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月の記憶  作者: 紫月音湖(旧HN・月音)
第15章 世界救済へ
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01:新しい時間軸

 アーヴァンの神殿にある魔法の練習場は、ヴァレス襲撃の際に破壊された壁や床の一部が未だ散乱したままの状態だ。練習場を修復するよりも各地に残る呪眠の解呪が先だと、エヴァの指揮の下、賢者だけでなくアレスやレティシアも慌ただしく動いている。そのおかげで数日経つ頃には、呪眠に罹った者たちも大半が目覚めることとなった。あとは先に目覚めた魔道士たちに任せても問題ない範囲だ。

 その間リシュレナは練習場に通い、時間魔法の精度を上げるための練習を一人で黙々とおこなっていた。


「まだ練習してるのか?」


 いつの間にそばに来ていたのだろう。リシュレナは声をかけられるまで、カイルが後ろに立っていることに気付かなかった。


「カイル。どうしたの?」

「もう昼だぞ。少し休憩したらどうだ?」


 そう言って小さな包みを渡された。袋を開けると中にはサンドイッチが入っている。同じ袋を持っていたカイルは練習場の壁際に陣取って座り、ここで昼食を摂るようだった。せっかくだからと隣に座れば、すでに用意されていたリシュレナの分の飲み物を手渡された。


「ありがとう」

「ついでだしな。それに聞きたいこともあった」

「聞きたいこと?」

「明日、俺たちは過去へ行くだろ? バルザックを倒して、エルティナを救う。それは結果的にヴァレスを救い、この世界を救うことに繋がるってことは俺にもわかる。ヴァレスには糸を繋がないんだよな」

「そうね。ヴァレス自身に確認はしてないけど……」


 リシュレナと糸を繋がないということは、ヴァレスは過去へ渡った後、再びこの時間軸へ戻ってこられないということだ。ヴァレスは話し合いの場に一度も顔を出さなかった。だから彼の同意は得ていないのだが、エルティナが生き延びる時間軸があるのなら、ヴァレスはきっとその道を迷うことなく選ぶはずだ。


「ヴァレスが過去に残ったとして、俺たちのいるこの時代に何か変化は起こるのか? パルシスたちが言ってた時間軸がどうとかって……俺は魔法に詳しくないから、そこんとこ正直あんまりよくわからないんだ。あの話し合いの場で聞ける雰囲気でもなかったし、それに多分俺の疑問は初歩的なものだろうしな。昼飯食う間でいいから、お前が簡単に説明してくれると助かる」

「……カイルが素直」

「なっ……!」

「前に私がロアの翼を治したことがあったでしょ? 覚えてる?」


 カイルが反論する前に、リシュレナは杖を振って二人の目の前に一本の横線を浮かび上がらせた。言葉だけでなく図解したほうがわかりやすいだろうと、その線の中心にも竜を表す幻影を付け足す。


「あれくらいの時間魔法ならそう強い影響を及ぼさないから、一旦は未来が枝分かれしても最終的に今の時間軸に戻ってくるの」


 竜の幻影から別の線を伸ばし、それを元の線の先に繋げてみせると、隣でカイルが理解したと言うように頷くのが見えた。


「でも人の生死に関わるような大きな改変は違う」


 もうひとつ別の横線を描いて、リシュレナはそこに今度は人の形を表す影を浮かび上がらせる。その人の影を打ち消すように、斜めに線を引いた。


「今回の作戦のように、バルザックを倒す、あるいはエルティナを救うといった改変は、当然その後に続く未来に大きな影響を及ぼすわ。最悪の場合、この時代に生きている人が存在しないとか……そういうことが起こりうるから、時間魔法による歴史の改変は禁忌とされているの」

「ちょっと待てよ。それじゃあ、俺はどうなる? 話し合いの場では、あいつらは俺は大丈夫だと断言してたじゃねーか。明日渡る過去は、あの惨劇があった夜だろ。あそこじゃ、俺はまだエルティナの胎ん中だ。エルティナが無事に生き長らえたのなら、この時代の俺は……消えるのか?」

「普通なら、そうなるわ」

「……っ!」

「でも!」


 焦って今にも叫び出しそうなカイルの腕をぎゅっと掴んで、リシュレナは再び杖を振った。目の前に浮かび上がった人の影から一本の線が伸び、それは元の線と交わることなく並行に描かれてゆく。


「そうならないように、私が二つの未来を作るの」

「二つの、未来?」

「そうよ。本来ならエルティナを救った時点で、この時代のカイルは存在しないことになる。ロアの翼を治した時とは違って、過去の大きな改変は元の時間軸そのものが書き換えられてしまうから。でも、私の中には月の結晶石のかけらがある。この魔力があれば過去の改変で生じる影響を分散させることができるって、アレスが言ってたこと覚えてる? 私たちがやろうとしてるのは『完全な未来の枝分かれ』なの」


 選択のたびに、未来は幾つもの道に枝分かれしていく。大きな木から伸びるたくさんの枝のように。けれどもどんなに枝分かれしても、そこに咲く花はどれも同じだ。元の幹が同じ時間軸であるからだ。

 今回リシュレナたちが目指すのは、その幹に別の木の枝をぐようなものだ。元の幹とは違う新しい時間軸を作る。それはどちらも互いに干渉しない、独立した並行世界。


「私の中にある結晶石の魔力を使って、この時間軸が上書きされないようにする。そのために、『エルティナが救われた未来』という新しい時間軸を作るのよ」

「そんなことができるのか? できたとしても、お前の負担は相当なものなんじゃないのか?」

「まぁ、それなりに大変なことには変わりはないんだけど……。でも結晶石の他に、私にはカイルが預けてくれたこの指輪もあるし、多分大丈夫だと思う」


 リゼフィーネがカイルに託した金色の指輪は、今はリシュレナの胸元で揺れている。指輪に込められたリゼフィーネの魔力が何らかの足しになればと、カイルがリシュレナに渡してくれたものだ。

