4話『初戦闘』
2度目の逃走劇は悲惨なものだった。
行くて行くてに鋭い光線が飛び交い、あらゆるものが刻まれていく。
当たれば今度こそ死ぬ。
そんな死との境界線に立たされた真島は無我夢中に足を動かしていた。
不思議なくらいに無人である道路を突っ走り、見つけた路地裏には迷うことなく入り込んだ。
薄暗いこの路地は入り組んだ形をしていて、流石の相手も飛んで先回りすることは不可能。
それを狙っての行動だった。
「くっそ! きりがねーよ!」
飛んでこない相手ではあるが、何故か差が広がらない。
女であるのに何故まけない。
真島は疑問に思い始めていた。
――――まさか、あれも魔法?
その結論を出す前に相手はさらなる攻撃をしかてきた。
「死ねっ!」
その掛け声とともに、その少女は『刀』ごとぶん投げる。
円盤のように回転し、俺を切り刻んとばかりに向かってきた。
突然の攻撃に真島はしゃがみ込む。刀は無人である前方に向かっていくが――――
空中で一度止まると『再び真島の方へと』向かってきたのだ。
その軌道は低空を這うようにし、次はしゃがんでいても当たる位置。
しゃがみこんでいた真島は足を痛める覚悟で全力ジャンプ。
刀は左足の靴底を軽く削がれ、あろう事か『3度目の襲撃』をしかける。
加えて困ったことに、多少差があった少女との距離は既に無くなっていた。
「チェックメイトよ」
まさしくその言葉通り、真島には打つ手がなかった。
だからと言ってここで動かなければ折角助けてもらった命をドブに捨てることになる。
社会性の無い真島ではあるが、それは遺憾なことであった。
人からもらったものは大事にする。
それが彼のモットーであり、義務であった。
「残念だったな」
「負け犬の遠吠え――――」
真島は靴底を半ばまで削がれた際、脱ぎやすくなったその靴を背中の方向に蹴り上げ飛ばした。
靴は直線を描くようにして少女の顔面に。
そして即座にやった事もないバク転を試みる。
足に力を込め、陸から飛び上がり、重心を後ろへ。
想像したとおりなら空中で丸くなり、そのまま一回転である。
だけど現実はそう簡単に行かない。
ギリギリのところで刀を避けると、真島は頭を打ち付ける形で地面に追突した。
視界がくらみ、意識が落ちそうになる。
ぼやけた視界には少女が顔面を抑えながらこちらににじり寄る光景が。
その光景に頭は体にムチを打った。
逃げなければ死ぬ。
そう危険信号を発すると、辛いながらにも立ち上がり、再び向かってきた刀を左に避けながらかわした。
「いったーい…………鼻が折れてたら許さないから」
許しても許さなくてもどうせ殺すなら、真島にとってはどちらでもよかった。
鼻が真っ赤に染まり上がり、痛みもがく少女を背にし重い足取りで先を急いぐ。
その路地を抜けると、小さな公園が視界に捉えられた。
木々が囲む豊かな公園。
申し訳程度に通路を閉ざす鉄パイプに触れながらその公園に入り、奥の出入り口を目指すことにした。
軽い深呼吸で歪んでいた視界をどうにか合わせる。
少しはふらつくものの、さっきまでは良くなり、現状を確認しようと首を一回転させた。
雲梯――――ブランコ――――滑り台。
その簡素な形態は非常に都合が悪かった。
――――相手の行動に制御がかけられない……
まずいことに相手の行動を阻む物が無かった。
正方形の形をした公園は少女がピョンピョン飛ぼうが、何ら着地を崩すものがない。
つまり――――
「次は逃がさないわよ」
相手の最高の舞台。
まるで自分が相手の城に突っ込むような無謀な行動。
愚かな真島は動きやすいように、パーカーを脱いでTシャツ1枚になる。
冷気が体を冷やし、火照っていた頭がリセットされるように回復していく。
そして目線を彼女の刀に。
――――最大の問題は刀だ。彼女自身、おそらくすごい戦闘力があるわけではない。そうじゃなきゃ、さっきの靴だって簡単によけれるだろうし、ましてや一々刀を抜くようなこともない。むしろ、華奢な体からして、能力は平均以下。つまりあの刀さえ何とかできれば…………
まとまった考えはいたって簡単。刀をどうにかする。
だが、それができないから苦戦をしている。
死にそうである。三途の川を渡りそうなのである。
瀬戸際に立たされた真島は相手の逆鱗をなでるように言葉をかけた。
「しっかし、鼻がぺしゃんこだと可愛くないな、お前」
「は?」
両手を広げなら相手を煽る。
それを気にした少女は左手で鼻の形を確認をし、一息つく。
「何それ。私に挑発でも?」
「ちげーよ」
「だけどお生憎私も『時間』がないの。あなたの煽りに乗れるほど暇じゃないってこと」
「あっそ。じゃあかかってこいよ」
強がりだった。
本当はかかってきて欲しくなかった。
できれば相手の刀をどうにかできる時間が欲しかった。
それなのに、どうして。
