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月の記憶  作者: 紫月音湖(旧HN・月音)
第15章 世界救済へ
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05:魔眼の一族

 性質の違う四つの魔力が、空を割る勢いで激しくぶつかり合っていた。

 魔物を凝縮し、幾つもの槍に変化させて攻撃するヴァレスと、その槍をたった一薙ぎだけで弾き返すバルザック。剣の風圧だけで体を粉砕された魔物の肉片がばらばらに吹き飛んで、夜の森をどす黒い体液で更に暗く染め上げていく。


 強烈な腐臭を撒き散らすおぞましい黒の雨を斬り裂いて伸びるのは、アレスの放つ蒼銀色の剣の軌跡だ。圧迫されるほどの憎悪の中において、アレスの振るう力の輝きはどこまでも清浄で、闇に汚染される場の空気を見事に相殺している。

 剣の一振り、翼の羽ばたき。アレスが動くたびに闇は浄化され、その白き翼こそが光であるかのように、淡くとも確実に闇を照らしていく。同じ翼を持ち、その頂点に立つ男であるはずのバルザックとは、力の輝きがまるで違う。


 バルザックの力は、もはや闇だ。それは魔物を操るヴァレスの黒と、何ら違いはない。同じ力でも、振るう者が違えばこうも変わる。ならばヴァレスと同じ力を持つカイルの魔眼も、使い方次第ではアレスのように光ある道を進むことができるのだろうか。

 眼前で繰り広げられる三者の死闘に圧倒されながら、カイルは自身の剣に纏わせた魔物の影をじっと見つめた。

 魔界王ヴァレスの存在が歴史に強く残りすぎていて、魔眼を持つカイルはそれだけで人々から恐れられてきた。人前で眼帯を取ることができないのは、無意識の防御壁だ。けれど魔物を掌握できる力があるのなら、魔物の脅威に怯える者を救うこともできる。魔眼が人々に受け入れられれば、カイルは堂々と人の前にに立つことができるかもしれない。

 

 以前のカイルなら、他人から拒絶されようと、そばにロアがいるならそれでよかった。自分をわかってくれるのはロアだけでよかったのだ。

 けれど、今は違う。隣に立ち、同じ歩幅で歩んでいきたい相手がいる。

 カイルがそばにいることでリシュレナまでもが偏見の目で見られないように、魔眼の力を多くの人に認めてもらいたい。そのためにカイルが目指すべき姿は、アレスが指し示してくれている。

 カイルはヴァレスとは違うやり方で、魔眼の力を振るっていく。そう思いを新たにして、カイルは左の魔眼により強い力を注ぎ込んだ。


「無様に生き延び、お前は何を望む? 私からこの世界を奪い取るつもりか」


 ヴァレスの放った蛇のいかづちを片手で握り潰し、バルザックが鼻でせせら笑う。


「愚の骨頂だ。世界を脅かす能力も、たったひとりでは恐るるに足らん」

「ひとりじゃねーよ。俺を忘れるな」


 上空で戦うヴァレスたちの元へ魔物を足場にして駆け上がったカイルが、バルザックの背後から狼に姿を変えた魔物の群れをぶつけた。鋭い歯がバルザックの腕に、足に食い込んでいく。けれどもバルザックは顔色一つ変えず、両翼を大きく羽ばたかせただけでカイルの魔狼をあっけなく吹き飛ばしてしまった。


「羽虫の分際で私に近付こうなど百年早いわっ!」


 バルザックの怒気がそのまま魔力を帯び、辺り一帯に強い衝撃波が広がった。大気が震え、大地が揺れる。衝撃波をまとも喰らい、カイルの全身に幾千もの鋭い棘が突き刺さったような激痛が走った。

 呼吸の感覚さえ痛みに変わる。がくりと膝を付いたはずの足場はすでに塵と化し、カイルは為す術なく地上へと落下した。


「カイル!」


 アレスの声が一気に遠ざかってゆく。痛みに耐え、再度魔物を集めたが、足場にするには圧倒的に数が足りない。案の定脆い足場は粉々に砕け散り、カイルの体を受け止めるには至らなかった。


「ちっ」


 覚悟を決め、体を丸める。一度足場の衝撃が加わったことで、落下の速度はわずかに落ちている。このまま落ちても死ぬことはないだろうが、それでも骨の一本くらいは折れるかもしれない。そう思った瞬間、カイルの体がくんっと上に引っ張られた。


「……っ!?」


 驚いて目を開けた時にはもう、カイルは地面に無傷で降り立っていた。呆然とする視界に映ったのは、自分の腕に絡みつく一本の黒い帯状の魔物。その帯を辿って上空を見上げる前に、魔物は風に溶けるように消えてしまった。


「世界になど興味はない」


 暗い空をヴァレスの声が静かに揺らす。それをかき消して、バルザックの嘲笑が響き渡った。


「何を言う。魔物を監視することが使命だと抜かしていたわりには、一族から世界支配を目論む愚か者を出したではないか! 魔物を操り、過去に国を奪わんとした愚行を忘れたわけではあるまい?」

「知らぬ。だが、その話が本当なら、愚か者はお前の方ではないのか?」

「何だと?」

「そんな遠い過去の話に囚われて、俺たち一族を皆殺しにしたとはな。……よほど俺たちが怖かったとみえる」

「貴様ぁっ!」


 バルザックの怒号に空気が震え、森の木々が怯えたように喚き立てる。ピリッと肌に鋭い痛みを感じたカイルが頬を擦ると、指先に赤い血が付いていた。よく見れば腕にもいくつか似たような小さな傷ができている。バルザックの怒気が鋭い刃となって、振動に紛れて降り注いでいたらしい。そこまで強烈な怒りを爆発させたのは、ヴァレスが告げた言葉が真実だったからだろうか。


「その四肢を引き裂いて、生きながらに臓物を引きずり出してやるっ。楽に死ねると思うなよ、若造が!」

「お前こそ、俺の前で生きていられると思うな。お前がエルティナにした暴虐を、俺は決して忘れはしない」


 エルティナの名前にバルザックの意識がわずかに逸れた。けれども間髪入れずに放たれた魔物の群れがバルザックに次々と襲いかかり、上空は腐臭漂う漆黒の闇に覆われていく。

 二人の姿は完全に瘴気に覆い隠されてしまい、地上のカイルから見えるのは時々走る剣の軌跡と魔法で吹き飛ばされて散る魔物の肉片くらいだ。中で戦う二人の姿は見えないが、その凄まじい衝撃だけは肌にびりびりと感じた。

 応戦することも考えたが、あの中に入ってまともに戦える気もしない。かといってここでのんびり傍観していては、何のために過去へ来たのかわからない。

 カイルにだってできることがあるはずだ。焦って周りを見回した視界に、アレスが上空から降下してくるのが見えた。



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