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第一話:黎明の変身

スターシステムで他の自作小説のキャラに近い人物が、多少設定変更しつつ登場します

近未来、世界では広大な宇宙を探求すべく、宇宙開発を推進していた。目指すは、宇宙ステーションなどの中継も不可能とされる、太陽系よりも外宇宙の銀河の星々。各国政府は様々な宇宙開発技術に積極的に投資、実用段階に至れば、莫大な補助金を出すとも宣言されている。手つかずの新天地、豊饒な資源、未知へのロマン、人類は宇宙にひきつけられていた。そして、宇宙に魅せられた少年が、ここにも一人━。


「明けの明星、今日は特にいい色に輝いてんな~。今日は何かパーッと目の覚めることが起きそうだ」


まだ日も登りきらない早朝に、家のベランダで空に輝く金星を見つめる少年が一人。黒髪に茶髪を少し混ぜたようなちょっとした染め方、遠い明けの明星を見つめる真っ直ぐな瞳、顔つきも少年と青年の中間と言ったところ。このために早起きしたのか、グレーの寝間義のままだ。

 彼は美宙(みそら)陽明(はるあき)、この時代にはよくいる宇宙飛行士を目指す少年の一人である。いや、熱意だけなら人一倍と言えるかもしれない。明けの明星が見える季節になると、数週間の間は早起きして、飽きもせずに明けの明星だけを見つめているのだから。彼にとっては、これが毎日の励みになるらしい。


「あんなに金星が輝いてるんだから、俺も頑張らないとな。宇宙飛行士になれるように」


彼には、星の輝きが宇宙へのいざないのように思えるのだ。いつも変わらず空に輝き、遠い友人を励ましてくれているように。

ふと、目の端に妙なものが写った。すぐ下の裏路地を走っている白衣の女性が一人。何度も後ろを振り向き、そのたびに足を速めていることから、追われている様子だ。しかし、彼女の後ろには誰もいない。どういうことか。居もしない不審者に追われていると勘違いしているのか、あるいは…。


「どっちにしろ、困ってるってことだな。こんな早朝じゃ、俺以外に見てる奴もいないか。ちょっと待ってろよ」


陽明はパジャマのままベランダから自室、階段、玄関まで駆け出す。誰もいないから怖がる必要はない、そう教えるつもりで。


その裏路地につくと、思ったよりも奇妙な状況だった。裏路地はむき出しの水道管がはがれおちたり、横の建物の壁がえぐれたり、がれきが散乱したりと、少し前に通った時よりも荒れている。そして、息を切らしている白衣の女性は、白衣が擦り切れたり、手足に傷を作っている。ダークブラウンの髪は結び目がほどけ、赤いフレームの眼鏡も外れかけている。彼女が転んで作った怪我にも見えない。なのに、周囲にそれをやったらしき犯人の影すら見えない。不思議に思いながらも、陽明は傷だらけの女性に駆け寄る。


「大丈夫かアンタ、動けないなら肩を貸す。近くの病院まで…」


「博士は警告する。ここから離れて」


「えっ、博士?いやでもアンタが…」


女性は息を切らしながらも、突き放すような冷静な片言口調で陽明に警告する。陽明が面食らっていた次の瞬間、陽明の背中に激痛が走る。


「ぐあああっ!な、なんだ!?」


背中に手をまわして触ると、生傷に触れた時の痛みが走り、手にべっとりとした感触、手を確認すると血がついている。いつの間にか背中を斬られている。一体誰に。


「なんだよ…誰かいるのかよ?出てこい!」


陽明は裏路地に仁王立ちで向き直り、白衣の女性を背にしてかばう。しかし、返事の代わりに帰ってきたのは、見えない攻撃だった。さらに胸板に一条の傷ができる。


「くっそ、卑怯だぞ、返事位しやがれ…」


「クックック…」


「ヒヒヒ…」


傷をかばいながら精一杯の啖呵を切る陽明に返ってきたのは、嘲笑だった。二人の男のいやらしい忍び笑いが聞こえる。


「あなたでは勝てない。逃げて」


「悪いな。このまま終われねえよ…」


陽明には彼女っをいて逃げるなどできない。このまま見えない敵に声をぶつけるだけでは、嬲り殺しだ。陽明は近くに落ちていた折れた鉄パイプを手に取る。そして、いまだに忍び笑いが聞こえる方向に向けて2発、つまり2人分殴りつける。


