長谷川8
のん・あるこ〜る 第16話
長谷川8
混乱した頭を抱え、私は部屋の隅で声も出せずにただ崩れていた。
目の前では神原さんとお兄ちゃん、そしていきなり入ってきたサマンサと名乗る男の人が
私のことをそっちのけでにらみ合っていた。
あれ?
お兄ちゃんがなにやら背中でもぞもぞしている。
何やってるんだろう・・・。
指を一本不恰好に立てている。
薬指だ。
なんかの・・・サイン・・・?
その時、視界の外れで動きがあった。
さきほどまで地面に倒れていた山本君がゆっくりと起き上がったのだ。
そして向かい合っている三人の方を注意深く見ながら私のほうへ徐々に近づいてきた。
「山本君・・・。大丈夫?ごめんね?痛くない?私のせいでこんな・・・。」
「舞子・・・僕なら大丈夫だから・・・泣かないで。
立てるかい?今のうちに逃げるよ。舞子を助けるのが・・・目的なんだから。」
山本君は喋りながらも時々苦しそうに顔をゆがめている。
「で・・・でも・・・お兄ちゃんとサマンサさんっていうあの人は・・・?」
「これも多分ハルの作戦だと思う。」
「ハル・・・お兄ちゃんの・・・?」
「あぁ・・・。だからほら立って。彼らの行動を無駄にしないためにも。」
山本君がやさしく私を起こしてくれた。
自分だってぼろぼろのくせに・・・。
「大丈夫か?ほら今あの男は怒りで我を忘れていて
僕らのことなんか見えちゃいない。今のうちだ。」
そうして私と山本君は神原さんに気づかれないようにゆっくりと移動し
部屋の壁をたどりながら、なんとか部室のドアに辿り着いた。
ドアを出るとき私は残る二人が心配で少しだけ振り返った。
するとお兄ちゃんが前を見たまま微笑んだのがわかった。
「はぁ・・はぁ・・。もう大丈夫・・・。」
山本君と私は山本君の車までなんとか辿り着いた。
「舞子は・・・この車の中にいてくれ・・。」
「え・・・山本君は?どうする気?」
「僕は戻ってハルたちを助けなきゃ。」
「ダメだよ!山本君はもうぼろぼろじゃない・・・。
もうこれ以上私のせいでひどい目に遭わないで・・・。お願い・・。」
私は山本君の服を両手で掴みながら彼の胸に頭をおいて泣きながら頼んだ。
「でも・・・僕は・・・行かなきゃ・・・。
あいつも・・・ハルも戦っているんだ・・。」
「だめぇ!!」
絶対この手を離しちゃだめだ。
山本君をもうこれ以上危ない目に合わせるわけにはいかない。
「その必要はもうないよ。」
お兄ちゃんの声だった。
私は驚いて顔を上げた。
お兄ちゃんが山本君の後ろからゆっくり近づいてきた。
「おにぃちゃん!!」
「うわぁ・・ひでぇ顔してるぞお前・・。彼氏の前なのにいいのかよ。」
涙でぼろぼろの私の顔をみてお兄ちゃんは笑いながら言った。
あわてて私は自分の服で顔をぬぐった。
「もう・・。」
「ハル・・・大丈夫なのか・・?あいつは・・・どうなった?」
「あぁ、やっぱ1対2は卑怯だったかもな〜。楽勝。
まぁほとんどはサマンサがやってくれたんだけどね。
それで、もう大丈夫だから、ちょっと二人ともさっきのとこに来てくれ。
またこういうことがないようにしなきゃいけないからさ。」
そして私たちはお兄ちゃんに引き連れられ、さきほどのサッカー部の部室に戻った。
「イッチョアガリデ〜ス。」
そう言うサマンサさんは笑顔に戻っていた。
神原さんの方はというと、先ほどまで部室で洗濯物を吊るすのに使われていた洗濯ひもで
身体中をぐるぐるに縛られていた。口にはどこにあったのかガムテープまで張られている。
さんざん抵抗した後でもうあきらめたのか
神原さんはグタッとした様子で大人しく床に座っていた。
そしてよく見ると神原さんの服にはガムがへばりついている。
床を見ると先ほど神原さんがガムを吐いたところのガムが消えていた。
どうやらサマンサさんに《掃除》させられたようだ。
「サマンサ。そいつの口のやつはがしてやって。」
お兄ちゃんはサマンサさんにそう言うと
サマンサさんは「YES。」とご機嫌そうに言うと
神原さんの口にはっていたガムテープをはがした。
「おい、お前。今後一切うちの妹に関わらないと誓え。
さもねぇとお前のこの悪事を学校側と警察に全部話す。
そうなりゃ退学かもしくは逮捕か・・・なんにせよお前の人生は終わりだな。」
「待ってくれ!それだけは・・・。」
今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ神原さん。
「じゃぁ誓え。そしてそうだな・・・あのバイトもやめてもらう。
そしてあそこには二度と近づくな。舞子からお前を見かけたようなことを聞いた日にゃ・・」
「わかった!誓う!もう二度と長谷川さんには近づかない。
バイトもやめる。だからどうか・・・許してください・・・。」
「って言ってるけど?」といった表情で私の方をお兄ちゃんが向いた。
私は黙ってうん、うんとうなずく。
「舞子が許すってさぁ。じゃひもも解くけどいいか・・・
変なまねしたらそのときは・・・」
「わかったって!もうこれ以上俺は何もする気はねぇ。」
「よし。」と言ってお兄ちゃんがサマンサさんにうなずいた。
洗濯ひもを解くサマンサさん。
神原さんは「ひぃっ」と言いながら部屋から逃げ出していった。
「まぁこれでもう舞子には近づかないでしょ。
あいつもエリート人生をこんなことでつぶされたくないだろうしな。」
やれやれといった表情でお兄ちゃんが言った。
「サマンサもサンキューな。マジで助かった。」
「ミズクサイよ〜。ハルとボクはトモダチね。
ピンチのときタスケル。これトウゼンね。
それにハルにはニホンゴをオシエテもらったオンもあるしネ。」
そういってお兄ちゃんとハイタッチをしたサマンサさんは
「じゃボクはまだアンケートトリおわってナイから。」と言って
笑顔で私たちに手を振りながら部屋から出て行った。
「ハル・・なんでここにサマンサさんがいるんだ?」
サマンサさんが出て行くと山本君がお兄ちゃんに聞いた。
「あぁ。たまたまアンケートとりにこの大学にも来てたみたい。
ほら、ここら辺の大学色々回ってるっていってたじゃん。
そしてそれを山本が車から飛び出したのを追いかけてる時に見つけたから
助太刀を頼んだってわけさ。」
「ハルたちって・・・いつのまにそんな仲に?」
「いつのまにって・・・。山本と一緒に大学で見かけるずっと前からさ。」
「え?」
山本君はわけがわからないようだった。
お兄ちゃんは「あれ言ってなかったっけ?」と言って続けた。
「サマンサはうちの心療科に通ってる患者さんなんだ。」
ご愛読いただき本当にありがとうございます。
よろしければ続きも是非読んでみて下さい。