2cm/m
どうやら私は誤解していたらしい。
純情な乙女心、と言えばそうかもしれないが、てっきり終礼が終わればそのまま二人で何処かに向かうものだと思っていた。
淡い期待を裏切られたような。
そんな気分だったのは強ち間違いではないと思う。
昼休み後の授業から終礼を迎えるまでのおよそ四時間、緊張で中々勉強に集中できなかった。
緊張というより、戸惑いと表現したほうが正しい、か。
勿論、こういった男子からの誘いを経験したのは初めてのことではない。
むしろ、名前も顔も知らない異性から声を掛けられることは数多知れず。
いや、いささか過言ではあるが。
それでもどうやら、私みたいな女子でもある程度異性から注目されているようで、そんな経験が特別に初めてだということではなかった。
普段、私から異性の誰かに話しかけることはしない。
それが一体どうしてか、と言われれば解答に困るのだけれど。
別段理由はなく、男子生徒を毛嫌いしているわけではない。
男性恐怖症みたいな、まるでどこかのヒロイン如き体質を所持しているはずもない。
特定の意中の男子がいるから、なんて一途な神経をしているのでもない。
もしかすればそれは、異性に対して消極的だということを意味しているのかもしれない。
自覚はないが。
まぁ自分でもよくわからないことだ。
わざわざ物事全てに理由を求めるほど、私の精神は子供染みてはいない。
この世界じゃ、理由の無い事象や現象なんて当然のように溢れている。
理由なき殺人や、発生原因のわからない病気。
残酷だ、と思う。
弱い者が理由なき淘汰を被る世界は、本当に残酷だと思う。
終礼直後、立屋千尋から手渡されたノートの切れ端には、恐らく彼のであろう携帯番号と全国チェーンを展開するファーストフード店の名前が記載されていた。
それは初めて、同年代の異性の電話番号を手に入れた瞬間だったことは、あえて言うまでもないだろう。
それはさておき。
彼は乱雑に切り取られた切れ端を手渡したあと、何も言わずそそくさと教室を後にしたのだった。
電話番号が書かれている意味を無視したとして、どうやら駅前の一店で待ち合わせということらしい。
二人で向かえば良いものの。
まぁ彼に彼なりに予定が詰まっているのかも知れない。
左目さんとの予定があるのかも知れない。
はたまた、あの美少年との――。
店名だけで時刻は明記されていなかった。
それが無い以上、今すぐにでもそこに向かえば良いのだろうが、私は道中の大型書店に入店した。
彼に対する多少なりの気遣いもあったが、素直にむかっ腹が立ったというのもある。
同じ目的地に行くのにわざわざ別行動しなくてはいけなくなった彼の行いに対するほんの少しの戒めだ。
まぁそれでも私は素直に『そこ』に向かうのだけれど。
何と言うか、自分でも心境と裏腹な行動を理解できない。
理解できなくとも、そこに『理由』は求めないが。
◆
愛読しているギャグ漫画家、ではなく。
好みの作家の新しい作品が店頭に並んでいたのに気づいて、背表紙を凝視し、悩みに悩んだ末に購入したことで、適度とは言い難い時刻になってしまっていた。
そして。
サラリーマンで溢れた書店を去り、駅前のファーストフード店へと足早に向かったところで。
そこには――。
一匹の白い猫が私を見つめるように佇んでいたのだった。
仕事終わりであろう烏のような真っ黒のスーツを羽織った人々が通り過ぎる足元で、ちらちらと姿を現しては遮られ、それでも私と白い猫はおよそ数十メートルという長い距離間を感じさせないくらいに目と目を合わせていた。
近づいて――。
近づいて――。
『にゃおん』と、白猫は真っ黒な瞳で私を見据えて鳴いたのだった。
それは猫とは程遠い、濁った声だった。