3話『打開策』
路地裏を全力で走り抜け、知らない道路へと出る。
そこには人がいなく、何故か全ての店が閉まっていた。
不穏な空気に包まれていて足に鉛が付くような感覚になる。
どうしたものか。
そう悩んでいる時間は真島には無かった。
全力で道路を駆け抜ける。
体の隅々が痛み悲鳴を上げる。血流は今の状況を表すように荒れる。
右足、左足と走ることはできる。だけどそれにも限界はあった。
「はぁ……はぁ……何だよこれ」
体力が無くなったところで膝に手をつきながら愚痴を零す。
深呼吸し、一旦全ての事象を整理することにした。
――――今日は金がないからコンビニに行って、そんで求人情報誌を取った。そのあとだ。俺は何をした。コンビニを出て、それから『変な音』を聞いて、それで『変な子』が出て、そんで命を狙われる? 俺は借金もしてないし、命を狙われるようなことはしてない。
整理するが出てくるのは理不尽ばかりだった。
右腕で額の汗をぬぐい、リフレッシュ完了。
前傾姿勢から直立になり、後ろを振り返った。
やはりといえば言いのか、そこも無人である。
――――今夜の11時ぐらいだから、無人ってことはないんだが……
静けさが夜の暗闇をさらに増長させる。
車一つ通らない車道を真島は罪悪感を抱きながらも渡った。
そして反対側の車道に出、さらに遠くにと小さな路地裏に入った。
微かに入る月光を頼りに進んでいく。
転ばないよう、ゆったりと。
気分を害する生臭さがまとわりつき、足を速めた。
そして月光が降り注いでいる道路へと出た瞬間だった。
「…………待って」
聞いたことのある声だ。
優しさの中に可愛さのある声。
天使のような囁き。
「テラフィー?」
逆光で見にくかった顔は次第にあらわになる。
「はい。遅れてすいません」
テラフィーは苦しそうにしながらこちらに近寄ってきた。
真島は倒れ込んでくるテラフィーを支える。
「大丈夫か」
「…………強がりだとしても大丈夫とは言えません。結構抉られました」
そうは言われるが、テラフィーには切り傷が無かった。
あの時実は何らかの方法で光線を消したのではと伺うと。
「いえ。直で喰らいましたが、その後出血を抑えるために傷だけは治しました」
つまりダメージは残ったということか。
真島は自分の傷と比較するがその大きさのあまり、自分の痛がり方がアホらしく見えてきた。
「ごめん。君が辛いのは分かるが、今の状況を教えて欲しい。俺は何で命を狙われている。そして君は何故俺を助ける」
「そうですよね。本当にごめんなさい。こんなことになったのは私の責任なんです」
そう言うとこの場にじっとしているのは危ないと思った真島は、テラフィーに肩を貸しながらさっきの場所から遠ざかる道を通る。
テラフィーも足を引きずりながら必死に歩いた。
「どういうこと?」
「私の飛行能力の無さであなたの元に着くのが遅れたんです」
「え?」
「いろんなところにぶつかってて…………中々進めなかったんです」
「ってことは、あの音は君だったのか?」
「はい? なんのことでしょうか。あと君じゃなくてテラフィーと言ってくれると嬉しいです」
コンビニ付近で聞いた音がテラフィーだとしても疑問はつきない。
「あのさ、そもそもの話飛ぶって何だよ。魔法の杖でも無きゃ飛べる訳無いだろ」
「その話なんですが、私はあなたに言わなきゃいけないことがあるんです。私は『妖精』であり、あなたは私のマスターである『魔法使い』になったと」
その言葉に一種の怒りが芽生えた。
「あのな、こんな時にふざけてる場合じゃねーんだよ!!」
「私はふざけてません」
真島は横に居るテラフィーの顔を覗き込むとその目は真剣そのものだった。
そこでさっきの現場を思い出す。
不思議な光線、そして傷を癒す光。
現実に起こりえないものだとこの時にして気づいた真島は、
「本当なのか?」
自分の過ちに気付き始めていた。
「はい。そして私たちは他の魔法使いに命を狙われているんです」
「…………仮に魔法なんて非現実的なものがあるとしよう。だけどそれが俺の命を狙われる理由にはならないだろ?」
極まともな意見だった。
魔法が存在すると真島が狙われる、そんな馬鹿な理由は存在しないのだ。
「そうね。それはあなたたちがバカだからでいいんじゃない」
「…………くっそ」
進行方向の方に何故かあの子が居る。
忌々しい刀をチラつかせ、今にでも襲いかかってきそうな黒髪の子が。
真島は話すよりも逃げるだ、と思いテラフィに多少無理させる形で遠ざかった。
すると驚くことに彼女は真島たちを飛び越えて行く手を阻んだ。
「私から逃げられる思うならそれは勘違いだわ」
「…………ははは。面白いこと言うなお前」
「な、何がおかしいのかしら。というよりもあなたの頭がおかしいんでしょうね」
「ああそうさ。俺の頭はおかしいぜ? 社会から孤立するような頭だからな。身内からは蔑まれ、他人からは疎まれ、そして挙句の果てには神からも人生のクビの宣告をさせられる。あーあ、何ておかしくて愉快なんだろうな!」
「何、キモいんだけど」
これは本心である。
本心であるが故の相手の同様。
それが狙いだった。
真島は話しながら隣に耳を傾ける。
『この勝負、勝ち目はありません』
『だからって死ねとは言っているわけではないのです』
『私の言うとおりにしてくれれば、もしかしたら逃げ切れるかもしれません』
その方法とはいたってシンプル。
「もういいかしら。私だって暇じゃないの。明日だって学校があるんだから」
「ああそうかい。俺は明日も暇だけどな」
「そう。じゃあ天国はさぞかし楽しいでしょうね」
「かも…………なっ!」
真島は近くにあったゴミ袋を思い切り少女に投げつけた。
そしてそれと同時にテラフィーは小さな妖精へとなり、真島のポケットに入る。
「くっそ――――待てっ!」
真島はその言葉に一切耳を傾けずに直進していた。
そしてテラフィーの言葉を思い出す。
『――――とにかく逃げ回って』