「やっと出してくれるのかの?」
本日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
後は帰りのホームルームを終え、それぞれ向かうべき場所へ向かう。帰り支度を整え友人とどこかへ遊びに行く者、勉学に励む物、やりたいゲームがあるから真っ先に家に帰宅する者。そして、学校に残り部活動に勤しむ者である。
下鳥三平は見た目的にはクラスの端っこの方にいるタイプである。運動が得意そうな見た目では無いし、積極的に他人と絡む感じにも見えない。だからどちらかと言うと、まっすぐ帰宅する男に見える。
しかし実際には彼は部活動に所属していた。なので彼は今日もいつも通り演劇部の活動の為、準備を整えている最中である。
……しかし今日彼は特別疲れていた。その原因はもちろん、彼の鞄の中に居る彼女である。
「う、うう、グス。……やっとかの? やっと出してくれるのかの?」
だが鞄の中の彼女も疲れていた。
今日は授業中彼女の声が、ずっと三平の耳にやかましく届いていた。
「いい加減出さんか!」とか「このアメリア・ダイヤモンド対してこの仕打ち、屈辱じゃ!」とか喚いていたのが、授業中と言うこともあり三平は反応を示さなかったのだが……。
しかしその結果、後の方になると彼女は疲れと寂しさ、虚しさからか、最初に会った時の様にだんだん弱っていき、最後の方はもう涙声になり、良心に訴えかけてくる作戦を取ってきていた。
……鞄の中でも得るものがあるとか言ってた口はどこへ行ったのかと彼は思ったが、正直自分にも非はあるので、相手にしなかった事に対し申し訳ない気持ちを持っていた。
だが教室で本に話しかける男のレッテルを張られるのは、流石にキツかったのである。
しかし彼女は決して体の乗っ取りは行わなかった。確かに今日は連れてくる条件として、乗り移りは行わないと言う約束を交わしてはいた。だが彼女は律儀にそれを守ったうえに、乗っ取りをちらつかせて脅してくることも無かったのである。
彼は正直その事を意外に思いながら、鞄に目を移す。
「……終わったから鞄から出すよ。だから泣き止んでくれ」
「な、泣いてなどおらんわたわけ!」
「めんどくさいな……」
またため息をつきつつ、三平は脚本を取りだし右手にしっかり持つ。小言っぽい何かが聴こえていたが、適当に相づちを打ちつつスルーしていた。とにかく教室から出よう。そう思い立ち上がり、三平は教室の出口に向かう。
教室の出入り口の近くには数人の女子が話をしていたが、三平の姿を確認すると、そそくさと道を空けた。
……まあ彼にとってはいちいち声をかけなくていいから楽ではあるのだが。三平も多少は悲しい気持ちにはなる。
「バイバイ。また明日ね」
しかし通り過ぎる瞬間、声をかけられた。三平はその方向へ視線を向けると、数人の女子の中から一人の女子が少しだけ微笑みながら三平に向かって軽く手を振っている。
三平は少し戸惑いつつも、「また明日」と返事をし、その場を後にした。
しかしここで不信に思ったのはアメリア(仮)だ。この学校での彼の立ち位置をなんとなく知っていた彼女は、今のやり取りを見て怪訝な声をあげた。
「お主、知り合いがおったのかえ? うむ、なかなかの美人ではないか。まあ、妾には劣るがの」
「いや、同じクラスってだけだよ。話はしないんだけど、何故かずっと挨拶だけはずっとしてくれんの。やっぱマドンナ的存在ってのは人間出来てるんじゃないかな」
「……ほほう。マドンナ、とな。ほうほう」
先程挨拶をしてくれた女の子。彼女の名前は同じクラスの一条寺飛鳥。誰にでも優しい性格で、よくある学校のマドンナ的存在である。
しかし三平にとっては挨拶以外は関わり合いの無い相手である。それ以上は深く掘り下げる事無く、三平は目的地へ向かった。
◆ ◆ ◆
【演劇部】とボロボロの字で書かれた特別棟の教室に着くと、とりあえず荷物を下ろし三平は部活動の準備を始めた。上のカッターシャツを脱ぎ、Tシャツ姿になる。
教室の中には、いろいろな物が置かれていた。昔使われていたであろう舞台背景用のボードや小道具が教室の隅にまとめられている。しかし意外にも埃が被っている様子は無く、定期的に使われている様子がある。そして一番目を引くのは、全身が悠々と写るであろう大きな鏡が置いてある事だ。
「本当にお主一人しかおらんのか。もしや今までも脚本を自分で書き、それで練習していたのか?」
彼女は不思議そうに問いかける。因みにご丁寧に机の上にハンカチを敷き、その上に脚本をそっとおいている、三平流VIP待遇である。
「ちゃんと書いた脚本はそれ、と言うかお前が取り憑いてんのが最初だよ」
「ほほう、その最初の脚本が妾の話とは。……まあ最初なら仕方ない。妾を表現しきれんかったのも納得してやらん事もないが、本当にまだまだじゃのう。まったくそんな腕でよく妾を書こうと思ったものじゃ。妾に失礼じゃと思わんのか?」
……彼女は本当にあのアメリア・ダイヤモンドなのだろうか。三平は始め抱いていた彼女像とまったく違っているので、どうにも信じる事ができないでいた。だって超生意気。
「部員一人だからな。基本的には学校で基礎練習。んで家で脚本。もはや同好会みたいなもんだな。一応正式な部活認定ではあるけど」
「なんで部員一人なんじゃ? 集めれば良いのではないか」
「もうこの学校で演劇やる奴なんて居ないよ」
そう言って三平は苦笑する。そして練習を始める為に彼は教室の真ん中の方へ移動した。そんな三平の様子を伺っていた彼女は、ふと質問を投げ掛ける。
「ならば何故、お主はここで演劇をやるのかのう?」
彼女は学校の演劇部の現状でなく、三平自身について問いを投げ掛けた。そして当然の疑問。
……だが質問が投げ掛けられた瞬間、教室内の空気が凍りついた様な雰囲気になった。三平は思わず息を飲む。
試されているような視線。三平は何故か、真剣に答えないといけない様な気がした。
……下鳥三平。彼のこの学校で演劇をやる理由は。
「お前にだけは、なんか言いたくないなぁ……」
「な、なんじゃとー!?」
「はぁ……」
抗議の声を上げる彼女。別に彼にとっては隠す事でもないのだが、理由が理由だけに少し言うのを躊躇してしまった。
「とりあえず、部活終わったら言うから」
そう言って三平は練習を始める。もちろん文句の声は鳴りやまない。
なんか今日はずっとこんな感じだなぁと思いながら、いつものメニューを消化していった。