長谷川3
のん・あるこ〜る 第6話
長谷川3
「長谷川さん。」
バイトがやっと終わって疲れた肩を回していると後ろから急に声をかけられた。
「はい。」
急だったので驚いて変な声を上げながら私は振り返った。
すると目の前には大きな体と爽やかな笑顔があった。
バイト先の先輩の神原さんだった。
「あ、お疲れ様です神原さん。」
「うん。お疲れ。今日はお客さん多くて大変だったね。」
バイト先のスターバックスは立地条件が恵まれているので
今日みたいな休日にはどの時間帯にもお客さんの入りが多かった。
「そうですね。さすがにちょっと疲れちゃいました。」
「そっか。あっ。長谷川さん疲れてるんなら僕車で来たから
よかったら家の近くまで送ってあげるよ。乗っていきなよ。」
神原さんは白い歯を見せてまた爽やかに笑いながら言った。
「いぃえ。悪いです。私電車で帰れるので。ありがとうございます。」
いきなりの申し出でびっくりしたので慌ててお断りをした。
「そう?・・・ならお疲れ様。また水曜日にね。」
「あ、はい。お疲れ様です。」
そういって他のバイト仲間にも爽やかに挨拶をしながら
神原さんは店から出て行った。
たしか都内の有名私立大学に通っていると言っていた神原さんは
この店のバイトでは古株で、面倒見のよさとその端正で爽やかなルックスで
バイト仲間の女の子たちのなかの人気ナンバー1の人だった。
すると私たちのやりとりを見ていた同期の女の子がニヤケながら近づいてきた。
「見てたよ〜。もったいないな〜神原さんからのお誘いを〜。」
「そんなんじゃないよ。神原さんは私を家まで送ってくれるって言っただけだし。」
「それがお誘いなのよ。あんたはホントに鈍感ね。
神原さん、なんでもあの超美人な彼女さんと別れたらしいよ〜。
くぅ〜舞子〜うらやまし〜。狙われてるんじゃないの〜?」
そういって彼女は私の肩を軽くコツいた。
「いた。もう。そんなんじゃないってば。」
神原さんが私なんかに興味を持ってくれるはずない。
それに何より私には山本君がいるんだ。
何もやましいことはなかったけど
何となく神原さんの一件で友達から変なこと言われたこともあって
山本君の声が無性に聞きたくなった私は、その夜、家に着くと山本君に電話した。
「もしもし。」
いつもどおりのやわらかい声が耳元で広がった。
「私。ごめんね。こんな遅くに。」
「ううん、大丈夫だよ。何かあったの?」
「あ、いや。別に何もないよ。ただ山本君とおしゃべりしたくて。」
私はホントに何もなかったけど何となくうそをついている気になってしまった。
「そんな可愛いこと言うタイプだったけ?」
彼は少し照れたように笑いながら言った。
「そりゃ私も甘えたいときくらい・・・ありますよ。」
言いながら迷惑だったかな、と少し思った。
今までは大人な山本君にふさわしい女になりたくて
少しそんな気分になっても抑えていたのだ。
でも今日は機械越しの声でもいいからどうしてもこの声が聞きたかった。
少しして山本君が真剣な口調で言った。
「うれしい。」
「え?」
「今までこんなことなかったからさ。
なんか舞子は大人みたいにできた人だから僕もそうしなきゃって思ってた。
でも舞子が初めてこんな風に弱さを見せてくれて・・・。
僕、うれしいよ。」
山本君は本当にうれしそうに言った。
あの照れながらハニカム山本君の顔が目に浮かんだ。
どうやら私たちは同じことを思ってたみたいだ。
その夜私たちは少しだけまた距離が縮まったように思えた。
そのあと、窓の外が明るくなりかけるまで
私たちは今まで言えなかったようなことまでいっぱい話した。
「あ、それとそうだ。舞子なんでワリカンにこだわるの?
男としては少し寂しいんだけど。」
山本君はいった。
「え?だって悪いもん。私もバイトしてるんだから自分の分くらいは払うよ。」
「いや。男が廃る。もうあのルールなしだからね。」
「え〜それはだめ。」
「何で?何か昔あったとか?」
「う〜ん。」
確かに山本君に悪いって言うのが一番の理由だった。
だけどもうひとつ私には理由があったのだ。
「昔ね・・・。私のお兄ちゃんに付き合ってた彼女さんがいたんだけど・・・。
その人がすごくお兄ちゃんにお金を負担させる人だったの。
でもお兄ちゃんはすごくその人のこと好きだったから
頑張ってバイトして、その人のために全部お金つかってたの。」
私はそこまで言うと当時の兄を思い出して涙が出そうになった。
「でもどんどんその女の人はお金をお兄ちゃんに要求して
とうとうお兄ちゃんのバイト代ではまかなえなくなったの。
そしたらその女の人はすぐにお兄ちゃんを振った。
そして何処かのお金持ちの年上の男の人と付き合ったの。」
落ち込んでいる兄の姿を思い出す。
本当にあの時はその女の人を私は許せなかった。
「だから私はその時将来好きな人ができて付き合ったら
絶対何もかもワリカンにしようって決めたの。」
好きな人をあんな風に傷つけたくない。
黙って、私の話を聞いてくれた山本君は全部聞き終えると口を開いた。
「そっか。お兄さんが・・・。
よし。わかった。じゃあやっぱりワリカンでいこう。
舞子も僕が奢るたびに嫌な事思い出しちゃうもんな。」
山本君の気遣いが心に染みた。
彼は自分の男としてのプライドより
私のことを大事に思ってくれたのだ。
「うん。ありがと。」
でも彼はそこで「でも」と言って次のように続けた。
「プレゼントは別な。それくらいはちゃんと受け取ってくれよな。」
私は彼の言葉に暖かい気分になりながら、素直に可愛く「うん。」と答えた。
ご愛読ありがとうございました。
よろしければまた続きを是非読んでみてください。