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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
44/56

15cm/s

『左目 翁と峰 千早、二人がやってしまった取り返しのつかない願いと同じ――今回も同様、楽座 怜那の願いもまた今更何をしたって取り返しのつかないことなんだよ。その中で、お前に果たして一体全体何ができると言うんだ。何かできることがあるとでも言うのか』

 

 ないよ――

 何も――ない、と彼女は言った。

 

 その言葉は俺の心を刺すのに十分なものだった。

痛いところを突かれて、痛い。

痛く、貫く。

『現状の確認だって?そんなもの私が教えてあげるよ。一から十、隅々まで。それで十分なんだからわざわざ楽座 怜那の元に駆けつける理由もないだろう。これはお前にも言えるし、楽座 怜那にも言えることだけれど、二人が過去と現在を壊した際、お前たちは何をするために彼女らの後を追いかけたんだい?』

「それは……」

『結果、左目 翁は失踪し、峰 千早は転落して入院――これらを招いた理由の一つになったというのに』

 沈黙した。

 反論の余地はあるけれど、結果的にそうなったのだから彼女の言うことも間違っていない。

だから何も言うまい。

今はじっと、彼女の言葉を聞こう。

聞いて、刻むべきなのだろう。

『お前たちは、大きな過ちを犯してしまった彼女らを責め立てたいんじゃないかい?或いは――同情したいのかな?まぁ、お前たちが友達であった、ということを踏まえてあえて口を挟まなかったけれど、本来、お前のするべきことは同じことを繰り返さないようにすること――未来までもが壊されてしまうのを未然に防ぐべきだったんじゃないのかい?どころか、仲違いして、離れて、それすらもままらない。結果、起こるべくして起こったということだろう』

 大きな過ち、か。

 手遅れで、取り返しのつかない誤り。







「…………」






 過ち?

 




 過ちと言えば、確かにそうだろう。

どんなことが起こるのか、危険性すら考えずに願ってしまったのだ、それを過ちと表現することは正しい。

概ね、間違っていない。

 けれど、どうだ。

 目の前にいる黒猫――彼女のコピーであり、彼女自身とも言える『猫』が叶える願いそのものを過ちと言っているようなもんじゃないか。

未来までもが壊されてしまうのを未然に防ぐべき、と言った。

それはつまり、そういうことなのではないだろうか。

 防ぐべき――

 本来は、願ってはいけないものだったということだ。


 考えてみれば、千早の願った過去の崩壊は彼女のトラウマの消去には成功したようだったけれど、そのせいで人格が狂ってしまったように、加害者へと成り変った。

 左目の場合、現在の崩壊は取り巻く環境そのものを白紙に戻すというものだった。

それは確かに、願いが裏目に叶うような――思いに反した願いのような――そんな気がする。

 それならば尚更、彼女の分身とも言える『猫』の願いそのものが過ちで、言うなれば、彼女の存在そのものを否定することになってしまいかねない。

彼女の存在が過ちだったのだ、と。

そう思わされる。




『過ち、か。どうやら墓穴を掘ってしまったようだね。彼女らは私の分身と言ったが、私そのものではない。彼女らが叶える願いも、本来私が目的としているものではないんだよ――』

 彼女は声のトーンを低くするわけでも、あえて一拍置いて含みを持たせて言うわけでもなく、いつものように日常会話でするように語る。

『言っただろう、私には未来がないって――そんな絶望にも似た感情が生んだ『猫』さ。思いに反して願いが叶う――と言うより、願いの内容なんて本当は何だっていいんだよ。彼女らは――あの『猫』たちはただ願えば、壊す、だけなんだよ』

「けれど、全て、君なんだろう?」

『そうだね、紛れもない私だよ。私が生んだ『猫』だ。しかし、私がどうこう干渉することはできない。彼女らは私であって、私ではない。自律した、制御の利かない破壊を目的とする私さ――』