「ってえ!」


「チッ!」


まさか声だけで正確に位置を捕えられるとは思っていなかったのか、二人は不意を突かれて鉄パイプの殴打を喰らう。


「へへっ、どうだ!」


陽明の勘が冴えた。しかし、彼が持っていた鉄パイプに目をやると、パイプはかなり湾曲していた。相手が人間以上に固いのか。これ以上武器として使えそうにない。


すると、何もない空間にショートしたような火花が飛び散り始める。そして、見えない敵の姿が現れる。


「ステルス機能が素人の一撃で、もうイカレやがった。安物をよこしたな、あのケチどもが」


「構わん。所詮生身の二人を相手するだけの仕事。おあつらえ向きに、ここには人目も防犯カメラもない。作戦に変更はない」


姿を現したのは、全身を金属製のスーツで覆った2人。そのスーツはカメレオンのような明るい緑色でカラーリングされ、迷彩色のようなまだら模様がついている。頭部はスモークガラスのフルフェイスメット、体は黄緑のプロテクターで覆われているが、関節部分の隙間からは黒いインナーが垣間見える。左手首にはクリアパーツのブレスレットのようなものがついているが、一人のブレスレットはショートを起こしている。手には同じ黄緑のコンバットナイフを構え、切り傷を作った時の者と思しき血がしたたり落ちている。


「お前ら何なんだ!」


「名乗りたくて姿を現したわけではない。お前ごときがかなわない相手として姿を焼き付け、抵抗する気力を奪ってから死んでもらうためだ。こっちのバカは、お前の攻撃でブレスレットを壊されたから隠れられなくなっただけだが」


「こいつがいきなり殴って来やがるから、左腕でガードしちまったんだよ!ま、俺も役に立たないステルスはいらねえ」


「彼らはユニティー財団に雇われ、安いギャラで何でもこなす下っ端産業スパイ。今回は博士を捕えろと指令を出されている」


名乗らない二人の代わりに、白衣の女性が説明する。


「誰が下っ端だゴラ!」


「下っ端だけ否定ってことは、ユニティー財団とやらにいるのは本当らしいな。お前ら殺し屋って奴か」


 「チッ、バカが」


荒っぽい方のカメレオンスーツがキレて素性をバラし、陽明は納得、ニヒルな方のカメレオンスーツはまた舌打ちする。


 「ベラベラと口の軽い馬鹿の処遇は後でもいい。どの道、ここに居合わせたお前は処分、そこの博士も二度と表には出さん。おい、今は任務に集中するぞ」


 「ああもちろん、こいつにはさっきの礼をしてやる。狩りの再開だあ」


 「黙ってやられっかよ。俺は宇宙に行くまで死なねえ!」


今度は角材を拾って抵抗しようとする陽明を、二人のカメレオン男があざ笑う。


 「宇宙に行くだと?お前みたいなガキには一生そんなチャンス来ねえよ」


 「宇宙開発は我々組織の特権、お前の夢はもうすぐ潰える」


 「どういう意味だよ?」


「宇宙開発はもうすぐ俺たちが独占するんだよ。その女の完成させた技術を俺たちが囲うことでな」


「それこそが、我々の任務の機密事項だが、死にゆくお前には特別に教えてやろう。お前の短い人生は、叶わない夢を追い続けた無意味なものだったのだ」


彼らは産業スパイと言うだけあって、単なる殺し屋ではない。まだ公になっていない最先端の宇宙開発技術を技術者ごと奪い、自分たちの物として公表する。そうして莫大な補助金と宇宙開発でのイニシアチブを得て、宇宙開発の利権を独占するつもりでいるのだ。


「彼らは利権のためなら、なんだってやる悪党。だからあなたは逃げて警察に知らせて」


白衣の女性はそう繰り返す。最早動き体力も残っておらず、自分だけこの場に残るつもりらしい。利権による薄汚い抗争に巻き込まれるのは、自分一人で十分だと考えて。


「そうか、アンタは宇宙開発の技術者…だったらなおさら置いていけないな。俺が宇宙飛行士になったら、世話になるかもしれない人だからよ!」


陽明はこれを聞いてますます燃え始めた。どれだけ遠く見えても、輝いている夢があったら追いかけ、手を伸ばさなきゃ叶わない。その信念は、宇宙開発の裏話を聞いたところで変わらなかった。


