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月の記憶  作者: 紫月音湖(旧HN・月音)
第13章 魔界王復活
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07:大切なものを追って

 魔界王の再臨に、魔物たちが一斉に空を見上げて歓喜に震えた。

 月のない夜空。魔物の影と、ヴァレスが纏う瘴気の黒がアーヴァンの街をじわじわと呑み込んでゆく。

 まるで奈落へと続く闇のようだ。その中にあってもなお色を失わない真紅の髪と瞳の色は、ヴァレスの諦められない願いを表しているようにも見えた。

 どんなに時を重ねようと、求め続けた愛に一度は拒絶されようとも、ヴァレスが止まることはない。止まる術を、失っているのかもしれない。


 三百年の月日を経てもなおヴァレスの執念が衰えることはなく、逆に初めて対峙した時以上におぞましい闇の気配も感じた。

 それもそのはず、三百年前にアレスが戦ったのは、クラウディスの体を乗っ取ったヴァレスだ。白魔法に秀でていたクラウディスの体では、おそらく本来の力を十分に発揮できなかったのかもしれない。その証拠にヴァレスはただそこにいるだけで、アーヴァンの空を魔界跡と同じ闇に染め上げていくようだった。


 ヴァレスの片腕には、リシュレナが荷物のように抱えられていた。気を失っているのか、カイルの呼びかけにもまったく反応を示さない。

 月の結晶石を元に戻すために時間魔法が必要なら、それを行えるリシュレナの命までは取らないだろう。ヴァレスが求めるエルティナの魂も天界人の血、すなわち現在ではレティシアの血の中に封印されたままだ。ならばリシュレナと同様にレティシアの命もヴァレスにとっては重要なはずである。

 けれども、レティシアの姿は夜空のどこを探しても見つけることができなかった。


 焦るアレスの目の前で、ヴァレスが羽虫でも追い払うかのように右手を横に振った。それを合図にして、支柱に群がっていた魔物たちが再び地上めがけて行進を始める。魔物たちの目的は、呪眠に倒れた人間の血肉だ。蹂躙されようとする魔法都市を見過ごすわけにもいかず、かといってみすみすリシュレナを連れ去られるわけにもいかない。


「どうした? 竜使い。お前の大事な世界が壊されていくぞ」


 すべてを知るように、ヴァレスがにやりと笑う。

 アレスがどうしてこの世界にいるのか。アレスがどういう思いで世界を見守り続けてきたのかを嘲るような、そんな意地の悪い笑みだった。

 アレスは世界を見捨てられない。レティシアが守った世界だからというだけではなく、目の前で危機に瀕する人がいれば助けようと動くのが人間だ。三百年を生き、体はとうに人と同じではなくなったとしても、人であることをやめた覚えはない。エルティナだけを求め、他を切り捨てて進めるヴァレスとは違うのだ。


「ヴァレス。お前を……必ず止める!」

「目の前の魔物すら止められないお前に何ができる?」


 嘲笑するヴァレスの言葉を否定するかのように、イルヴァールの炎が支柱に群がる魔物の一部を焼き尽くした。それでも勢いが止まったのはほんのわずかで、魔物たちは炭化して崩れ落ちる屍を踏み潰して、なおも進む。その先陣が今まさに魔法都市へ到達しようとした瞬間――夜の闇すら吹き飛ばしてアーヴァンの街全体に光り輝く黄金の魔法陣が出現した。


 魔法陣の四方には金、緑、赤、青の光が揺らめいている。各々の属性を表す淡い光を纏っているのは、この地を治めるアーヴァン四賢者だ。

 四賢者たちの力を合わせて作り出された魔法陣はアーヴァンの街を守るように展開され、上空から支柱を伝って降りてくる魔物たちをすんでの所でせき止めることに成功していた。魔物たちは魔法陣に触れるや否や、その聖なる光に身を弾かれて粉々に吹き飛ばされていく。ギリギリのところで餌を奪われた魔物たちが激昂し、発狂に近い金切り声が辺り一面におぞましく響き渡る。


「エヴァの治癒術が間に合ったのか」


 完全復活とまではいかないが、それでも四賢者たちが集まればアーヴァンの住民に被害が及ぶことはないだろう。魔物たちも無尽蔵に湧いてくるわけではない。ヴァレスと共に繭が弾け飛んでいるので、おそらくここにいる魔物を排除すれば新たな魔物が現れることはないはずだ。

 そう状況を把握して、アレスは再びヴァレスの方を向き直った。


「ヴァレス。レティシアはどこだ!」


 どんなに希望を打ち砕いても決して諦めないアレスの存在に、ヴァレスはまるで面倒だとでも言いたげに短く息を吐いた。


「アレをまだレティシアと呼ぶか。アレはもう、エルティナ復活のために必要なただの道具だ。そうなるように、俺が記憶を消してやった」

「貴様……!」

「何をいかる? 昔も今も、レティシアに自由など存在しない。アレは結晶石のために……俺のために生まれてきた女だ」

「違う! レティシアの人生はレティシアだけのものだ。結晶石にも、エルティナの魂にも翻弄されない道を歩む権利があるはずだ! それをまた奪おうとするつもりなら――ヴァレス! 俺はお前を許さない」

