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月の記憶  作者: 紫月音湖(旧HN・月音)
第15章 世界救済へ
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13:肩を並べて

 すべてが終わり、世界がゆっくりと平穏を取り戻していく中で、魔界跡ヘルズゲートだけは変わらぬ荒野をさらけ出していた。

 灰色の空。雑草のひとつも咲かない死んだ大地を冷たい風が撫でていく。魔界跡へ降りる道は四賢者によって厳重に結界が施されているが、それでもわずかな隙間からは今も毒の瘴気が漏れ出している。


「本当にうまくいくのか?」


 この地に染みついた死と絶望を思えば、そう疑問が口を吐いて出るのも仕方がない。けれどもそんなカイルの不安を一蹴するように、隣に立つリシュレナが力強く頷いた。


「きっと大丈夫。それに結晶石については、こうするのが一番いいと思うから」


 四賢者たちとの話し合いの結果、集められた結晶石のかけらはすべて魔界跡ヘルズゲートの地へ埋めることが決定した。かけらであれ、そこに秘められた月の魔力はリシュレナに時間魔法を与えるほどに強大だ。ならばその力を以て、魔界跡の地を再生することができるかもしれない。

 呪われた地に光が降り注ぐようにと、そう願う気持ちは皆同じだ。


「それはそうと、レナ。お前、体の調子はどうなんだ? もう結晶石のかけらは取り出されているんだろ?」

「うん。まだ体の中に結晶石の力の名残は感じるけど、魔法は普通に使えるし、特に問題はないと思う。……でも時間魔法はもう扱えないわ」

「そうか。……まぁ、俺はそれでよかったと思うけどな。元々あれは過ぎた力だったし、お前はお前にできることをやっていけばいい。結晶石がなくなった今だって、お前の魔法は普通にすげぇからな。……とはいえ、まさかお前まで賢者になるとは思わなかったが」


 結晶石を取り出された後、リシュレナは四賢者たちによって特別に「白の賢者」の称号を与えられた。時間魔法を失っても、リシュレナが纏う法衣は純白のままだ。それは世界を救った功績を讃えたもので、後にも先にもその法衣を纏うのはリシュレナ以外にいないだろうということだった。


「私だけの力じゃないんだけど……」

「いいから素直に受け取っとけよ。賢者様」

「……からかってる?」

「別に?」


 じとりと睨んでみてもカイルは全く意に介さず、逆に冗談めいた笑みを深めるだけだ。反論しても負ける気がしたので、リシュレナは杖の先でカイルの脇腹を強めに突いてやった。


「にしても、レナ。お前、一緒に世界を旅するって言ってたくせに、あっさりアーヴァンに捕まってるじゃねぇか」

「それは……でも、今は各地を回ってカイルと一緒に魔物を討伐したりしてるでしょ。だからら似たようなものだと思うんだけど……。それにカイルだって、今はアーヴァンに籍を置く身じゃない。人のこと言えないわよ」

「お前……それ、本気で言ってんのか?」

「何が……」


 カイルの声が若干低くなったことで、二人の間に流れる空気が少しだけ張り詰めた気がした。リシュレナを見つめる青と赤のオッドアイには、いつになく真剣な光が宿っている。


「俺は……お前が白の賢者じゃなけりゃ、とっくに旅に出てたさ」

「それ、どういう意味? 賢者になったらダメだった? 残された力が役に立つならって思ったんだけど……」


 時間魔法は失ったが、リシュレナにはまだ強い魔力と今まで培った魔法の技術がある。その力を必要とされるのなら、全力で応えていきたい。それが今回の戦いで得た、リシュレナの存在意義でもあるからだ。

 けれどその思いは、もしかしたらリシュレナの独りよがりだったのだろうか。いまいちすっきりとしないカイルの表情を見ていると、じわじわと不安の波が押し寄せてくるのを感じた。