「宇宙飛行士…あなた、宇宙飛行士の訓練受けてる?」


「ああ、研修生コースなら…」


「一か八か、これをやって見る価値はある」


白衣の女性はポケットから、特徴的な機器を取り出す。球状にボタンの配置された端末にグリップを取り付けたオレンジのマイクかレバーのような機器。差し出された陽明が受け取ると、グリップ部分が手になじむ。


「口元で構えて、ソラリオン機動と叫んで」


「何だよそれ、マイクとどう違うんだよ」

「あれか、問題のブツは!」


「あんなガキに使いこなせると思えんが…先につぶすぞ」


コンバットナイフを構えて、カメレオンスーツが迫ってくる。


「マイクとの違いは、やれば実証できる。早く!」


「なんだかよく分からないが、ソラリオン機動!」


それと同時に、赤い光が薄暗い裏路地を照らす。スモークガラスで覆われたカメレオンスーツたちも目がくらんだのか、ナイフの構えを解いて、目を覆っている。白衣の女性はその光の中でもなぜか視線を外さない。目を射られたカメレオンスーツのうめき声がやみ、再び体勢を立て直したその時、彼らの眼前には陽明とは違う姿の人影があった。


カメレオンスーツと同じく全身金属のスーツだが、彼らよりも派手なオレンジのカラーリングに、赤いプロミネンスのような炎の模様があしらわれている。メットのバイザーは鏡に近い透明度だが、マジックミラーのように中の陽明の顔は、外側から見えない。そしてメットには、放射線状に太陽光線の装飾が施されている。右手には、先ほど使ったオレンジのグリップが。


「この姿って、あいつらと同じ…これがソラリオンか?」


「否、姿は似ていてもスペックは段違い。2対1であなたが負傷していても、クリアノィドに負けはしない」


「ンだと…俺たちが素人のガキに負けるかよ!」


「こちらも遠慮なくやらせてもらうぞ」


怒鳴った方のクリアノイドがナイフを逆手持ちにして突っ込んでくる。その凶刃をソラリオンは片手で受け止める。そのまま相手の腕を引っ張りこみ、勢い余って体勢が崩れたところへ、膝蹴りを入れる。


「うぼおっ!」


蹴りの威力はかなり強く、クリアノイドは放物線を描いて吹っ飛ばされ、裏路地に散乱した瓦礫の上に墜落する。


「おいおいなんだよ、この力は…」


「ぼうっとしないで、もう一人が消えた!」


呆然としてるソラリオンに、白衣の女性が注意を飛ばす。すると、ソラリオンの肩が切りつけられる。


「ぐっ、あいつまた消えたのか!」


ニヒルな方のクリアノイドは、相棒がやられている隙にステルス機能を再使用していた。性能差があるなら、ステルス機能でなぶり殺しにすればいい。このナイフは本気なら鉄パイプも切断できるキレ味だ。今度は声も出さずに動き回れば、奴も居場所を特定できない。そう考え、今度は後ろからナイフを振りかざし、首元を狙う。

その時、ソラリオンがその場で一回転する。思わぬ動きに躊躇して手が止まると、ソラリオンが振り向きざまにエルボーを繰り出す。ナイフが叩き落される。


「何、なぜわかった?」


「相手に見えなくても死角を取ろうとするのが、アンタのくせだろ。だから回転して死角をなくした。そうすれば動揺すると思ってたんだ」


陽明は正面と背後からナイフで切られていたが、斬られた感触が違うと思っていた。正面から大胆に切った相手は今倒れている荒っぽい方、背後から確実に切った相手は、残ったニヒルな方だと直感したのだ。だから片方だけなら隙を作る作戦も打てた。


「武器は拾わせないぜ」


落ちたナイフをソラリオンは遠くまで蹴飛ばす。


「ならば、そこの女を守って見ろ。せいぜい力を出し過ぎて傷つけんようにな!」


見えないが、クリアノイドは白衣の女性を狙う気らしい。確かに今の力に慣れてもいないのに、彼女の近くで暴れるわけにはいかない。


「ソラリオングリップの、右端のボタンを押して!」


戸惑うソラリオンに、白衣の女性がアドバイスを加える。右端のボタンを押すと、球状部分の液晶画面に、「レーザーInfra Red」と表示され、球状部分から、赤いレーザーが放射される。そのレーザーは裏路地の壁を乱反射して、あっという間に裏路地をふさぐ網を形成する。白衣の女性は身を低くして回避していたが、クリアノイドは網に引っ掛かり、その輪郭を浮き彫りにする。


