合が悪くて寝ていると答える。それじゃずっと雨なのかいと尋ねると、すぐに良くなると言う。すぐとはいつ頃だと尋ねると、それはわからないと言う。それじゃ困る、部屋が水びたしになるじゃないか、どうしてくれるんだと言うと向こうも、そんな事言ったって、具合の悪いものは悪いんだからどうしようもないじゃないかと居直る。そうこうする内に腕の中でふうふう言っていた低気圧がばちばちきりきり言い出した。ぐむっとふくらんだかと思うとぼんと音を立てて腕から飛び出、天井に突進した。どごんとぶつかるとしゅうしゅう言いながら部屋中を駆け巡り、ぽんと言って消えた。育った低気圧が台風になったのだった。とり散らかった部屋の中で作家と天気予報がつっ立っていると、ごとごと音がして戸棚が開いた。見ると、咳き込みながら高気圧が出てくる所だった。高気圧はぷくんとふくれると、低気圧の散らかしていった部屋の中を片付け始めた。作家と天気予報も一緒に片付けた。おかげで作家の部屋は、近来まれに見るくらいきれいな部屋になったのだった。




『本が来た話』


 その日、作家の元に一冊の本が届いた。ページを開くと真っ白だった。本を閉じてからしばらくすると、どこからか助けを求める声がした。部屋の中を見回すと、遅れてきた本の内容が金魚鉢にけつまづいて中にはまり込み、あっぷあっぷしている所だった。つまみ上げてドライヤーで乾かしてやると、礼を言った。ついでにお茶を出してやると、くつろいでソファに座り込んだ。しばらくとりとめもない話をしていると、郵便配達人がやってきて、すみません、これは届け間違いでしたと言って本と内容を抱えて去って行った。お茶のセットを片付けていると、どこからか弱々しい声がした。何だろうと思って見回すと、すっかり存在を忘れ去られていた著者名が、部屋の隅でひっくり返ってじたばたしていた。









……あ〜。なんか、若いなあ。感覚とか文章のあれこれが……青春?(←

当時の知人に「この作家、どんな話書いてるの?」と尋ねられ、「……ロマンス小説じゃないかね」と答えた覚えがあります。なぜなんだ私。

『小包が来た話』の元ネタは、みなさまご存知のギリシア神話「パンドラの箱」。『オルゴールが来た話』は稲垣足穂の作品に似たものがあって、かなり影響されたと思います。確か「一千一秒物語」にあったと……思うんだけどよく覚えていない。


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