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「考えた訳だ。そいつみたいに輝ける方法を」

 基礎体力トレーニング、発声練習、そして練習用の台本での演技練習と、三平はいつもと変わらない一人での練習を行う。


 しかし今日はやはりどこか勝手が違う。


「……そんなに男子高校生が一人で演技の練習しているのが滑稽か? 気のせいか、もの凄く視線を感じるんだけど」


 違和感を感じるその原因に目を向ける。三平はどうにも今日は彼女にペースを狂わされっぱなしであった。


「む、もしかして妾の視線が気になるのか?」

「視線かどうかはわからんけど。本だし」

「いやいや、感心しておったのじゃ。意外としっかり取り組んでおるんじゃなと思って」


 彼女の声色から察するに、本当に感心しているようだと三平は思った。このアメリアを名乗る脚本はクソ生意気の上から目線ではあるが、約束は守ったり、自分の認めた物には素直に敬意を表する性分らしい。


「まあ、まだまだじゃがのー。仕草は変に不自然じゃし、感情の乗せ方もまだまだ下手くそじゃ。三流俳優の三流作家じゃなー」


 ……そういえばこいつは別に良い奴では無かった事を思い出した。三平は本を破りさってしまいたい衝動に駆られたが、それでは今までの努力が無駄になるとグッとこらえた。


「う~む……しかし」


 何かに納得しているような、していないような、そんな曖昧な呟きが聞こえてくる。


「なんだよ。まだ何かあるんですか?」

「やはり不思議じゃ。まだまだ下手くそではあるが、演技には確かに情熱を感じる。しかしそれは演技そのものに対してでは無い気がするのう。こうして演劇をするのは何か他の目的があって、あくまで演劇はそれに至る為の方法じゃな?」


 その言葉を聞き、三平の心臓がドクンと跳ねた。


 まさに彼女の言っている事は正しい。三平がこうして演劇部で一人でも活動しているのは、演劇そのものがやりたいのでは無かったからだ。彼は思わず練習の手を止めた。


 彼女は話を続ける。


「何より気になったのは、この妾が取り憑いているこの脚本の内容じゃ。……まあ確かに拙い内容じゃ。妾の魅力を一切伝えられておらん上に、展開も退屈、ト書きも台詞もありきたりじゃ」


「ぐぬぬ……悪かったな」


「じゃが妾に関して丁寧に調べ、時間を掛けて書き上げておるのは伝わるの。まあ、悪い脚本では無い。……じゃから不思議じゃ。ここまでの脚本を書くなんぞ趣味とかではあるまい。だからもう一度問うぞ。お主、何故一人でも演劇をやっておるのじゃ?」


 それは先程の焼き増し。もう一度彼女は三平に問うた。


 ……まあ、これ以上言うのを渋る程の事でも無い。そう思うと三平は観念したかのようにため息を付き、その口を開いた。


「確かに俺は俳優になりたい訳でも、脚本家になりたい訳でも無いからな」

「やはりそうか。お主の熱の発生場所は違う気がするからの」


 今さっきの確認と言い、このアメリアを名乗るこの脚本は半日話しただけではあるが、物事の本質をとらえるのがうまい。だから少なくとも今は下手な嘘はついても意味が無さそうだと思い、三平は正直に話す事にした。


「簡単に言えば、俺は俺の為の世界を作りたいんだよ」

「ふむ、どういう事じゃ?」

「……昔、ある女の子に凄く頑張って告白して、振られたんだ」

「ふむふむ……ぬ?」


 突然脈絡も無いことを話す三平に、彼女は思わず間の抜けた声をあげた。


「結構こっぴどく振られた。当時小学生の俺に『三平、マジ顔マジキモい』って泣きながら言われてな」

「ちょっと語呂が良いのう」

「その時に悟った訳だ。【俺はこの先モテる事は無い】ってな」

「小学生にして、その悟りはどうなんじゃろか……」


 それでも三平は、今でもその時の悟りを間違っていたとは思っていない。それは彼の信念となって今日まで彼を支えているのだ。


「実際俺は地味だし、今だって全然モテた試しなんて無いからな。悪目立ちはしてるけど……現実じゃ主役になんかなれっこ無い。まあそんな当初は結構ショックでさ。しかも口の軽い女の子だったから、あること無いことあっと言う間に広まって、いろいろあった訳だ」

 

「なかなか悲しい過去を背負っておるのう……」


 彼女から心からの同情の声が上がる。だが三平は気にする風でもなく、その続きを語り始めた。


「けど中学二年性の時機会があってさ。とある演劇を見る事になったんだ」


 それは彼にとって大切な、大切な思い出である。


「その演劇で見た俳優がさ……なんと言うか、凄かったんだ。ほんの少しの身ぶり手振りや、台詞を言うだけで、空気が変わるのが素人の俺でも分かるくらいに」


「ふむ」


「正直、憧れた。俳優って言う職業より舞台に上がってたそいつ自身に。大きな舞台じゃ無かったけど、それでも今まで見たどんなドラマや映画の俳優なんかより、ピッカピカに輝いて見えた。俺が生きてきて一番、そいつがカッコ良く見えたんだ。だから俺もあんな風になりたいって思った」


「ほう」


「そこで俺は考えた訳だ。そいつみたいに輝ける方法を。……現実世界で俺は絶対にモテるはずがない。かといって二次元の世界に行けるはずもない。けれどだ。自分の考えた脚本で、自分を主役級なり美味しい役どころに当ててしまえば、少なくとも演劇のお話の中では合法的にカッコ良く、モテモテになれるのではないかと」


 三平の言葉に熱がこもる。言っておくが彼は本気である。


「だから俺はそこから脚本や演技の勉強をし、この演劇部のある振槍(ふるやり)高校に入り、演劇部に入った。俺自身が主役級になれる為の劇を、俺自身で創り上げる為にな!」


 三平の言葉に更に熱がこもる。……もう一度言っておくが彼は本気である。

 

「ま、実際はこの演劇部は俺が入学したときにはほぼ廃部の状態だったから、結局今までずっと俺一人だったけど。だから結局それを披露する機会は無い。けどそれでも良い。誰も見てなくても、納得出来るものを創り上げて演じて、自分が良ければ良いんだ。」


 つまり要約すると、彼は現実世界では全然モテないから、自分で自分が輝ける役の物語を書き、演じ自己満足したい。三平は本当にその理由でこの(・・)振槍高校演劇部にたった一人所属しているのである。

 

 もちろん常人に理解されるとは三平自身も思っていない。現実世界を諦めた彼は、演劇をやってモテたいではなく、演劇の物語の中でモテたいのだ。


「俺は将来俳優にも、脚本家にもなりたい訳じゃない。ただこの高校の三年間を掛けて、ひたすら自分がカッコ良い物を創り上げたいだけさ」


 彼も自分で言っていておかしいとは思っている。しかしそうしたい思ってしまったのだから仕方ない。


 しかし意外にも話を聞いていた彼女は、そんな彼に冷たい言葉を投げ掛ける訳でもなく、ただただ興味深げに話かけた。


「自分が主役の様になりたいから、自分で物語を考えるとな……ほっほ、かなり捻くれてはおるが、なかなか面白い発想をする奴じゃな。妾は良いとは思うぞ」

「意外だな。キモいとか言ってくるかと思ったぞ」

「……いやいや、気持ち悪いとは思っとるぞ?」


 ……自業自得とは言え、もっと他に言い方無いのかなぁと三平は眉を寄せた。


 何がともあれ、これが彼の演劇をやる理由の一つ(・・)である。



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