 結晶石のかけらとリゼフィーネの魔力があれば、数万年の時を渡り、二つの未来を作ることも不可能ではないはずだ。後はリシュレナがどれだけ集中力を保てるかにかかっているが、ここ数日の練習の成果もあって、魔法の精度はかなり上がったように思う。それに明日はレティシアもサポートについてくれるという。それはリシュレナにとっても、大きな心の支えになっていた。


「それじゃあ……過去でリゼフィーネが俺を助けた時も、あそこで未来が二つ作られてたりするのか?」

「リゼフィーネ様の魔力があれば、やることは簡単だったと思うけど……多分作られていないんじゃないかな」

「何か根拠が?」

「確信はないけど……あの時カイルはまだ胎児で生まれていなかったから、未来に対して何も影響を及ぼしていないと思ったの。唯一影響があるとするならエルティナとヴァレスだけど……エルティナは死んでしまって、ヴァレスも魔界王になった後だったでしょ。それにカイルはその後リゼフィーネ様によって未来に送られているから、惨劇の夜から続く未来を大きく変えるような影響はないんじゃないかなって」

「言いたいことはわかるが……何か能なしって言われてる気分だな」

「そんなつもりじゃないってば!」

「わかってるって。冗談だ」


 時間魔法について語るには、正直複雑すぎてリシュレナも上手く説明できたかどうかわからない。カイルは意地悪な笑みを浮かべているだけだ。けれどその顔に、「自分が消えてしまうかもしれない」という不安の影はなくなっているように見えた。


「まだ練習するのか?」

「うん。やることいっぱいあるし、失敗もできないから」


 数万年前まで遡って過去の扉を開き、かつ歪みを最小限に抑えて維持すること。カイルたちがこの時間軸に戻ってくるための魔法の糸を繋ぐこと。バルザックを倒した後に続く、新たな時間軸を作ること。リシュレナが明日やらなければならないことはたくさんあるし、そのうちのどれかひとつでも欠けてしまえば計画は即座に破綻してしまう。

 本音を言えば、とても怖かった。けれどリシュレナは一人じゃない。サポートについてくれるレティシアをはじめ、イルヴァールやロア、そして四賢者たちも周囲を濃い魔力で満たし、リシュレナが時間魔法をおこないやすい環境を整えてくれることになっている。


「時間魔法についてはお前に頼るしかないけど……あんまり無理するなよ」

「ありがとう。でも、カイルの方も心配だからね。明日戦うのはあのバルザックだし……私と糸が繋がってる間に決着がつけばいいんだけど」

「万が一、糸が切れたらどうなる?」

「その時代の自分とゆっくり同化していくから、カイルの場合はエルティナのお腹に宿る子供の魂と融合すると思う。アレスは……存在自体が薄れて消えてしまうわ」

「つまりは、どっちに転んでも問題ないのはヴァレスだけか」


 糸を繋がないヴァレスは、バルザックを倒した後の未来でエルティナと生きていける。反対に糸を繋いでいたとしても、彼はこの世界でエルティナを復活させようと思えばできるのだ。そのために築いてきた土台――時間魔法が、この世界には存在する。


「考えてみれば、大博打だよな」

「私も思った」


 普段の賢者たちなら、こんなに人任せで不確かな作戦を行うことはなかったはずだ。それでも強攻するのは、手持ちのカードがこれ以上ないくらいに揃っているからだろう。

 神界人の血を引くアレスとレティシアが味方であることは、精神的な面でも大きな支えになっている。そして一時的とはいえ、ヴァレスの戦意を消失させたカイルの存在は最高の切り札であるに違いない。エルティナしか見えていなかったヴァレスの願いにカイルの存在が紛れ込んでいる今だからこそ、成り立つ作戦でもあった。


「新しい未来を作るための過去渡り、か」

「そうね。そしてその未来は、ヴァレスのために作られる」

「……ほんっと……迷惑な奴」


 そう呟くカイルの声音を、ほんの少しだけやわらかく感じたのは気のせいだろうか。そっと隣を窺ってみたリシュレナだったが、カイルはもう食べ終わったサンドイッチの袋をぐしゃりと潰して立ち上がるところだった。


「レナ」


 名を呼ばれ、リシュレナはカイルを仰ぎ見た。重なる瞳、カイルの青い隻眼がいつになく真剣な光を宿している。


「明日、俺の命をお前に預ける。俺の戻る場所は、ここだからな」


 崩れた壁の隙間から差し込む陽光に照らされて、カイルの影が伸びている。その先が座っているリシュレナの足元と繋がって、それは二人を繋ぐ魔法の糸を彷彿とさせた。


「うん。まかせて。それに結晶石の作られたこの時間軸じゃないと時間魔法は存在しないから、カイルたちが戻れる場所はここしかないもの。私、頑張るから、カイルも気をつけてね」


 しっかりと頷いてみせると、カイルはなぜか苦虫を噛み潰したように眉を顰めて苦笑した。


「そういう意味じゃねーんだけど」

「え? 何?」

「……何でもない。邪魔して悪かったな」


 そう言うと、カイルは後頭部をガシガシと掻きながら練習場から出ていってしまった。


「……何か、変なこと言ったかな?」


 訊ねるも、答えてくれる相手はすでにいない。

 しばらく考えても答えは出そうになかったので、リシュレナは残りのサンドイッチを急いで食べ終えると魔法の練習を再開した。




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