「これは、動けん!」


「なるほど、こっちも小技が使えるのか」


「次は中央のボタンを押して」


「よし、どんと来い!」


意気揚々と次のボタンを押すと、「レーザーWhite」と表示され、今度は白熱したレーザーが剣のように放出される。


「その光線なら、奴らにも通用する」


「熱っ!グリップまでアツアツだな、これ!だが、手ごたえありだ、行くぜ!」


熱を放射するレーザーの剣を何とか構え、まずは赤色レーザーに捉えられたクリアノイドを斜め上段から切りつける。


「どりゃあ!」


「むうっ、バカな…」


レーザーのエネルギーを受けたクリアノイドのスーツは解け、サングラスをかけた傭兵風の男の姿に代わり、倒れた。


もう一人の方に向き直ると、起き上がったクリアノイドがナイフを構えながら、こちらへ突進してくる。


「死ねえ!」


間合いに入られた、間に合わない!とソラリオンが覚悟するが、その時、レーザーの剣が、ナイフサイズの刃渡りに縮む。すかさず相手のナイフと至近距離で刃を交えるソラリオン。レーザーの高熱で、クリアノイドのナイフが溶かされる。そしてそのまま、クリアノイドを正面から切りつける。


「がっ、このガキ…」


自分がやった攻撃をそのままやり返されたクリアノイドは倒れ、大柄のやくざ風の男の姿に戻った。


「はあ、はあ、勝ったのか?」


ソラリオンの装着が解け、そのまま倒れる。出血した傷のまま、あれだけ大立ち回りをしたせいだ。意識がもうろうとしている。


(俺も張り切り過ぎたか?でも、悪い気はしないな。なんつうか、目の覚めるような大活躍だったしさ…)


そして彼は意識を手放した。


目が覚めると、陽明は病室にいた。清潔な病人着に着替えさせられ、傷も手当てされている。病院に運ばれたのはわかったが、あの後どうなったのだろうか。裏路地には自分以外にも、白衣の女性や、襲ってきた犯人がいたはずだ。誰かに確認したい。そう思っていると、病室のドアが開き、黒髪で優等生風に群青色の詰襟を着こなした少年と、おかっぱ頭で褐色肌の白いワンピースの少女が入ってくる。


「あっ、見て見て。今起きたところみたいだよ。このタイミングでちょうどよかったね!」


「良く当たりますね、あなたの占いは。僕も起きるまで待たされたくはなかったところです」


「お前、衛斗と、エルハームちゃん!」


黒髪の少年の方は、星海衛斗(ほしみ えいと)。大学の宇宙飛行士研修コースで、推薦枠を争っているライバルだ。一緒にいる少女は4歳下の義理の妹のエルハーム。衛斗の父親がアラブ系の女性と国際結婚した際の連れ子らしい。幼い頃から日本語を覚えてきたので、見た目と違って普通に日本語で話せる。


「お見舞い第一号がお前かよ!普段は何だかんだ言っても、心配してくれたんだな、こいつ!」


「君がなぜか早朝の裏路地に出て行って、通り魔に刺されたと聞きましたので。怪我よりも、そんなドジを踏む頭の方は大丈夫かと心配して、敵情視察に来たのですよ」


同級生のお見舞いというめったにないシチュエーションに陽明はテンションが上がっていたが、衛斗の方は相変わらずの皮肉屋だった。


「何だよ、バカにしてんのか?」


「当然です。宇宙飛行士研修コースの推薦が決まる大事な時期に、夜道で通り魔に刺されるなんて無謀な真似、僕にはとても真似できません。そのおかげで、推薦枠の競争では、君が入院している間だけ、僕がリードするわけです」


「あのなあ、俺だって宇宙飛行士のこと忘れてたんじゃないんだよ。あの時、目の前で宇宙開発の技術者が、怪しい奴らにさらわれそうになってたから必死で…」


「技術者?何のことですか?」


「だから俺以外にもあそこにいただろ!白衣の女と怪しい二人組が」


「通報で救急車と警察が駆けつけた時には、君しかいなかったそうですよ」


「ええ、どうなってんだ…」


少なくともあの二人組は、動ける状態ではなかった。通報は白衣の女性がやったのかもしれない。どうやって消えたのか。消えたにしても、あの二人組はともかく、なぜ白衣の女性まで警察や救急車から逃げたのか。


