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「一生を賭けて、証明していくのじゃ!」

 

 【アメリア・ダイヤモンド】


 美しい金髪の長い髪を持ち、あどけなさの残る顔立ちを残しつつ、誰もが振り向く様な美貌の持ち主。


 だがその悲劇の女優の名前を知るものは少ない。


 それは生涯一度だけしか舞台に立たなかったからだ。


 その立った舞台も決して大きい物とは言えず、その記録はとある外国の演劇祭の映像の、たくさんある演劇の一講演分しか残されていない。


 それでも彼女を見た俳優や、舞台・映画監督は口を揃えて言った。「彼女は天才だ」と。


 ……しかしその才能に世界が驚く前に、彼女はこの世を去る。


 彼女の地元の新聞には取り上げられたが、様々な情報が錯綜する現代社会においては、彼女の死は身近なもの達以外にとっては、すぐに風化してしまう。


 そうして、アメリア・ダイヤモンドの名前は世に知られる事無く、ひっそりと姿を消していった。



 ◆ ◆ ◆


「そもそもなんじゃこの辛気くさい始まりは! もっと華やかにせい。『世界が始まって以来の最強の美少女。アメリア・ダイヤモンドのその儚くも美しい生涯、そしてシェイクスピアもぞっこんになる程の才能!!』。控えめに言ってもこれくらいの出だしは考えつくじゃろうて」


 下鳥三平の部屋でその件の彼女、アメリア・ダイヤモンドを名乗る脚本のダメ出しは続いていた。とにかく彼女にとって三平の脚本の内容はお気に召さなかったらしい。


 三平はその迫力と勢いに押されてついつい黙って聞いていたが、ついにその口を開いた。


「ちょっと待って!まだ頭がついていっていないんだよ。状況説明を求む」

「むう、察しが悪いのう。この出だしはインパクトに欠けると言って……」

「違う違う。ダメ出しの内容じゃ無くてだな」


 なおも、脚本のリライトについて語ろうとする声を遮り、三平はなんとか話をこっちの方向へもってこさせようとする。


「えーっとその、あなたは本物のアメリア・ダイヤモンドさん?」

「そうじゃと言っておろうが」

「……とりあえず、なんで俺の脚本からしゃべってるの?」


 とにかくこの状況は謎が多すぎると、三平はとにかく状況把握に努めようとする。


 正直半分これは夢だと思っている節はある。だが、彼にとって状況が気になることには変わり無いのだ。


「お主の脚本を依り代にしておるからに決まっておろう」

「俺の脚本に取り憑いてるとかそんな感じか?」

「うむ、いかにも。妾は死んでおるからの。お主らの国で言う幽霊とかお化けとかの類いじゃ」


 漫画等ではよくある展開ではあるが、だからこそ理解するのも早い。と言うか深く考えてもわからない事なので、三平はそういうものだと思うようにした。だが他にもいろいろな疑問点はある。とにかく色々聞き出さないと。


「なんで俺の脚本に取り……」


 三平はアメリアにさらに質問しようと口を開きかけた瞬間、彼女の言葉に遮られた。


「そんなにガツガツ質問しよって。妾に興味津々じゃな。まあ妾にがっつく男は見てて愉快じゃが、空気を読まぬ男は願い下げじゃぞ?」

「興味はある意味あるけど、そういう意味じゃねぇよ!」


 表情は本故に伺いきれないが、明らかに小バカにしている表情が浮かんできたので、三平は強めの抗議の声をあげる。と言うかさっきから凄く上からの物言いなので、三平は少しイライラしていた。


「とにかくいろいろ聞きたい事はあるのは理解した。しかし一気に話してはお主も頭がパンクするじゃろう。妾も疲れるしの。じゃから追々(おいおい)話すことは約束するから、とにかく今はこの脚本の話じゃ」

