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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
40/56

12cm/s

「なぁ――俺はやっぱり理解できないんだよ。君が一体何を望んでいるのか、何を目的としているのか」

『それは遠まわしに、私のせいでお前の大切な友人が傷ついてしまった、と言っているのかい?』

 こうして、黒猫である彼女と下校することはすでに日常化してしまった。

けれど、この『世界』は日常ではない。

俺たちのいる『世界』は、左目と千早の手によって大きく変化し、変貌してしまった。

以前あった過去も。

以前あった現在も。

全て崩れ去った。

 左目が現在を壊し、消息を絶ってから四日。

 千早が過去を壊し、入院してから二日。

 全てが変わってから、六日。

いや――全て崩壊してから、六日。

この奇妙な世界に慣れてきている自分が恐ろしかった。

環境の変化にも対応することができていた。

順応していた。

 四人だけが持つ、俺たちだけの記憶は、もうすでに証明できなくなったというのに。

平凡な毎日だったろう。

変わり映えのしない日々だったろう。

劇的でない日常だったろう。

平穏を壊された――四匹の猫によって。


 世界が狂ってからの六日間、ろくに飯も喉を通らず、毎日毎日、朝から晩まで頭を悩ましていた。

どうしても、『現実』を素直に受け入れることができなかったのだ。

どうしても、それと向き合うことができなかったのだ。

自分の行為を後悔したり、左目へ投げ掛けた言葉を猛省したり、さらには『猫』の存在までも否定したり。

悪い方向へと、思考がぐるぐると頭を巡る。

そんな六日間だった。

 楽座も、どうやら同じ様だった。

千早をあんな目に合わせてしまったのは私のせいだと、酷く責任を感じていた。

そして何より、剣呑な面持ちで『猫』に対して怨恨を抱いているようだった。

それもそうだろうと思う。

そう思うのも当然だろう。

冗談とも信じ難い――笑い話にもならない荒唐無稽な存在に、全てを台無しにされたのだ。

四人の間にあった友情も。

人間関係も。

見ず知らずのあの人の環境も。

壊され、崩され――

 

 こんな『猫』さえいなければ――

 こんな『彼女』さえ存在しなければ――と、何度思ったことか。


『もしもお前がそう言いたいのだとしたら、生憎だけど私はこう答えよう。私たちは願いを叶えただけであって、こんな結末を生み出したのは紛れもないお前たちだよ』

「……なら、願いを叶えることは、一体誰のためなんだよ」

 ふむふむ、と彼女は俺の言葉を咀嚼(そしゃく)して理解するように相槌を打った。

適当な回答を探しているのかもしれなかった。

『誰のためと言われれば、それはお前たちのためだろう。そして、私自身のためでもある――』

「…………」

『けれど、そうと言っても――私自身のためだなんて、そんなの二の次に過ぎないんだけどね。一番はやっぱりお前たちのためだよ。結果的に、裏目に出たかもしれないが』

 当事者にも関わらず、そんな他人事のように話す彼女に怒りが込み上げる。

傍観者気取りの彼女に。

「裏目も何も、全部君のせいだろ……」

『おいおい、私は機会を与えただけじゃないか。望むのはお前たちだろう』

「そんな機会、望んでいない」

『現に、峰 千早と左目 翁は望んだぞ?それも利己的に、自己中心的に。己の欲のため、猫に願ったんじゃないか。どんな些細な行為にも責任はつきものだよ。自己責任だね。それに、そんなことも理解できない年齢じゃないだろう――』



 しかし――と彼女は続けた。



『お前の言いたいこともわかる。痛いほどに理解できる。お前の言う通り、『今』が狂ってしまったのも、お前たちの環境を破壊してしまったのも、根源にあるのは私という存在だよ』

