短編
「ローゼ! ローゼリアっ」
気持ちよく寝ていたところを、朝っぱらからテンションの高い声に起こされた彼女は、当然文句を言おうと口を開き…
「……って、何でアンタがここにいるの!?」
「うん? 何でって、ここは僕らの家じゃないか。それとも、僕の顔を見ない間に夫の顔を忘れたとか言わないよね?」
「いや、そんなわけないでしょ。トリじゃないんだから」
「それなら良かった。…忘れたなんて言ったら、僕、何するか分からないよ?」
「……あぁ。そうですよねー」
何かを思い出したのか、ふっと遠い目をする彼女。
「まあでも、ローゼを傷つけることなんて絶対にしないから安心してよ」
「うん…」
回想に耽っているのか、生返事を返した彼女の髪を暫し弄んでいた彼は、不意に「あ」と声を漏らした。
「そういえば、確認してなかった。…僕のいない間に怪我しなかった?」
「するわけないでしょ。私は子供か」
「だってローゼ可愛いし、誘拐されたりとかしたら…っ!」
台詞の途中でローゼに抱きついてきた青年に、彼女は呆れ声で「そんなのあるわけ無いでしょうが」とつっこみを入れた。
…さっき抱きついてきた直後に、彼が低い声で言った「した奴全員殺す」という呟きは、聞かなかったことにした。
「ていうか、それより、王宮騎士団団長の妻っていう方が……」
誘拐される理由だと思うんだけど、という言葉は続かなかった。
「じゃなくて! こんなところで何してんのよ! 遠征は!?」
「あぁ、あんなのとっくに終わらせてきたよ」
「遠征期間1ヶ月だったよね!? アンタら見送ってから、たったの四日しか経ってないんですけど!」
「僕がローゼとそんなに離れていられるわけないじゃないか」
「……」
そこは仕事を優先して欲しいところだが、言っても無駄だろう。…せめて、職務は全うしてきたことを祈ろう。
「……盗賊は?」
彼によれば、今回の『遠征』は、ある地方にのさばっている盗賊たちの始末であったらしい。
普通の盗賊なら各地方に駐在している騎士団の人たちで対処できるんだけど、今回は数が多かった(普通は多くても十数人だけど、今回のは五十人越え)のと、その中に、何人かとても強い人が混じっていた(詳細不明)ということで王宮騎士団が遠征する事になったらしい。
昔ならこれくらいの事、王宮騎士団が出るまでも無かったんだけど、数十年前から全体的に地方の騎士団のレベルが下がってきていて……まぁ、いろんな思惑も絡んでいるのだろうけど、とにかく今回は王宮騎士団が遠征に行くことになったのだとか。
本来なら、『遠征』じゃなく『盗賊討伐』というべきなんだろうけど、そこも思惑が絡んでいるみたい。
えっと……政の中央にいる方々は、地方の騎士団のレベルの低さを露呈させたくないわけです。まぁ、地方であっても『騎士団』は王直属の部隊だから、弱いというのはいけないんだろうね。騎士団の弱体化は、王の権力の弱体化に繋がるらしい。……と、偉そうに言ってるけど、私には、そういう政治の仕組みとか権力の仕組みとかはよく分からないんだよね。
地方の人々は、騎士団の弱体化なんて分かりきってることだろうけど。まあ、たとえ周知の事実であっても認めるのと認めないのでは違うっていう考えらしいよ、中央は。…これは私じゃなくて、彼が言ってたことなんだけどね。建て前ってやつだって。
「……えっとね、ローゼは何も心配しなくていいんだよ?」
「その間は何!? 余計心配になってきたんですが!」
そもそも質問に答えてないよね、それ。
「盗賊は無事なの!?」
「………ローゼ、僕より盗賊の心配をするの?」
つっこみを入れた勢いそのままにローゼがそう言った途端に、再び低くなる声。
それに対し、彼女はぞんざいな口調で告げる。
「とーぜん。だって、アンタなら大丈夫でしょ?」
微塵も、彼が負けることなど──怪我をすることなど、考えていない。
彼女の今日初めての笑顔は、愛しい人への全幅の信頼を寄せた──言の葉と共に、咲いたのだった。