「なんか面白そう、私がちょっと3人の行方を占ってあげよっか」


「時間の無駄ですよ。彼は長く眠りすぎて、夢と現実を取り違えているんです」


興味を持って黒目がちの瞳をキラキラさせているエルハームを、衛斗がたしなめる。


「俺、そんなに長く眠ってたのか?」


「ええ、丸一日面会謝絶になるほど」


「そんなにか!」


「だから容体が安定して面会謝絶が解かれてから、私たちもお見舞いのタイミングを見計らってたんだよ」


そこまで疲れた原因は、出血もあるだろうが、あのソラリオンしか考えられない。


「そうだ、あの時確か手に入れた…あれっ、どこ行った?」


ソラリオングリップがどこにもない。あの裏路地で落としたか、誰かが持って行ったのか。


「やれやれ、面倒な誇大妄想もほどほどにして、休養に専念し、早く治すことです。こんなことで宇宙飛行士への快速切符を逃すつもりではないでしょう」


「そうそ、お大事に。衛斗お兄さん、最後はちゃんとしたお見舞いの言葉で締められてよかったね」


「社交辞令ですよ、皮肉をたっぷり込めたね」


お見舞いの二人は帰ったが、休養する気にはなれない。あの出来事は、忘れてはいけない気がする。


じっと考え込んでいると、また、誰かが入ってきた。一人は陽明の母、そしてもう一人は、彼が一番話を聞きたかった人物。後ろで結んだダークブラウンの髪に、赤いフレームの眼鏡、理知的な顔つきも白衣も間違いない。


「良かった目が覚めて~お母さんこんな時に、アンタが通り魔に巻き込まれるなんて、もうショックだったのよ~」


どこか能天気なオーバーリアクションでハグしてくる母に、陽明は辟易としたが、今はそれどころではない。大急ぎで振りほどき、質問に持っていく。


「分かったから離れろよ、母さん。心配かけて悪かったって。それより教えてくれよ、この人は?」


「あら、一目見て気に入っちゃたの?目覚めてすぐにナンパなんてやるわね~」


「そうじゃなくって、誰なんだよ。どうしてこんなところに…」


助けた相手だから、そりゃ見舞いには来たいかもしれない。しかし、どうやって母と同伴でこの病室に入ってこれたのか。こんな知り合いがいたなんて聞いたこともないのに。


「この子は帰国子女の白瀬百華(しらせ ももか)さんよ。うちにホームステイすることになったの」


「ホームステイ!?俺が寝てる間に決まったのか?」


「イギリスの大学から急に頼まれたんだけどね。彼女、英語が堪能らしいから、アンタの家庭教師にちょうどいいと思ってね」


「博士はどうぞよろしくお願いする」


「おいおいマジかよ…大体その博士って一人称なんなんだよ」


「彼女、イギリスの大学で飛び級して、博士課程も修了してるらしいわよ。名前の白瀬を“はくせ”と読み替えて、博士ってニックネームなんですって。面白くない?」


「博士課程終わってるのにホームステイできんのか?」


「飛び級だからほとんどの学生生活は飛ばしちゃってるんですって。あんたと同じ大学に通うそうよ。それで、日本が不得意みたいでしょ?学生生活と日本語をやり直したいなんて健気よねえ。アンタも英語の代わりにちゃんと日本語教えてあげてね」


「つか、この人まだ学生なのか?何歳だよ?」


「失礼しちゃうわね~。あんたと2歳しか違わない20歳よ。見た目は堅そうだけど、まだまだ青春盛りよ」


確かに、表情や口調や白衣でイメージが固定化されていたが、落ち着いてよく見ると、意外に女性らしい。ダークブラウンの髪はこの前と違って綺麗にアップでまとめられているし、赤いフレームの眼鏡も知性の光が宿った瞳をお洒落に縁取っている。白衣はバランスのいい起伏を描く肢体を包んでおり、白いスカートから伸びる足もすらっとしている。


