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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
42/56

13cm/s

 翌朝、目を覚ました瞬間に確信する。

いや、『例の夢』の中で、すでに確信していた。

 そういうことか、と。

 そういうことなんだ、と――

楽座が、『未来』を変えてしまったのだ、と。

変えて、壊してしまったのだ、と。

それは、つまり。

過去、現在、未来、全てが崩壊したことを意味する。

一本の線上に成り立つ時間軸が、歪み、崩壊した。

その結果がどんな影響を及ぼすのか、今のところ想像もつかないし、つくはずもないだろう。

けれど、共通して俺たちを取り巻く環境――等しく、環境の全てが変化しているのだ。

今回もまた、同様なのかもしれない。

かもしれないし、全く異なった影響が現れるのかもしれない。

 未来――か。

未来を壊すって、どういうことなのだろう。

 未来――明日。

明日の来ない未来。

未来のない明日。

未来の来ない今日――



「楽座が、どうして――」



 未来が崩壊した、らしい。

と言うのも、明確な証明を未だ認識していないからである。

けれど、一つの確証がある。

楽座が白猫に願ったということ。

白猫が未来を壊したということ。

実際、以前に楽座とファーストフード店で会話した時に、白猫が言っていた。

『望むならば、未来を壊そう』と。

それに、千早が過去を壊し、左目が現在を壊したということは、つまり残る白猫は未来を壊す存在であるということなのだろう。

推測ではあるけれど、確証に近いものだ。

そう断言してもいいほどに。

 それならば。

 そうだとして。

疑問も浮かび上がってくる。

俺たちの関係を全て崩壊させ、且つ、非情な不運を招いた『猫』に対して、ああも憎悪を抱いていた彼女が願ったのである。

そんな怨恨募った『猫』に望んだのである。

 左目と千早が学校からいなくなってから、今日で三日。

その間、楽座はそんなことばかり考えていたと言う。

間断なく。

 それを『猫』に言わせれば、身勝手に願い、その上で生じる自己責任ということだ。

代償とでも言える。

勿論、問題の根底にあるのが『猫』という存在なのだから、『彼女』の言い分を肯定するつもりはない。

けれど、一理あるとも思う。

(あなが)ち間違っていないとも思う。

それ以上に、恐ろしいほどに恨みを抱く楽座の気持ちも痛いほど理解できる。

 結局は、どちらも正しい。

両方、間違いではない。

だからこそ、俺は『彼女』の存在を否定することはできないし、拒絶することもできなかった。

黒か白か――

明確にすれば、それはさぞかし清々しい気分なのだろうけれど、どうしても中途半端な位置付けになってしまう。

『猫』の存在を否定しようにも、筋の通った言い分は理解できるし、楽座の気持ちを理解しようにも、俺たちにも非があることは事実なのだ。

だから、わからない。

自分の立場を、敵か味方かで表すのなら、それは中立である。

永世中立。

いや、それは過言か。



『未来が壊れてしまったのに、学校に向かうのか?』

「左目の時みたく、学校サボったら余計に面倒になるかもしれないだろう?だから取り合えず登校するよ。で、楽座がいなければ早退でもすればいいさ」

『いつでも早退できる、みたいな言い方だね』

「学年一位だと、そこそこ融通効くんだよ」


 慣れ、というのは本当に恐ろしいと思う。

過去、現在が壊れ、人間関係や環境が変化したというのに順応している自分がいる。

そして、未来が壊れてしまったというのに、冷静に思考している自分がいる。

それは事の影響を認識していないから実感が湧かないというのもあるのだろうけれど、少なくとも現実であることは理解していた。

どんなに狂っていようが、現実で――

どんなに壊れていようが、リアルである。

 リアルと言ってしまえば、俺たち四人を中心とするこの『現象』こそ、リアリティの欠片もないわけだが。

現実味も帯びていない。

荒唐無稽だ。

冗談のような話だし、冗談だとしても笑えない。

絵空事のような非日常であり、非現実的だと思う。

しかし、どうしようもなく本当のことで。

紛れもない事実で。

歪んだ現実なのだ。


『そう言えば、どうしてお前は学年一位を取れるほどに秀才なんだ。お前と共にして、かれこれ幾らか経つが、勉強してるところを一度も見たことないんだが』

「ん、あぁ……」

『なんだ、含みのある物言いだね』

「正直、自分もよくわからないんだよ。こんなこと言うと、対抗心を燃やされてる楽座を失望させてしまうことになりそうだけど」

『何も私に隠し事することもあるまい』

 彼女は何かに感づいたように言った。

「だね――けれど、勉強してないってのは本当だよ。今は――ね」

『……ふぅん』

 登下校中は、大概こんなくだらない与太話をする。

会話の内容に、特別意味があるというわけでもなく、だらだらと駄弁る。

 いつからか、これもすでに日常の一部になっていて――

彼女の存在に慣れてしまったということなのだろう。

こんな――

こんな魑魅魍魎にも順応できる。

「未来――か。未来が壊れた、っていうのに、まだ実感が沸かないね」

『当然だね。近い未来ならばともかく、遠い未来のこととなれば実感も何も、想像することもできないよ』

「だから、なのか」

『まぁすぐに実感するさ。未来の崩壊がどんな意味を持つか、目の当たりにするさ』

「…………」

 うーん、とそこで俺は(うな)った。

『未来の定義って、結局、本当のところ誰にもわからないからね――一秒後を未来とも言えれば、十年後も同じように言える。未来と言えば、遠い先のことのように考える人もいるし、明日と捉える人もいるだろうしね。将来ということなら、前者の考えが多数だろうし、夢と言うなら、それもまた圧倒的多数だよ。けれど、多数だからと言って、少数の考えが間違っているというわけでもない』





 さてさて、この場合の『未来』とは一体いつを指すのかな、と彼女は言った。





 恐らく、その答えを知っているのだろうが、どうやら教えるつもりはないらしい。

 まぁ。

遅かれ早かれ、未来のことだ――嫌でもそれはやってくるし、いずれ認識できることだろう。

日が沈んで、日が昇るように、自然の摂理と同じように、明日はやって来るのだから。

それなら、今は取り合えず、『現在(きょう)』を過ごそう。

そう思った。








 学校に到着して朝礼を終えた後、俺は体調不良を訴え、登校してから三十分も経たずに早退した。

いつもなら最後方の座席で読書しながらチャイムを待つ、その姿を見つけることができなかったのだった。

遅刻という可能性が残っている以上、この決断は早計だったかもしれないが、そんな未来に賭けるくらいなら、自分の足を使って楽座を捜索する方が懸命だと判断したのである。



 しかし。


 

 その判断も空しく、楽座の家のチャイムを鳴らしても応答はなかった。

どころか、学校周辺を中心に走り回ってみたものの、彼女の姿を発見することすらできなかったのだった。

 そして、帰宅し――

明日、また楽座を探そう――そう思って眠りについた。









 眠りについて。

翌朝、うるさく鳴るデジタル時計に快眠を妨げられ、覚醒した時に気がついた。













 ――明日は来なかった。












 日付は昨日のそれと同じ、二十六日の表示だった。

自然の摂理とは反して、明日は消失したらしかった。

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