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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
9/56

3cm/m

 こうして同じ制服を身に着けた男女の学生が二人きり、正面で向かい合って相席している現状を他から見れば、それはカップルと捉えることができるだろう。

異性の男女同士がお付き合いしている姿だ。

けれど、そんな視線を感じるのはどうやら私だけのようで、正面に真剣な面持ちで腰を据える彼は一切気にもせず、沈黙を守ったままだった。

実際、二つ隣の席に座る二人組みの女子高生であろう彼女らや、外の景色を眺めることのできるカウンター席で読書をしているサラリーマンの彼にしたって、私たちが恋人同士であろうとなかろうと、そんなことは気にもしていないだろう。

これは私だけが無駄に神経を尖らせているだけなのだろうと思う。

神経質になっているだけなのだろうと思う。

名前も顔も知らない人間がどこで何をしようと、どんな関係だろうと、そんなこと知ったこっちゃないのだ。

それもそうだと思う。

特に彼の場合は顕著にそれが表れているようで、他人の視線を気にするどころか、背後で携帯を落とした青年にすらぴくりとも反応を示さなかった。

 




 彼は『私』を一点に見据えて――

 『私の猫』を一点に見据えて――





「たった今合致したけど、あなたも私と同じように『彼女(ねこ)』と出遭ってしまったのね」

 中々口を開かない彼に(しび)れを切らした私は、ようやくここで話を切り出した。

 そうだ。

 そうなのだ。

昼休みに彼を尾行した際に偶然耳にした会話は、テーブルの上で寝転ぶ黒猫とのものだった。

本来意図していたこととは、相反する内容だったけれど。

私もまた白猫と行き遭ったことでそれを理解した。

黒猫と同様、白猫の姿や声は私にしか認識できない。

いや、『彼女』と出遭った者にしか見えないし、聞こえないのだ。

だからこうして、私は黒猫を視認できる。

声も聞くことができる。

彼もまた、同様だ。

「楽座を呼び出したのは昼休みのことを確認するためだったけど、もうそれは必要ないらしいな」

「まぁ薄ら、そういうことなんだろうなって思ってた。でも『こういうこと』だったって驚いた」

「それは俺も同じ。いつからその猫と?」

「今さっき、そこの交差点で」

 それを聞いた彼は少し目を見開いたが、その後口角を少し上げて笑って見せた。

無愛想な表情だったのが、無邪気な子供のように変化した。

「まぁ楽座も、未来を変えるとか理解不能なこと言われたと思うと笑える。まさか俺と同じ境遇だなんて」

 未来を変える、か。

そんなこと言われなかったなぁ、と思った。

 彼は笑いを(こら)えて。

けれど、と続けた。

「実際どう思った?猫の話を聞いて」

「荒唐無稽な話だと思った。けど、荒唐無稽な存在を目の当たりにしている以上、可能なんだろうなって信じれる」

 ふぅん、と彼が相槌を打ったところで。



『私はお前のことが嫌いだよ』

『私もお前のことが嫌いだよ』



 黒と白の猫が向かい合って、そんな風に言い合った。

同じ声だった。

彼の黒猫も私の白猫も、病弱な少女のような声だった。

けれどどこか力強く、はっきりとした物言いは確固たる意思を感じさせるものだった。


『おい、お前さっさとこの場所を離れよう。この白猫といると気が滅入る』

『おい、お前さっさとこの場所を離れよう。この黒猫といると気が滅入る』


 同じ声がハウリングするように聞こえるせいか、不気味に感じる。

声量、声質、不機嫌な様や独特の喋り方、全てが適合して一致していた。

色は違えど、同じ猫のように。

色が違うだけの、同じ猫のように。

「で、君たちは一体何?」

 彼はお互いにそう言い放った猫を(さげす)む様に眺めて言う。

それを見て、彼は黒猫とは幾らか長い付き合いなんだな、と思った。

双方言いたいことが言える間柄なんだな、とも思った。


『何と言われれば、何でもないただの黒猫かも知れないな』

『何と言われれば、何でもないただの白猫かも知れないな』


 と、嘲笑してはぐらかせた二匹の猫は同時に鳴いて見せる。

黒い猫は愛嬌のある甘えた声だったけれど、白い猫はそうではなく。

汚く濁ったそれは、どう捉えても愛くるしいとは感じさせなかった。

「要するに同じような猫で同じような目的で、同じように俺たちの願いを叶えるってことか」

『私とこいつを同じ扱いするな』

『私とこいつを同じ扱いするな』

「…………」

 付き合い切れないとばかりに、歯を食いしばって(まぶた)を閉じる彼を見て、私は言う。

「目的って何ですか?」

『目的も何も、ただ単純に少年の願いを叶えるだけだよ』

『目的も何も、ただ単純にお前の願いを叶えるだけだよ』

「ふぅん――」

『少年が望むとあらば』

『お前が望むとあらば』

 一呼吸を置いて。






『私は少年の未来を創造しよう』

『私はお前の未来を破壊しよう』






 そんな風に、二匹の猫は瞳を縦に細くしたのだった。

どうやら二匹は互いに互いを心底嫌っているらしい。


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