「あらやだ、年が近いなんて言ったとたんに意識しちゃって」


母の冷やかしで我に返る陽明、それと同時に肝心なことは何もわかっていないと気付かされる。


「わっかんねえ。何で突然こんなことに…」


事件の発端となった女性は、ここにいる。しかし、あの事件は警察沙汰にすらなっていないらしい。果たしてここで蒸し返していいものだろうか。


「彼は汗だく。飲み物を用意した方がよいのでは」


「そうよね、丸一日寝てばかりでのど乾くわよね。ポカリ買ってこなくちゃ。ちょっと後を頼むわ、博士ちゃん」


ウインクした母が出ていくと、百華が話を切り出した。


「まず最初に、あなたが裏路地で博士の貸したソラリオンに変身、ユニティー財団を撃退したのは間違いなくあった出来事。しかし、世間にはあなたが通り魔に襲われたとしか知られていない」


「あれだけの大騒ぎだぞ?誰にも知られずにアンタも犯人も逃げたっていうのか?」


「博士はあの後警察に通報したが、それは握りつぶされた。恐らく負けた二人組は、消された。警察にも手が回っているとはっきりした以上、博士も逃げるしかない」


「そんなことまでできる連中なのか。ユニティー財団なんて聞いたことないんだが…」


「世界の資本の流れを裏から操る複合組織の俗称、知らなくても当然。知ったら、引きずり込まれるか、消されるか」


「そうだ、そいつらが狙ってたソラリオングリップ!気絶した後どこにやったか覚えてないんだ!すぐ探しに…」


しかし、機先を制して百華がソラリオングリップを取り出す。彼女が回収しておいたようだ。


「これは既にあなたの声で認証されている。あなたの専用になっているから、説明を聞いてほしい」


「ああ、これって一体なんなんだ?」


「これは博士が開発した宇宙航行用のスーツ“宇宙航騎こうきスペーシア・ナイツシリーズ”。従来の宇宙服よりはるかに、宇宙空間や、外宇宙の環境に適している。出力が十分なら、宇宙船なしでほかの惑星までの航行も可能」


つまりは、これを着ていれば、宇宙船に乗らずとも、単独で他の星まで行ける、そういうスーツだという。


「すげえ、自由に宇宙を駆け回れるなんて、俺が夢見たようなスーツじゃないか!」


「ただし、装着者への負荷は、宇宙船以上に強い。あなたが経験した通り」


「あの疲れはそういうことか…」


確かに、宇宙飛行士の訓練を受けているか確認された上で装着した陽明も、負担が大きすぎて倒れてしまった。


「ユニティー財団は私の技術を盗み出して、廉価版を作り出した。でもそれだけでは出力が足りない」


「それで、アンタの身柄を狙ってるのか」


「そう。あの時は急場しのぎであなたに認証させてしまった。だからソラリオンはあなたにフィットするように変形してしまっている。そして、わたしが現在保有しているスペーシア・ナイツはこれ一つのみ。だから、あなたに今後も守ってもらう必要がある」


「はぁっ!?」


ユニティー財団の追っ手が、廉価版スーツで襲ってくる以上、百華の対抗手段はソラリオン以外にない。そしてソラリオンは陽明にしか使えない。


「だからって、ホームステイまででっち上げて、俺ん家に居座るのかよ!」


「いつ狙われるかわからないから、できるだけ行動を共にした方がいい」


「あのなあ、俺も宇宙飛行士研修コースの推薦枠狙ってて忙しいんだけど…」


余りに話が勝手に進んでいて、呆れ気味の陽明。しかし、百華は淡々とした口調、そして真剣な表情で話を続ける。


「あなたがソラリオンを使いこなせば、あなたはいずれスペーシア・ナイツの第一人者として認められるはず」


「認められるつっても、開発者のアンタが逃げて、情報操作で隠蔽されてる状況で、いつスペーシア・ナイツは日の目を見るんだよ」


「ユニティー財団の情報操作も完全にはいかない。彼らとの戦いが表面化していけば、スペーシア・ナイツは自然と人々に知れ渡る。そしてあなたも、宇宙飛行士の近道を行ける」