「……ごめん」

「んな顔すんな。別に悪いとは言ってねぇだろ」

「でも、カイルは嫌だったんでしょ?」

「そうじゃねぇよ。お前が選んだ道を否定はしないし、普通に尊敬もしてる」

「じゃあ何でそんなに不満そうな顔してるの? 何か言いたいことがあるんでしょ」

「ねぇよ」

「ある! 私、カイルのこともだいぶわかってきたんだから。ねぇ、ちゃんと言ってよ。嫌だと思うところは直していきたいし、カイルとは何でも打ち明けられる関係でいたいの」


 リシュレナが自分を見失いかけた時、カイルは呆れずにずっとそばにいて支えてくれた。カイルがいたからこそ、リシュレナは今この場所に堂々と立っていられる。

 リシュレナにとって、カイルは自分をここに繋ぎとめてくれた大切な存在だ。他に誰も代わりにはならない。強いて言うなら、特別な絆で繋がる相棒のようなもの。

 だから自分の行動がカイルを悩ませているのなら、その原因を突き止めて問題を解決したい。カイルとは、常にいい関係を築いていきたいのだ。

 そう思って真摯に見つめると、カイルはなぜかばつが悪そうに視線を逸らして、自身の前髪を雑に搔きむしった。


「あー、もう……!」

「な、何……」

「俺のことがわかるなら、いい加減気付けよ。鈍感にもほどがあるだろ」


 唐突に腕を掴まれて体を強く引き寄せられた。何事かと目を瞠ったリシュレナの視界に、カイルの明るい金色の髪が紛れ込む。

 そして、頬にふわりと落ちるやわらかな――。


「……っ!」


 触れ合ったのはほんの一瞬。けれどリシュレナの頬に残る熱はじんと甘くしびれたまま、それはみるみるうちに全身に広がってゆく。

 いくら何でも、ここまでされればさすがにわかる。それにリシュレナ以上に顔を真っ赤にさせて照れているカイルを見れば、もう鈍感ではいられなかった。


「俺がここにいるのはお前のせいだ。組織に属するなんてガラでもねぇのに……責任取れよ」

「……責任って……」

「俺の隣で、いつものように笑ってくれればそれでいい」


 そう言って、カイルは今度はリシュレナの髪を強引に掻き乱した。髪の毛が散らばって、リシュレナの視界からカイルの顔を覆い隠していく。カイルが意図したかどうかはわからないが、おかげでリシュレナの気持ちは少しだけ落ち着いた。


「行くぞ。ロアが退屈してる」


 振り向けば、カイルはもうロアの背中に飛び乗るところだった。

 いつものように差し出されるカイルの手。この大きな手を掴めるのは自分だけなのだと思うと、リシュレナの胸にふんわりとしたあたたかな光が瞬くのを感じた。


「……よろしくお願いします」

「何だよ、それ」


 いろんな意味を込めて言ったつもりだったが、カイルはロアの背中に引き上げるための言葉と受け取ったらしい。「いつものことだろ」と苦笑しながら、慣れた手つきでリシュレナを自分の前に引き上げてくれた。


「これからどうする?」

「今日はもうアーヴァンに戻るだけだから……ロアが疲れてなければ、ちょっと遠回りして散歩しながら帰りたいな」

「だ、そうだ。ロア。行けるか?」

「問題ない。お前たちが行きたい場所へ、どこへでも連れて行ってやろう」


 カイルが手綱を引けば、ロアが六枚の翼を悠々と広げる。


「レナ。どこに行きたい?」

「カイルと一緒なら、どこでもいいわ」

「……お前、わかってて言ってるだろ」


 背後で呆れたようなため息が聞こえた。けれどそれもすぐにかすかな笑い声に変わる。


「後で後悔しても知らないからな」

「後悔なんてしないわ。カイルと一緒なら、きっとどこに行ったって楽しいもの」

「そうかよ」


 ばさりと風を切って、ロアの翼が大きく羽ばたいた。

 勢いよく駆け上がる蒼銀色の軌跡は、地上から見れば曇天を青空に塗り替えるような一閃に見えるかもしれない。その光景がいつかきっと、幻ではなく現実になるように――と。


 そう願いながら、リシュレナは光ある未来を信じてひたすら前に進んでいく。

 これから先もずっと、魔眼を持つ優しい青年と肩を並べながら。




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