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山本1

のん・あるこ〜る 第1話

山本1

「なぁ。なんで薬指だけないんだろうな?」


大学カフェで僕と昼食を食べているときに唐突に僕の前に座っていたハルが言った。


「薬指だけナイ?」


ハルが何も言っているのかわからなくて僕は首をかしげながらハルに聞き返した。


「サインだよ。サイン。ほら親指はさ。」


そう言って親指を一本立てた自分の手を僕に見せながらハルは言った。


「オッケー。とか、グッドラック。とか、まかせとけ。とかでしょ。んで・・・。」


次に親指を下ろして人差し指を一本だけ立てたハルは、

またそれを僕の方に掲げながら言った。


「人差し指は、まず一つ目に。とか、何かを指差して、あれはなんだ。とかで・・・。」


次もまた同じよう今度は中指だけを立てたハルは、手の甲の方を僕に向けると言った。


「中指は、上等だこの野郎。とか、喧嘩上等とかだね。」


そして最後に小指だけを立たたせた手を見せながらハルは言った。


「で小指は、俺のコレがさぁ。ってな感じ。ほらね。他の指には一本だけでも使いどころが設けられてるでしょ。」


と言ったハルは「でもさぁ」と、そこで先ほど言った台詞を繰り返した。


「なんで薬指だけないんだろうな。」


僕はハルが言いたいことがようやくわかってきて「あぁ。確かに。」と呟いた。


「大体、薬指だけ立たせることすら難しいだよね。」


と薬指だけを立たせようと悪戦苦闘しながらハルが言った。


「あぁ、それは指の腱が両隣の指の腱と繋がっているかららしいよ。稀にだけど立てられる人もいるみたいだけど。」

僕は昔何かで読んだ知識を使った。


「へぇ。あ、できた。」


両手を使って何とか無理やりに薬指だけ立たせたハルは、

不恰好な手をうれしそうに僕に見せてにこにこしながら言った。



「じゃあさ。俺と山本だけの薬指のサイン決めようぜ。」



ハルはこんな風にいつもおかしな事を言い出しては、

僕をおかしな事に巻き込んでいくのだった。


そして案外、僕はそれが嫌いではなかった。










ハルの言葉は早朝の曲がり角から飛び出してくる食パンくわえた遅刻少女のようなものだった。



いつも突然で、とても稀で、そこから何かが始まる。



僕のハルとの出会いもまさにそうで、春一番のように僕に舞い込んだ。


「なんかさ。」


ハルの第一声はそれだった。


シチュエーションは男子トイレの小便器前。

なんとも絵にならなくて笑えるけど、

なんとなく僕らの出会いとしてはしっくりくるような気がして僕は気に入っている。


「こうやってると、男女の違いを改めて考えさせられるよね」


ハルはそう続けて『。』を打った。


初めて出会った人にこの発言はどう考えてもおかしな人だとは、

当時の僕ももちろん思った。


もしかするとそこで僕は早々と用をすませ直ちに立ち去るのが懸命だったのかもしれない。

でも当時の僕はそうしなかった。


気味の悪さよりも、なぜ彼がそう思い、発言をするに到らせたのかという

知的探究心が打ち勝ったのだ。


全くあの頃は真面目だったものだ。



「どうして?」


僕は敬語にすべきか少し悩んだが、なんとなく年上ではない気がしてそう言った。


「だって男女の小さい方のトイレの仕方の違いは、『男と女の体の違い』というタイトルで本を出せば3ページは確保したい項目だよ。」


「・・・た・たとえば?」


いったい何ページ構成の本なんだ?とつっこみたいのを我慢して僕は言った。


「例えば、ほら、しきりの違いとか。」


「しきり?」


「男なんてほらこの通り、僕らのプライベートを保っているのはこの浅い便器の側面くらい。まぁ実際には各々の良心によって秩序が保たれているってとこかもな。」


そこまでいうとうん。うん。と自分でうなずいて先を続けた。


「一方、女の場合は一人一人個室が与えられてる。今では学校にすら暖かい便座とウォシュレット、さらには水の流れる音が出るスイッチまで付いているという待遇。納得いかないよな〜。」


ハルは本当に悔しそうにそういった。


「でもまぁこれについては男女どっちがいいって言い切れないね。女はその分時間がかかるし面倒くさそうだし。男の場合は、して、振って、しまうだけだからね。」


僕は正直なところもう用は済ませていたけど

彼がまだ姿勢を保っていたので僕もそれにならってその場を動かなかずに先を促した。


「なるほど、他には?」


「あとは・・・こんな感じ女じゃ味わわないでしょ。」


そう言うとハルは僕の方を見て片方の口の端を吊り上げながら言った。


「こんな・・・って?」



「こんな気まずい感じ。見知らぬ二人が隣に立って、

お互い黙ってただ壁を見つめながらすごす数十秒間のきまずさ。」


そこまで言うとハルは笑った。


「ぷぷっ、確かに。」


僕もそこで思わず笑ってしまった。

この状況のこともそうだけど、何よりそれを打破するべく彼が出した対抗策がこれだと思うと

可笑しくなったのだ。



やっと金縛りを解いてチャックを上げた僕らは一緒に笑いながら洗面台で手を洗った。


そのとき僕とハルは、二三会話を交わしたと思うけど忘れてしまった。


でもトイレから出る別れ際、ハルがその時僕に最後に言った言葉はまだ覚えている。



彼は「でも」と切り出すとこう言った。



「こうやって友情が芽生えることも女は味わえないよね。」



そうやって僕はハルと出会った。


ご愛読いただき本当にありがとうございました。

よろしければまた続きも是非読んでみてください。


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