7話「求職2」
有言実行。
即決でバイトに雇われたテラフィーは次の日からバイトに出勤していた。
そのバイト先は真島がよく訪れるコンビニ。
おかげで真島にとって行きにくい場所になりつつあった。
「――――ただいま帰宅いたしました」
ドアノブの開く音がすると疲れた声をしたテラフィーがそう言う。
その声に対して真島は無言を貫き、いつものように寝転がっていた。
しかし無関心というわけではない。
真島は耳だけ玄関の方に向けた。
ガサガサ――――
テラフィーは何か袋に入れて持っていた。
「マスター。これどうぞ」
「…………」
ちゃぶ台の上に置かれたのは黒い容器に色々と入っている弁当だった。
「本当はダメらしいんですけど、どうしてもって言ったらいただくことが来ました」
「いらん」
「マスター…………昨日のことは謝ります。言いすぎました」
真島にしか非は無いのに何故テラフィーが謝るのか。
これは俺を侮辱しているのか。
ますます腹を立てる真島。
「ここでいざこざを起こしても仕方ありません。だからせめて腹ごしらえだけでもいたしましょうよ」
そう言うとてテラフィーは台所に行き、弁当を温めた。
温め上がりを知らせる小さなベルの音が静寂なこの空間に響き渡る。
「できあがりましたよ? 一緒に食べましょう」
その声を無視してさらに体を丸めた。
しかし体は正直なものだ。
甘ダレの匂いが鼻を刺激し、食指を動かす。
無意識でお腹を鳴らしてしまう。
恥ずかしさのあまり真島は顔を真っ赤にしてしまう。
「…………まあ弁当に罪は無いわけだし」
正直に言うのが気恥しかった。
真島は建前を使い弁当にありつこうとする。
その際チラリと見えたテラフィーの笑顔は疑問だった。
「さ、食べましょうか」
二人で一つの弁当をつつくのははしたないが仕方ない。
――――どうせなら弁当二つ持って来ればいいのに。
そうワガママを心の中で呟くと。
「すいません。バイト初日で弁当を頂くのも失礼なのに、何個も貰うってのは流石に気が引けました……」
「そうか…………てか何で分かった」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 私マスターの考えが読めるですよ。契約上そうなっています」
その説明の最初の文字すら聞いてなかった真島は箸を落としてしまう。
正気を戻すとすぐさま箸を拾い上げた。
「だからちょいちょい俺の考えを見越した発言をするのな」
「ええ」
ある程度の会話が終わると気まずい空気が流れた。
あまり日の経たない関係であるがゆえに、話題なんてそうそうなかった。
というよりも昨日のことが頭を何度もよぎり、上手く口が動かなかった。
「あ、あのさ。バイトって…………どうだった?」
だからなのか、本当は聞きたくもないことを口走ってしまうのは。
真島は考えと行動が一致しないのをむず痒く思う。
「そうですね。強いて言えばマスターの言わんことも分からなくはないって思いました」
「え?」
テラフィーは持っていた箸を弁当の淵に立てかけ、手を両膝に置く。
「正直な話、正社員とバイトには明らかなる壁は見えました」
「…………」
「初日だというのに無茶苦茶な要求。仕事の指示だけをする店長」
たった一日だというのにここまで仕事に対して文句を言うのはもしかして。
「もしかしてお前働くの初めてなのか?」
「え、いや、そんなことは――――はいそうです……」
頬を赤く染めて肯定する。
「それなら知っておけ。働くってのはそいうものだ。上に立つ人間が楽をして下にいる人間を操る。その中でも一番の底辺がバイトなんだよ」
すんなりと出てきた言葉に驚く。
俺が言いたかったのはこれかと。
「はい。痛いほどに痛感しました」
その後「だけど」と付け足して続けた。
「――――それで働かないのはまた別の話ではないでしょうか」
「……そうなんだが」
「もう働けとは言いません。だけど働かないことが正しいと正当化するのはやめてほしいです」
テラフィーの言葉は痛いほど心に突き刺さる。
そんなの一番理解していたのは真島自身だった。
今まで適当に取り繕い、何とかして心の平穏を維持することだけを考えていた。
「――――そんあ話よりも今後についての話をいたしませんか?」
「え?」
唐突な話題変換についてこれず、追疑問符を打つ。
「前々から疑問に思っていたんですけど、マスターはどのような魔法を使うのかなって」
「いや、わかんねーよ」
「そうですよね。弱い魔法でも最低500円は必要としますし。まだ試した事なんてありませんよね。ちなみに魔法ってのは皆が同じ魔法を使えるというわけではありません。個人個人使える種類が違っていて、また固有魔法も存在します」
「ってことは俺も何かしらの魔法に特化していて、必殺技みたいなのが使えるってことか」
「そうですね」
命が危険なのは嫌だが正直な話魔法を使えるという話は魅力的だ。
しかし、本当に自分が魔法使いになったかといえば実感がわかない。
早く確かめたいなら自分も働かなきゃいけないのだが……
「はあ。まいったな」
思わずため息を漏らしてしまう。
いつ襲撃がきてもおかしくない状況。
前回の戦闘は非常に運が良かった。
それ故に次の戦闘は恐らく想像以上に苦しいものになるはずだ。
「あーっ! もうだめだ」
あぐらをかいていた足を崩し、立つ。
「マスター、どこに行くのですか?」
「ああ。ちょっと出てくる」
いつものように灰色のパーカーを身に纏い、外出。
向かった先は市役所だった。
既に閉館準備を始めていたため、すぐに終わるという建前を使って中に入る。
石畳で出来ている廊下を通り抜け、とあるカウンターに向かう。
そこは無人で、『受付終了』の立てかけがかかっている。
真島はその奥の方に声をかけた。
まるでクレームをつけるような態度で。
すると一人の小柄な男性が少ない髪をフサフサとさせながら近づいてくる。
「――――ってまた君かね」
「どうも」
カウンターに肘をつけながらその男性に無礼な態度を取った。
「何度も言うがね。そんなポンポン正社員を取る会社なんてないんだよ」
「いや、今回は違う話で来ました――――短期のバイトでいいから紹介してください」
その言葉に一番驚いたのは役員の男性だった。