「元よりお前に……世界に許されようとは思っていない。お前にも俺にも、決して退けぬ理由がある。ただそれだけだ」


 ヴァレスのマントが大きく翻ったかと思うと、そこから溢れ出た瘴気が彼と、その腕に抱えられたリシュレナの姿を覆い隠していく。


「待て、ヴァレス!」

「いいのか? 竜使い。今、こちらにレティシアはいないぞ?」

「何だと?」

「俺に魔力を与えた後、どこかへ消えたようだな。それでも俺が呼べば、いつでもすぐに戻ってくる。お前か俺か、どちらが先にレティシアを手に入れると思う?」


 訊ねておきながら、アレスに勝機がないことを知っている。レティシアもリシュレナも、月の結晶石さえもすべて自分のものだと主張するように、ヴァレスが意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

 ヴァレスの背後にはすでに瘴気が渦を巻いて、彼をこの場から連れ去ろうとしている。後を追うべきか、それとも消えたレティシアを探す方が先か。

 頭ではヴァレスの後を追うべきだと理解している。ヴァレスがレティシアを操って呼び戻すことができるのなら、近くにいて奪還の機会を窺った方がいい。リシュレナもそこにいて、いつ時間魔法によって月の結晶石が元通りになるかもわからないのだ。今はヴァレスから目を離すときではない。


 そう、わかっている。わかっているのだ。

 ――けれども、アレスは一瞬だけ迷ってしまった。三百年の間に積み重なったレティシアへの思いが、ほんのわずかアレスから冷静な判断力を奪い去る。


 その隙を逃さず瘴気の渦の中へ飛び込もうとしたヴァレスの眼前に、イルヴァールのものとは違う紅蓮の炎が吐き落とされた。見上げた先、アレスたちよりも上空にいたのはカイルとロアだ。ロアの炎によって渦は一度霧散したものの、すぐにまたヴァレスのマントから新たな瘴気が溢れ出していく。

 いま初めてカイルとロアの存在を認めたかのように、ヴァレスはこちらへ急降下してくる蒼銀色の竜を見上げて訝しむように眉を顰める。けれども脅威ではないと判断したのか、すぐに視線を逸らしたヴァレスはリシュレナを抱えたまま渦の中へと吸い込まれるようにして消えてしまった。


「ヴァレス!」


 アレスの声は届かず、ヴァレスを呑み込んだ渦は役目を終えて薄く色をなくし始める。渦が完全に消える前に自分も後を追おうとしたアレスを遮ったのは、ロアの背に乗ったカイルだった


「俺が行く。アレスはレティシアを探せ!」

「カイル!?」

「もう奪われるのはごめんだ」


 そう言うなりカイルはアレスの制止も聞かず、ロアと共に渦の中へ飛び込んでしまった。その瞬間、渦が完全に消滅する。


「イルヴァール! 奴の行き先に検討はつくか!?」

「この世界にあやつの居場所はひとつしかあるまい」

「魔界跡か」


 玉座のあった場所は操られていたパルシスの魔法で崩壊したが、元々はシュレイクだった場所だ。アレスの知らない場所がまだ地底のどこかで繋がっているのかもしれない。三百年前の天界墜落にも耐えた場所があったのだから、探せば崩壊を免れた箇所も見つけることもできるだろう。そう思い、カイルたちを追おうとしたアレスだったが、なぜかイルヴァールの体は転移魔法の光を纏うことはなかった。


「イルヴァール?」

「ヴァレスがカイルに気を取られている間に、わしらはレティシアを取り戻そう。おぬしなら居場所がわかるはずだ」

「だが……」

「心配するな。おぬしが思う以上にカイルは強い。それにロアもいる。カイルが作ってくれた時間を有効に使え、アレス」


 ヴァレスとカイルの力の差は歴然だ。けれどカイルには魔眼がある。闇深い魔界跡でなら、カイルの魔眼も十分に力を発揮できるだろう。ヴァレスを倒せないまでも、奪われたリシュレナを奪還することは不可能ではないのかもしれない。

 リシュレナを思い、常に伸ばし続けてきたカイルの手が今度こそ届くことを願って、アレスは静かに目を閉じる。

 意識をヴァレスからレティシアへ切り替えると、心の奥に灯る光は迷うことなく白い羽根のしるべとなってアレスに進むべき道を教えてくれた。


「イルヴァール」


 返事の代わりに、イルヴァールが六枚の翼を力強く羽ばたかせた。


「精霊界オルディオへ連れて行ってくれ」

「承知した」


 降り注ぐ羽根は白い魔法光を放ちながら、アレスとイルヴァールの体をやわらかく包んでゆく。その光が弾けたあとには、もう魔法都市の上空に二人の姿はどこにも見当たらなかった。




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