陽明は改めて、ソラリオンを使った時のことを思い出す。光線を自在に操り、身体能力を強化、何より自分によくなじむ使用感。実際に宇宙でも使ってみたい。


「分かった、俺がこいつをバンバン使いこなして、アンタも守る!だが、こいつは近道なんて気楽には構えない。障害を乗り越える王道こそ、燃えるからな!」


「やはり素質は十分。その覚悟があれば、スペーシア・ナイツは答えてくれるはず。博士が保証する」


こうして、スペーシア・ナイツの太陽は、自らの王道を上り始めた。固く握手する2人。


「お待たせ~、ポカリのついでに売店のお菓子買ってきちゃった。あら、二人とももう手を握ってるの、早いわね~」


そして悪気なく冷やかされ、二人は太陽のように顔を赤らめた。


どこかの薄暗い会議室では、ユニティー財団が秘密の会議を行っている。しかし、ここにはスカイプ用のパソコンと、それを操作する構成員しかいない。ユニティー財団の幹部は、秘密会議に自ら向かう危険を冒さないものなのだ。


「白瀬博士の拉致に失敗したか。孫請けの産業スパイ程度では、せっかくのスーツも宝の持ち腐れだったかな?」


「いや、白瀬博士が唯一保有していたソラリオンの適格者が見つかった。そいつに返り討ちにされた。産業スパイ君はそう言っていたがね」


「何だ、彼女は単身イギリスから日本に逃げてきたのではなかったのかね?無力な彼女を捕えるだけの簡単な任務ではなかったということだ」


「簡単な任務に変わりはないさ。所詮は現地で見つけた急場しのぎの適格者だろう。今度はそれなりに経験のある連中をぶつければいい」


「いざとなれば動かすかね、我々が確保している駒を」


「いや、ディスサターンはまだ早い。技術を確保する前に、世間に晒すわけにはいかん」


「では、下請けの実行部隊にやらせるか。こいつらは改良版のスーツを使いたくてうずうずしているからね」


「実戦テストも済み、白瀬博士も手中に加えれば、いよいよ我々が宇宙開発の利権を独占する」


「今から星空が輝く宝石の山に見えてくるよ、フフフ」


ユニティー財団もまた、何層にも欲望と悪意を積み重ねた底知れぬ組織。手心など加えるまい。


その頃、誰かからの国際電話を受けていた衛斗。


「教授、受け取った品物は確認しました。しかし、今からこれを僕が使ってもよろしいのですか?」


「約束の予定よりは早いが、君なら問題ない。そのための訓練も、センスも磨いてきたはずだ」


「白瀬博士の護衛のためですね」


「そうだ、ミス白瀬は保有していたソラリオンの適格者を、急場しのぎで選んでしまったらしいからね。素質は十分らしいが、私としては心配だ。だからそれは君に託すことにした」


「しかし、教授の元に残された貴重なスペーシア・ナイツを…」


「構わないよ。ミス白瀬は万一のことがあったらと、これを私に預けてくれたが、それなら私が信頼できる君に託しても同じことだろう。ミス白瀬が単身イギリスを出たおかげで、彼女を教えていた私も無関係とみなされ、今の所狙われないで済んでいる。彼女がホームステイとしてもぐりこむ手伝いはしたがね」


「分かりました。教授の代わりに、僕が白瀬博士の身の安全を守ります」


「頼んだよ。君の御父上にもよろしく」


電話を切ると、衛斗はイギリスからの荷物を開ける。


そこにあったのは、球状の端末に三日月状のカーブを描いたグリップ。スペーシア・ナイツの月・ルナイトのグリップだった。


「病院での陽明君の話と、今の教授のお話を合わせると、ソラリオンは彼で間違いない。スペーシア・ナイツに関しては、僕が内々にお墨付きをもらっていたはずですが、これもめぐり合わせ、ということか」


彼もまた、開発者の白瀬博士の命を守ることには違いないが、ソラリオンがスペーシア・ナイツの第一人者となるのを黙認する気はない。彼もまた、スペーシア・ナイツとして輝こうとするだろう。太陽と対となる月のように。

最後に空に輝くのは、どの星か。

何で装着変身ヒーローにするのかって原点から、いっそ単独で宇宙飛行できるようにしてしまえと、思いついたんですが。地球の外側に出るならまだしも、単身宇宙飛行するってのが、絵的にも装着変身ヒーローにとっては限界を超えてるのかなって。

装着でなければウルトラマンいるし、あれくらい達観してないと、単身で宇宙旅行は無理かな。


変身の時に光るのは、特殊な波長の光を放出し続けて、地球からでもスペーシア・ナイツを見失わないようにするためだって、開発者が言ってた。ということは、スペーシア・ナイツは星の光ほどの閃光を発揮することも可能だってことに…おお怖。


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