 彼女はそんな風に、静かに言った。

自虐するように、自分の存在を悔やむように、自分自身を否定するように言った。

 そんな哀しげな声を聞いて、込み上げていた怒りは次第に薄れていく。

同情したのかもしれない。

哀れんだのかもしれない。

「君と――君自身と、他の猫は同じ、なんだっけ」

『……そうだよ、オリジナルは私だけれど。他の彼女らは私でもあるが、厳密に言うと違う』

「――つまり?」

『私のコピーと表現した方がわかり易いかもしれない。いや、コピーと言うより、分身――』








 私の、願いの分身――







 と、独り言のように彼女は呟いた。

「願いの分身、か。それは確かにそうなのかもしれないな。それぞれ、過去、現在――ときて、次は未来か」

 それなら。

 それなら、だ。

他の三種の猫がそれぞれに対応した時間を変革する力を持つのだとしたら、果たして、俺の目の前にいる『黒猫』は何を変革する力なのだろうか。

 青猫、過去。

 赤猫、現在。

 白猫、未来。

 黒猫、――。


 いや、それより。


「君の、願いの分身?過去を変えたり、現在を変えたり――それは君自身の願いでもあるということなのか?」

『……そう、だね』

「君の願いは、一体何なんだよ。それはつまり、目的ってことになるんだろうけど」

『目的は初めに言った通り、お前の未来を変える、ということだよ。未来を変える――つまりそれは、過去と現在を変えるという意味でもあるよね。だって同じ線上にある時間軸なんだから』

「あぁ……うん、それは理解できる。ってことは、俺の未来を変える、ということが君の望みなのか?」

『正確には違う。お前の未来を変えることによって、私の望みが果たされる――かもしれない、ということさ』


 下校途中、いつもの露店でタイヤキを購入して、公園に入った。

 あの公園。

車に()かれた黒猫を埋葬した公園。

そして、全てが始まった公園。

いや、全てが終わった――

 時間も時間なので、仕事帰りのスーツ姿の人々が往来し、少々の混雑を見せていた。

しかし、まぁ。

混雑と言っても、公園自体が全貌を掴めないほどに広いし、舗装された道もかなり幅広く取られているのだ、すれ違い様に肩がぶつかるなんてことはあるまい。

 足早に過ぎる黒い人々はまるでカラスの群れのようだ。

いや、それを言うなら、黒猫の群れ。

多数の黒猫が群れを成していたら、それはそれで恐ろしい状況である。

目撃者にどんな災いをもたらすか、想像もつかない。

 ともかく。

 そこは、世界が狂ってしまったことを楽座から聞かされた場所であり――同時に、左目と別れた場所でもあった。

左目が捨てた携帯電話のストラップを二つ、俺は代わりに自分の携帯につけている。

そんな行為はせめてもの罪滅ぼし、と捉えられてもおかしくはない。

否定もできない。

けれど、間違ってもそんなマイナス的な思考ではなく。

むしろ積極的な意思の表れである。

次に会う時に、今度は俺の方から歩み寄ろうという決断の証明だ。

恋人関係になるかどうかはともかく、それは別として。

せめて、彼女が現状を維持しつつ、そして打破したように、俺は関係回復に向けて距離を縮めよう。

そんな決意表明の表れである。






『私には、未来がない』





 唐突に、ベンチに座った隣で、彼女は口を開いた。

 さすがに人前でタイヤキをあげるわけにはいかなかったので、それは帰宅してからにしよう。

『こうして、目の前を行き来する彼らも、皆等しく未来があるのにな』

 独り言だった。

俺に語りかけるというよりかは、聞き手を傍に呟く独り言だった。

『未来に希望を抱いている――というわけではなく、純粋に、素直な意味で、彼らには未来がある。もっと言えば、明日がやってくる』

「…………」

 俺は沈黙するだけだった。

何も言わず、聞く。

耳を傾ける。

『正確に言えば、私にもあったはずだった――はずだった。だったのに――』






なぁ――







なぁ、お前――











『私が人間だと言ったら、信じるか?』







 彼女は、にゃおん、とは鳴かなかった。




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