「脚本の話……?」


 そう言うとアメリアは急に真剣な声色になった。


 瞬間、空気がピンと張り詰めたような気がした。一瞬で周りの世界が凍っていく様な感覚。先程から彼女から言葉が発せられる度に、空気が大きく変わっていく。


 ーーその感覚に、三平は覚えがあった。


 かつて見たとある演劇祭の一コマ。生前のアメリアが舞台上に上がっていた唯一の場面を見たときだ。彼女は舞台の上でヒロインの女の子の親友役を演じていた。主役でもなんでもないその少女は、舞台の上で誰よりも存在感を放ち、動作をする度、そして言葉を発する度に今のように周りの空気を彼女色に変える。その事を三平は鮮明に覚えていた。


 だから理屈では無く三平は思った。この声は、きっと本物の……


「お主に命ずる。この脚本を直ちに書き直し、妾の魅力を存分に世の中に伝えよ! 世の中の他の人間など、妾の足元に及ばぬ事を、そして妾がこの地球上で一番偉大な者であった事をお主のちっぽけな一生を賭けて、証明していくのじゃ!」 


 ……アメリア・ダイヤモンドなんかじゃない。そうだ偽物だ。そう確信した三平は脚本を持ち、ブンブンと全力で上下に振った。


「ほ、本を振るなぁ! 妾を誰だと思っとる貴様ぁ! あ、視界が回って、き、気持ちわる……も、もう止め……」

「お前偽物だろ! 記録に残っているアメリアはもっとおしとやかで、誰にでも愛される様な可憐な少女なんだぞ! こんな欲望まみれな事言う訳無いだろーが!」


 やや涙声になっている声を無視して、三平は本を更に激しく振った。


 三平がこの脚本を書く為に集めた、彼女の数少ない記録に書いてある彼女の性格と、このアメリアを名乗る不届き者とまったく似ても似つかない。少なくともこんなに上から物を言ってきたり、言葉が汚かったり、こんな欲望まみれの人物であるわけがないと三平は思った。


 しかし脚本も黙ってはいなかった。


「き、貴様。せっかくこのアメリア・ダイヤモンド自らアドバイスをくれてやろうと言うのに」

「うるせぇ偽物! 追い出してやる」

「ふ、ふふふ。そんな事言って、良いのかのぉ?」


 彼女は急に挑発的な言葉使いになった。自分には切り札があると、明らかに余裕を持った面持ちだった。あくまで三平の想像ではあるが。


「な、なんだよ急に」


 呼び掛けた声に反応は無い。先程まであんなに騒がしかったのに、彼女は急に押し黙ってしまった。……もしかしてお払いできたのか? もしかして俺には除霊師の才能があるんじゃないだろうか。そんな事を三平は思った。


「か、勝ったぜ」三平は呟きガッツポーズをする。しかしそんな呟きを切り裂く声が発せられた。


「はて、何にかの?」


 驚く事に、その声は三平自らの口から発せられていた。


 ……と言うか体が動かない。しかも声が自分で発せられない。三平は戦慄した。ま、まさか……。


「ふっふっふ。幽霊らしく、お主の体を乗っ取らさせてもらったぞ。まあ疲れるから三分くらいしかできぬし、生き物は妾の存在を認識している者にしか無理じゃがのー。よし、解除じゃ」


 その言葉と同時に三平は自分の体から何かが出ていくのを感じた。……この幽霊は俺の体を乗っ取れるらしい。その事実を体験しヤバイと思ったが、三平は気丈に振る舞った。


「……だけど三分乗っ取れるからってなんなんだよ。たった三分じゃねーか」

「お主、脱ぎかけが好きなのかえ?」


 突然脈絡も無く、彼女はおかしな事を言い出した。……いや、三平には心当たりがありすぎる言葉だった。


「ちょ、ちょっとまっ、なぜその話を」

「妾がこの脚本に取り憑いたのは少し前じゃからの。そこからこの部屋で起きたことは大体知っておる。……それだけには飽きたらず、その歳でよくもまあマニアックな。三分間あれば全てお主の母親に口を滑らせてしまうかものー」


 その瞬間不思議な事に、三平の目の前にはイタズラっぽく笑う、少女の幻影が見えた気がした。


 ……否、ニタァと口元を吊り上げ、邪悪に笑う悪魔の幻影がはっきり見えた。


 こうして三平は突然、自ら書いた脚本の主人公を名乗る少女に、プライベートと言う人質を取られたのである。


 


 

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