09:新しい未来
白く、あたたかな場所にいた。
自分以外、誰もいない。周りを見回しても何も見えない。けれど心はとても穏やかで、不安や恐れを一切感じなかった。
深呼吸をすると、どこからか爽やかな草木の匂いがした。同時に肌を撫でるやさしい風を感じて瞼を開けると、目の前に小さな家が建っているのが見えた。見覚えのない家のようで、でも知っているような気もする。
逸る気持ちを抑えきれずに、気付けば走り出していた。扉を開けて中に入ると、長い銀髪をした女がこちらを見て優しく微笑んでいる。
『おかえりなさい。ヴァレス』
そう言った女の腕の中では、金髪の赤ん坊が幸せそうな顔をして眠っていた。
『ただいま、エルティナ。……カイル』
愛おしげに名を呼んで、ヴァレスはエルティナを赤ん坊ごと抱きしめた。もう二度と離さないように。もう二度と、失うことがないように。
『愛している。エルティナを、カイルを……。これからもずっと、俺に二人を愛させてくれ』
ずっと望んでいたものが、ここに、この腕の中にある。エルティナがいて、カイルがいて。名を呼べば微笑み返し、肌に触れれば確かな熱を感じられる。
やっと、辿り着けた。
ようやく、戻って来られたのだと、心が緩やかに凪いでいく。
『私も、愛しているわ。ヴァレス』
鼓膜を甘く痺れさせるエルティナの声は、乾ききっていたヴァレスの心に優しく染み込んで――自然と涙が溢れ出した。
愛している。
愛していく。
ヴァレスはここからもう一度、両腕に大切な家族を抱きしめて、新しい未来を歩いていく。
再び重なり合った道の先に、魔界王ヴァレスは、もういない。