山本3
のん・あるこ〜る 第5話
山本3
ハルは何かに属すのを嫌った。
僕とは学部の違うハルは大学内では大抵ひとりで行動していた。
僕とも週に1度、たまたま一緒に受講していた昼食前の授業と
その後のついでにいくカフェでのランチの時間を一緒に過ごすだけだった。
あのトイレでの初対面の数日後、偶然その授業でハルを見かけてから
僕らの今の関係が始まった。
ハルはあまり自分のことを進んで話はすることはなかったけど、
僕が聞くと別に隠そうともせずに教えてくれた。
聞くからに、ハルは大学ではサークルや学科の活動にも
あまり参加していないようだった。
しかも家族の実家は通える距離にあるにもかかわらず
一人暮らしをしているらしい。
孤独を愛す一匹狼か。
いや、ハルの場合、狼みたいなキザな感じじゃないけどね。
でもハルはその生活費を自分でやりくりしているらしい。
その点そこらの親のスネかじってバカ騒ぎしている奴らとは違う。
そう、僕みたいな奴とは。
「バイトは何してるの?」
僕は前に聞いたことがある。
何せいい大人一人分の家賃と生活費を稼いでいるのだ。
学校に行きながらで稼いでいるということは、
そうとうよい給料をもらっているに違いないと思ったからだ。
「バイト?あぁ、心療科。」
「え?」
「心療科だよ。そこでちょっとカウンセリングの手伝いをしているんだ。」
僕は心療科と言われてそれが何を指す言葉かわからなかった。
そんな僕を見て、僕の心中を察したのかハルが説明をしてくれた。
「心療科。まぁ前までは精神科って呼ばれてたけどね。
まったく、名前を変えればいいと思ってるのかねお国の奴らは。
ぼけも痴呆症って呼ぶようにきめたりさ。
イメージ悪い名前をごまかして他の言い方に変えたって
結局中身の深刻さと周りからの目は変わらないってのにな。」
ハルはそう言うと「でも」と言って小さく付け足した。
「まぁ、別だからって悪いとは思わないけどね。」
「その仕事って一般人でもできるもんなの?」
僕は素直に疑問に思ったことを口にした。
「親戚にちょっとツテがあってね。それに少し手伝うだけだから資格とかはいらないんだ。」
「ふ〜ん。なんか大変そうだな。」
「そうでもないよ。」
そう言うと清清しそうに微笑みながら続けた。
「たまに休憩中の患者さんと話したりするんだけど、
俺からしたらあそこに通ってる人たちの方が全然まともに感じるよ。
ある意味、こんな狂った世の中で正常を保ってる人のほうが問題あるのかもな。」
ハルはそこで少し悲しい目をした。
「そうかもな。」
ハルが言うことを僕は本当にそうかもなと思った。
「それにあそこでの仕事は楽しいんだ。」
笑顔に戻ったハルはそういった。
「楽しい?」
「うん。やりがいがある。皆、色々と話してくれるんだけどさ。
中には不満や悩みや愚痴もあるんだけど、
どの話もそれがすごく共感できるし、興味深いんだ。すごく勉強になるよ。
それになんかさ、俺のどんなくだらない話もすごく喜んで聞いてくれるんだ。」
ハルはうれしそうにいった。
「ハルは植物みたいだな。」
僕は思ったことをいった。
「え?」
「患者さんにいらないものをハルが吸って、彼らに必要なものをハルがはいてる。
ハルの二酸化炭素があの人たちには酸素になってるんだよ。」
ハルは僕の顔を少し驚いたようにみると、少ししてニコッと笑いながら僕に言った。
「そうだといいな。」
彼のそのときの笑顔は本当に、生い茂る緑のように生き生きとして見えた。
ご愛読いただき本当にありがとうございました。
よろしければまた続きも是非読んでみてください。