長谷川5
のん・あるこ〜る 第10話
長谷川5
明日は私の誕生日。
今日は6時に山本君と待ち合わせをして、
日付が変わるまで一緒に過ごして誕生日を祝ってもらう
・・・はずだった。
今私は神原さんの車の中にいる。
今日、大学から帰る時、神原さんから電話があった。
「おっす。今俺、長谷川さんの大学の前にいるんだけど
今からちょっと会えないかな?」
「えっ、あ・・・は・はい。」
神原さんの通ってる大学から私の通ってるこの大学までは
ちょっと近くを通ったから寄ってみた
なんて気軽な感じにこれる距離では決してないので
おそらく彼は私に会うためにわざわざ来たのだった。
それなので私は断りずらかった。
「やぁ。」
正門の前に行くと神原さんがいつも通りの爽やかな笑顔と共に手を上げた。
「こんにちは。」
通り過がる女子大学生たちが頬を染めながら振り返っていた。
単に神原さんが長身で目立つからというだけの理由ではないだろう。
「会えてよかった。明日はだめだって君が言うからさ、
今日君の誕生日を祝おうと思って。あそこに車停めてるから、ほら行こう。」
「あの・・・神原さん。」
「ん?何?」
「あの・・・私・・・今日は明日まで彼と過ごすって約束してるんです。」
「か・・・れ・・?」
神原さんの表情が曇った。
「はい。だから・・・あのすいません。」
「そ・・・そうなの・・・か。」
神原さんはそこで口に手をやると何やら考えている素振りをした。
「そっか。長谷川さんみたいに可愛い子がフリーなわけないよね。」
「いえ、そんな・・」
「彼氏とは何時の約束なの?」
「えっと、6時です。」
「そう。じゃあさ、それまでまだ時間があるからドライブに付き合ってよ。
せっかくここまで来たんだし俺にも少しくらい後輩と過ごす時間をちょうだい。」
確かにわざわざ私に会いにここまで来てくれた神原さんを
ここで追い返すのは申し訳なく思った。
それに先輩後輩の関係ってことでだし。
「あ、じゃあ5時くらいまでだったら。」
「大丈夫。ちゃんと最後は約束場所まで送るからさ。」
そんな風にして私は神原さんの車に乗り込んだ。
車の中でも神原さんはとても紳士的だった。
いつものように話はおもしろいし知的な話し方であきなかった。
彼の噛むガムの匂いで包まれた車内はとても広々としていて
車に詳しくない私が見ても高級車だというのがわかった。
そして私はすっかりドライブを楽しんだ。
「あ。神原さんそろそろ約束の時間なので・・・。」
「あぁ、そうだね。あ、その前にちょっと僕の部室に寄ってもいいかな?
ちょっと忘れ物をとりに行きたいんだけど。」
「あ、はい。大丈夫ですよ。」
まだ約束の時間には余裕があった。
そして私たちは神原さんの大学についた。
やはり都内の有名私立大学ともなると私の通っている国立大学より
数段に見栄えがよくて私は驚いた。
「すごいですね。」思ったままに言葉にしてしまう私。
「ははは。都内だから長谷川さんのとこより少し狭いけどね。
よかったらせっかくだし一緒に大学を覗いてみようよ。まだ時間あるでしょ?」
素直に従った私は神原さんとキャンパスを歩きながら
彼の所属するサッカー部の部室を目指した。
キャンパス内はこの時間帯にもかかわらずたくさんの人がいた。
食堂の前で男の人が何やらアンケートをとっているのか
いろんな人に声をかけている姿も見える。
歩いていると演劇部の舞台の案内や
吹奏楽部の演奏会などのちらしも渡されたりした。
「こっちが部室。今日は練習なかったから多分誰もいないと思うけど。」
そういって彼は校舎から離れた部室塔の方へ私を案内した。
ガラ。
「へぇ広いんですね。それにもっと汚れているんだと思ってました。」
開かれたサッカー部の部室はすごく綺麗で
洗濯済みユニホームなどが整頓されてかけられていた。
「まぁ。うちはマネージャーも多いからね。」
「そうなんですかぁ。どうりで・・」
ガチャ。
「え?」
神原さんは部室のドアを背にしながら後ろ手で鍵を閉めていた。
噛んでいたガムを膨らませながらニヤけた目でこっちを見ている。
「か・神原さん・・・?」
「彼氏がいたとはな。」
「え?」
「ふふ。でもまぁいい。くちゃくちゃ。君が俺に惚れるのも時間の問題だ。
俺は今まで狙った女は確実に手に入れてるからね。くちゃ。」
そこで神原さんは今まで見せたこともない不気味な笑みを浮かべた。
ガムを嫌らしそうに噛みながら見下したような口調で話す彼は
いつもの神原さんの面影すらすでになかった。
「誰も邪魔は入らない。くちゃ。まぁゆっくりしていこう。
時期に君も俺にすべてを委ねるさ。」
そう言ってゆっくり近づいてくる神原さん。
怖い。
・・・・助けて山本君。
私はゆっくり後ずさりしながら気づかれないようにポケットに手を入れた。
そして震える手で手探りに短縮ボタンを押した。
山本君。
山本君。
山本君。
《ガチャ。はい、もしも・・・》
ポケットの中から小さく山本君の声。
「助けて!!」
私は張り裂けそうなくらい思いっきり叫んだ。
ご愛読いただき本当にありがとうございます。
よろしければ是非続きも読んでみてください。