真島はその『どうして』に焦点を当てる。
――――時間が無い? つまり相手には何かしらの制限がある。親か。それとも何かしらの能力制限か。こんな時にテラフィーがいれば…………
自分が投げてしまったパーカーにテラフィーが居ることを思い出す。
またしても失態。やってしまった。
とは言っても昏睡状態のテラフィーに質問を投げかけても無意味なのだが。
「じゃあ行かせてもらうわ」
「――――っ」
律儀に攻撃のタイミングを言う少女に感謝しつつも、真島は近くの滑り台に身を潜める。
それをニヤリと見つめる少女。
「私の能力が刀だけだと思ったらあなたは間抜けね」
その言葉は全くもって意味不明だった。
現に相手は刀をブンブンと振り回し、真島に襲いかかってきている。
つまり、攻撃手段は刀だけである。
――――待てよ。
その違和感はいたって単純だった。
あるべきものが無い。
少女の手には『鞘』が無かった。
滑り台の淵を掴んでいた左手に重い何かが乗っかる。
「うあぁぁぁあああああああっ!!!!」
ずっしりと腕に乗っかり、体の中で何かまずい音がする。
ぐしゃりと、体全身に伝わる。
確実にこれは折れた。
折れたどころでは済まないかもしれなかった。
砕けたかもしれない。
「はぁ…………はぁ」
だらんと左腕を下にし、腕に飛んできたものを見つめた。
それはまさしく『鞘』であった。
俺の体にぶつかると用をなしたようにして、地面に落ちた。
「おっしーな。頭を抜けば死んでたのに」
いとも簡単に残酷なことを言う少女を傍目に、真島は落ちている鞘を取り上げようとする。
しかし――――
「え? ナンダコレ。何でだよ」
持てない。ピクリともしない。
重たすぎて、動かすことができない。
少女が軽々と持っていた鞘が、大の大人に持てないことがあるのか。
「そりゃ持てないよ。私だって持っていたんじゃなくて、浮かしてたんだから」
「どうかしてる……」
「象の2頭分もあるそれを持とうとする君の方がどうかしてるけどね」
今にでも高笑いしそうな引きずり声で俺に詰め寄る。
「さてと。ネタばらしはここまで。後は天国で聞いて」
持っていた刀を軽く振り回し、無数の光線を飛ばしてくる。
真島は滑り台から離れ、光線の少ない方向へと進んだ。
――――時間が無い。鞘が重い。刀は光線を出す。
単語単語を頭で搾り出し、動く最中も何かできないかと自分に言い聞かせる。
――――何か…………何か無いか。
石が幾度となく左の足の裏を突き刺し、それを気にしながら進む真島は次第に足を引きずる形になっていた。
それを見逃さないと思った少女は、足めがけて光線を発射。
「っく」
飛び上がれない真島は仕方なしに、受身を取りながら前に前転をし難を逃れた。
「もー。さっきからどうして逃げまくるの? 早く死んでほしいんだけど」
「あーそうかい。生憎世間から嫌われている身でね。そりゃゴキブリとか言われる人間だから、そうそう簡単には死ねないんだよ」
「何それ、キモ」
冗談を言ったつもりだったが、相手には何の影響も与えられなかった。
止まらない攻撃。
――――あれっていつ止まるんだ?
その疑問が浮かんだ瞬間、何かパズルが組みあがった音がする。
――――何で今まで気付かなかったんだよ……
止まるをキーワードに、相手の弱点を見つけることに成功した真島は左手をさすりながら笑いあげて。
「……くく、あははははははは」
「うわ。本格的に壊れたじゃない。早く楽にしてあげるから――――死ね」
幾度となく見てきた光線――――その一つがいつもと『同じ形』で飛んできた。
そしてそれをよけずに立ち向かう真島。
「――――よしっ」
その声は少女だった。
ガッツポーズをして、射程に捉えたと思ったのだろう。
「――――よっしゃあああああああ」
「……う、そ」
何故生きている。何故光線が消えている。
そして、ひらりひらりと舞う『紙』を見て絶句。
少女はぺたりと地面にひれ伏してしまった。
「俺の勝ちだな」
「……調子に乗んな。まだ私に手はある」
そう言ってしゃがみこんだ少女は刀を投げ込んだ。
これはまずい。
真島にとって、攻略できたのはあの醜い『光線』だけだったのだ。
だから、刀が飛んできてしまえば――――
――――カランっ
少女が思い切り投げ込んだ刀は、意図せず少女と真島の丁度中央で落下してしまった。
それと同時に少女はポケットから何か取り出す。
――――財布?
その中を見た少女は涙目になりながら、ゆったりと真島の方へと近づいてきた。
真島は逃げる体制を取りながら少女の顔を見つめていた。
「今日は見逃してあげる」
「えっ?」
その疑問符に少女は何の応答もしない。
地面に落ちていた刀と鞘を取り上げると、入ってきた方向へと進んでいく。
呆然と立ち尽くしていた真島は遠くで聞こえる少女の泣き声を聞きながら、ずっと首をかしげることになった。