 そうだったとして。

 彼女が打ち明かしたことを真実だと仮定して。

「それなら、どうして秘密にしてたんだよ。そんなことなら、誰だって最初から望まなかっただろ」

『それは――』




 違うんだよ、と言った。




『望む者のところに、私たちは現れる――と言うより、現れた』



 どういうことか理解できなかった。

理解をするのに、頭の回転が追いつかなかった。



『言いたくなかった。本当に、これは最後まで言わないつもりだった――崩壊した時間、それの責任は私にもある。大いにあるから、いくら責めてもらっても構わない。けれど、それだけじゃないんだよ……私なんかが現れる前から、とっくにもう――手遅れだった』

「…………」

『お前と左目 翁、二人だけだったんだ、最初は。お前も聞いただろう、お前の前に私が現れたのとほとんど同時に、彼女の前にも現れた。本来はここで終わるはずだった――』









 だったのに――








 終わるはずだった。

 二匹の猫が二人に現れるだけで終わりのはずだった。


 けれど、違った。

 俺はその後、千早を出会い、友達として受け入れ――

そしてさらには、楽座とも関係を築き――

 四人は友達になった。








「それが、最初から手遅れだった、ということ――」

『…………』

「俺たち四人が友達になったから、楽座と千早の前にも『猫』が現れてしまったってこと……」

『お前たちは悪くないよ……悪いのは、私だ。私の存在が、事の根源だ』

「そっか、なら――君が現れようが現れまいが、遅かれ早かれこうなってたのかもしれないな……さすがに未来が崩壊するとかはないけれど、少なくとも俺たちの関係はいずれ軋轢を生んだのかもね」

 不思議な気持ちだった。

彼女に対して怒りすら込み上げて来ないし、責任のある三人にもそう抱かなかったし、哀しいとも、喜ばしいとも、行き場のない感情を溜め込んで有耶無耶になったり、辛く苦しいとも感じなかった。

 何も感じず、彼女の言葉を素直に受け止めることができた。

 納得することもできた。 

 そして何より、なんだか清々しい気分で、晴れ晴れとした心持だった。


 誰の責任だとか、誰が悪いとか、そういうことではなく。

 やっと――

 この一連の――時間軸の崩壊、歪みの全貌を認識して、理解できたように思う。

そして、それも納得できたと思う。

 それ以上に。

 彼女のことを少しだけ、知ることができた。

この少しだけ、でも大きな進歩である。



『楽座 怜那には病に()せた弟がいる。助かりそうにもない弟だ――』

「そっか……」



 予想は外していたけれど、しかしそれだけで、たったそれだけの言葉で未来を壊すまでに及んだ楽座の心境を察することができた。

 弟のため、か。

 『猫』をどれだけ嫌おうと、憎もうと、頭では理解していても願ってしまったんだろう。

ああも『猫』のことを否定してた楽座だ、それほどまでに追い込まれていたんだろうし、もしかすれば自分でも知らず知らずの内に願っていたのかもしれない。

 




 弟――

 明日は来ない、今日が繰り返される――

 




 そういうことなのだろう。 

 弟と今日を生きることを願ったのだろう。

死ぬ明日なら、今日を共に生きたいと、そういうことなのだろう。





「左目と千早と同じように、楽座にも君が現れる理由があったというわけだ……」


 こんな四人が偶然にも集まって、友達になって。

結果、過去現在未来、全てを壊すことになってしまって。




 四人?




「それなら、君はどうして俺のとこに現れたんだ?自分で言うのも何だけど――別に壊したい過去も現在も未来もないんだけれど」

『……誰が壊すと言った』

「――え?」

『私は彼女らと違うと言っただろ。私はオリジナルで、他は私の絶望が生んだもの過ぎないと。だからこそ、彼女らは壊すと』
















『千尋、私のことが好きか?』









 脈絡なしに、唐突にそんなことを訊く彼女の頭をそっと撫でた。 

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