6話『求職1』
時は早いものであの事件から1週間が過ぎた。
そう言うのは簡単だが、真島にとってその一週間は酷なものでった。
妖精にプリン(78円)を奢るという愚行に走ったため、23円というはした金で暮らすことになったのだ。
さてと。一般人が23円で一週間を暮らせと言われたら無理だと即効で言うだろ。
だが、それをやらなければいけない人間は無理なんて言えない。
やらなければいけないから、ごく当たり前なことであり残酷なことである。
そんな1週間を真島はどうやってくらしたか。
試食――――パン耳――――水――――そして道端の草。
世間に食材は散らばっている。
改めて痛感させられた。
むしろこれからでも生きていけるんじゃね、そう思い込んだ頃だった。
ボロいワンルームの中で女の子が、
「――――――もう無理ですっ!」
高らかに美声を発した。
金髪がひらりと靡き、微かに香る豊かな香り。
風呂に入っていないのに不思議といい香りを放つその少女は妖精であるテラフィーであった。
「どうした」
「マスターっ! これは遺憾であります」
「イカン? 何がダメなんだ」
「私、こう見えても天界ではお金持ちだったんですよ」
「へー」
その言葉に「むこうにも金とかあるんだな」と感心する真島。
「言いたいこと分かってくれますか?」
「ん?」
純粋な疑問顔。それを見てテラフィーは自分の過大評価に後悔する。
紛れもなく『魔法無しで魔法使いに逃げ切れた男』。
現実世界で言い換えれば、銃弾が飛び交う戦場を生き残ったと言えばいいのか。
そんな男に尽くそうと思った矢先、想像以上の貧乏さ加減に限界が来ていた。
「――――ああ! はっきりおっしゃいましょう。マスター、働いてください!」
リストラされた夫に語りかけるような声で発した。
テラフィーの声に真島は、
「俺も働きたいよ」
俯いて返答する。
もの悲しげな態度。
「マスター。働きましょう」
「働きたいんだよ。だけど現実はそう甘くねー」
「何を言ってるのですか」
「…………この際だから言っておくぞ。この人間界ではな、闇を抱えてそうな人間は雇われねーんだよ。何度も何度も色々な会社に当たったさ。大学時代一生懸命取得した資格を楯にして突っ込んでみたさ。だけどな『会社を半年で解雇』っていうレッテルは一生まとわりつくんだよっ!」
話していくうちにヒートアップする。
真島は自分の苛立ちに察し、すぐさまテラフィーに背を向けた。
「マスター。私もこの際だから言っておきます」
その背中に優しく語りかけるテラフィー。
「あなたはいつから『会社に勤めること』が働くことだと思っているのですか」
「は?」
単純に意味がわからなかった。
会社に勤めることが働くこと、それは世間一般で認識されていることじゃないのか。
真島は自分の誤りを探ったが、見つからず。
「働くということは『動く』ことです」
「……動いてるじゃねーか。一生懸命試食だって持ってきてるし、食べれそうな草だって家にもち買っている。生きていくことに関してはどんなことも躊躇わずに動いてるじゃねーか」
「違いますよ。私が行っているのは『バイト』、しましょってことです」
静寂が二人の間を包んだ。
――――バイト? 俺が?
「お、お前何言ってんだ? 大丈夫か?」
「ええ。私は至って当たり前なことを言ったつもりですよ」
「…………いやいや、当たり前って。俺は25歳だぞ? そんなバイトなんてして生活していけるか?」
「それではいつまでたっても『助成金』で生に苦しむのですか」
「いや、まあ」
唯一の頼みの綱は国による助成金。
それは確かにだ。
いつまでもそれで生きていけるほど世の中甘くない。
少なからず貯めていた貯金もそろそろ『家賃』で枯渇仕掛けていた。
新たなる収入源がなければ、家さえ無くなるところではあった。
「――――だけどな、バイトはダメだ」
「何をおっしゃるのですか……」
「バイトだけは嫌だ」
本音がポロリ。
バイトの何が嫌なのか、それを聞かれたら言及できる自信は無い。
なのにバイトが嫌だと言う真島をテラフィーは理解しかねていた。
働いて金を稼ぐことに関しては『正規雇用』と変わらないじゃないですか。
そう口にしようとするが、真島の背中に漂うオーラで言いそびれてしまう。
「分かりました。マスターがそう言うなら…………私が働きますっ!」
テラフィーは正座していた足を崩し、立ち上がった。
そして真島の横をするりと通り抜け、玄関に出る。
靴は真島のお古である白いスニーカーを履いた。
ブカブカで歩きにくいが、妖精用のお洒落な靴よりは目立ちにくくていいだろうと考えてのことだ。
そして服も真島の無地な白いTシャツとジーンズ。
下着は天界から着てきた白いものだった為、功を奏したのか透けて見えるようなことは無かった。
第三者から見てダサい服装でテラフィーは求職するというのだ。
それを止めない保護者はいない。
「ちょ、待てっ! お前どうすんだよ。住民登録とかしてねーのに、働けるのかよ」
「大丈夫です。神がどうにかしてます」
そんな無責任な。
真島の声は届かなかった。
既にテラフィーは外に出ていた。
それを追いかけない真島は本物のヘタれであり、クズであった。