第二章プロローグ 「お前を女にしてやるよ」
第二章開始です。
登場人物もボチボチ増えていく予定です。
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時刻は終わりのホームルームを終えた、午後四時前。
放課後とはいえ、まだ生徒の喧騒の残る校舎の中。だが特別教室が多く配置されている特別棟は、この時間でもほとんど人はおらず、静寂とした空間になっている。
そんな人影もまばらなこの場所で、とある一人の女子生徒が困惑していた。
彼女の名前は一条寺飛鳥。
この振槍高校の生徒である彼女は、二年生にして、いわゆる学校のマドンナ的な存在である。
もちろん容姿は端麗。誰もが一度は目を引く、美しい黒髪を肩の上で切り揃え、くりっとしたその瞳は男子生徒を魅了し、透き通る様な白い肌は女子生徒の憧れだ。
更に学業はトップクラス。まさに才色兼備とは彼女の為にある言葉だ。それを一切鼻にかけず、誰とでも平等に話し、男女問わずやんちゃな生徒も大人しい生徒も彼女に好意を抱き、学校の友達も多い。
まさにどこかの演劇部の変人とは対極に立つ、スクールカースト最上位に立つ存在である。
……しかしそんな彼女も今、まさにピンチに陥っている。
その原因は今、飛鳥の目の前にある。現在進行形で、一人の男子生徒に言い寄られているのだ。
何度か男子生徒に告白された事はある。しかしこの様に強引に迫られた事は今まで無かったので、どうして良いものやらと困り果てていた。
今の状況としては、彼女は廊下の隅に追い込まれ壁を背に立ち、相手は彼女に向かい合いながら壁に片手でもたれかかっている。
これは一時期一世を風靡した、いわゆる壁ドンと言う奴だ。
まさか、現実にそれを自分に行う男の子がいるとは。しかし特に壁ドンに憧れた事の無い彼女には良い迷惑でしかない。
「ええっと、あの」
困り果てた彼女は、とりあえず状況を打破するためにその男子生徒に話しかけた。
しかしその声に反応した男子生徒は、更に顔を近づけ彼女に迫る。息もかかるかと言う距離まで近づいてきたその男は、そっと耳元で優しく彼女に囁いた。
「わら……コホン。俺と一緒に演劇部に来な。お前を女にしてやるよ」
そう。彼女は現在、学校一の変人であるぼっち演劇部に絡まれていた。
甘くささやかれた声、そしてその雰囲気に彼女は何故か少しどきりとした。彼女はその男子生徒を知ってはいたが、特別な好意を持っていた訳では無い。しかし彼の放つその蠱惑的なオーラに、思わず引き込まれてしまいそうになる。
……しかし何故だろう。近くまで迫ったその男子生徒の瞳が、彼女から見て心無しかうるうると泣きそうになっていた。その姿を見ると、彼女は何故かその男子生徒に同情を禁じ得ない気持ちになる。
一体この状況はなんだろう。きっと彼女と件の彼は、同じ気持ちになっているのだろう。
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