3cm/m
こうして同じ制服を身に着けた男女の学生が二人きり、正面で向かい合って相席している現状を他から見れば、それはカップルと捉えることができるだろう。
異性の男女同士がお付き合いしている姿だ。
けれど、そんな視線を感じるのはどうやら私だけのようで、正面に真剣な面持ちで腰を据える彼は一切気にもせず、沈黙を守ったままだった。
実際、二つ隣の席に座る二人組みの女子高生であろう彼女らや、外の景色を眺めることのできるカウンター席で読書をしているサラリーマンの彼にしたって、私たちが恋人同士であろうとなかろうと、そんなことは気にもしていないだろう。
これは私だけが無駄に神経を尖らせているだけなのだろうと思う。
神経質になっているだけなのだろうと思う。
名前も顔も知らない人間がどこで何をしようと、どんな関係だろうと、そんなこと知ったこっちゃないのだ。
それもそうだと思う。
特に彼の場合は顕著にそれが表れているようで、他人の視線を気にするどころか、背後で携帯を落とした青年にすらぴくりとも反応を示さなかった。
彼は『私』を一点に見据えて――
『私の猫』を一点に見据えて――
「たった今合致したけど、あなたも私と同じように『彼女』と出遭ってしまったのね」
中々口を開かない彼に痺れを切らした私は、ようやくここで話を切り出した。
そうだ。
そうなのだ。
昼休みに彼を尾行した際に偶然耳にした会話は、テーブルの上で寝転ぶ黒猫とのものだった。
本来意図していたこととは、相反する内容だったけれど。
私もまた白猫と行き遭ったことでそれを理解した。
黒猫と同様、白猫の姿や声は私にしか認識できない。
いや、『彼女』と出遭った者にしか見えないし、聞こえないのだ。
だからこうして、私は黒猫を視認できる。
声も聞くことができる。
彼もまた、同様だ。
「楽座を呼び出したのは昼休みのことを確認するためだったけど、もうそれは必要ないらしいな」
「まぁ薄ら、そういうことなんだろうなって思ってた。でも『こういうこと』だったって驚いた」
「それは俺も同じ。いつからその猫と?」
「今さっき、そこの交差点で」
それを聞いた彼は少し目を見開いたが、その後口角を少し上げて笑って見せた。
無愛想な表情だったのが、無邪気な子供のように変化した。
「まぁ楽座も、未来を変えるとか理解不能なこと言われたと思うと笑える。まさか俺と同じ境遇だなんて」
未来を変える、か。
そんなこと言われなかったなぁ、と思った。
彼は笑いを堪えて。
けれど、と続けた。
「実際どう思った?猫の話を聞いて」
「荒唐無稽な話だと思った。けど、荒唐無稽な存在を目の当たりにしている以上、可能なんだろうなって信じれる」
ふぅん、と彼が相槌を打ったところで。
『私はお前のことが嫌いだよ』
『私もお前のことが嫌いだよ』
黒と白の猫が向かい合って、そんな風に言い合った。
同じ声だった。
彼の黒猫も私の白猫も、病弱な少女のような声だった。
けれどどこか力強く、はっきりとした物言いは確固たる意思を感じさせるものだった。
『おい、お前さっさとこの場所を離れよう。この白猫といると気が滅入る』
『おい、お前さっさとこの場所を離れよう。この黒猫といると気が滅入る』
同じ声がハウリングするように聞こえるせいか、不気味に感じる。
声量、声質、不機嫌な様や独特の喋り方、全てが適合して一致していた。
色は違えど、同じ猫のように。
色が違うだけの、同じ猫のように。
「で、君たちは一体何?」
彼はお互いにそう言い放った猫を蔑む様に眺めて言う。
それを見て、彼は黒猫とは幾らか長い付き合いなんだな、と思った。
双方言いたいことが言える間柄なんだな、とも思った。
『何と言われれば、何でもないただの黒猫かも知れないな』
『何と言われれば、何でもないただの白猫かも知れないな』
と、嘲笑してはぐらかせた二匹の猫は同時に鳴いて見せる。
黒い猫は愛嬌のある甘えた声だったけれど、白い猫はそうではなく。
汚く濁ったそれは、どう捉えても愛くるしいとは感じさせなかった。
「要するに同じような猫で同じような目的で、同じように俺たちの願いを叶えるってことか」
『私とこいつを同じ扱いするな』
『私とこいつを同じ扱いするな』
「…………」
付き合い切れないとばかりに、歯を食いしばって瞼を閉じる彼を見て、私は言う。
「目的って何ですか?」
『目的も何も、ただ単純に少年の願いを叶えるだけだよ』
『目的も何も、ただ単純にお前の願いを叶えるだけだよ』
「ふぅん――」
『少年が望むとあらば』
『お前が望むとあらば』
一呼吸を置いて。
『私は少年の未来を創造しよう』
『私はお前の未来を破壊しよう』
そんな風に、二匹の猫は瞳を縦に細くしたのだった。
どうやら二匹は互いに互いを心底嫌っているらしい。