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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
27/56

5cm/ss

『はは、お前の心の中は最早、色々通り越して気持ちが良いな』

 赤い猫が言う。

「あたしの何を知ってるの?」

『お前のことなら何でも知ってるよ。その黒くて汚い腹の中で何を考えているのかくらい、察するのは朝飯前だよ』

「ふぅん、まぁいいけど。自覚してるし」

『自覚してたら良いってものじゃないけどね。まぁ、自覚してもそれを直すなんて到底無理なんだろうけど』

 赤猫は小さく、嘲笑うように声を漏らした。

あたしは気にせず。

「千尋は黒猫、楽座さんは白猫、峰くんは青猫、これってどういう意味?」

『――どういう意味?』

「あたしには赤猫、君みたいな変なのが四匹もいることになるんだけど、これってどういう意味ってこと」

『どういう意味も何も、四匹存在しているのだから四匹存在するのだよ』

 まただ、と思った。

彼女はいつもこうして話を曖昧にしたがる。

意図的に。わざと。

「君は現在を変えるって言ったけれど、それってつまり他の三匹の猫も同じってことなの?」

『――いや、それは違うね』

 そんな彼女の返答を、あたしは意外だと思った。

彼女の存在や目的についての質問に明確に否定するなんて、珍しいと思った。

『まぁ、そろそろ教えてもいいだろう。私を含め四匹の猫のストーリーも大分進行したようだし』

「……ストーリー?」

『あぁ、いやこっちの話だよ、気にしなくていい。私が現在を変える赤猫だとしたら――もう理解できるだろうが、白猫は未来を変え、青猫は過去を変える』

「それぞれが未来、現在、過去を変えるってこと?」

『そうだと言いたいけれど、概ね正しくはない』

「どういう意味よ!」

 あぁもう、彼女と会話していると酷く苛々してしまう。

先が見えないような、話の先をあえて隠しているような――そんな会話をされると、あたしの低レベルな頭脳では理解することが苦しい。

はぐらかされて、曖昧にされて、何だかもやもやする。

『あれ、もしかして苛立ってる?』

「……苛立ってない」

『はは、どうやら私の話は難しかったかな。まぁいいさ、理解できるように説明してあげるから。どうも私は癖で核心を曖昧にしてしまうようだからね』

「馬鹿でごめんね!」

『誰もそこまで言っていないだろう。馬鹿でも馬鹿なりに考えているじゃないか』

「……?」

『どうやって千尋を振り向かせよう、どうやって千尋から楽座さんを引き剥がそう、どうやって峰くんを利用しよう、どうやって――』

「……わかった、もういいから」

 可愛げのある少女の声に騙されてはいけない。

この猫――性格が悪すぎる。

あたしも人のことをとやかく言える立場ではないけれど。

『冗談だよ、怒らないでくれ。いや、冗談ではないけれど――まぁ、話を戻そうか。『変える』と言ったが、それは間違いと言ってもいいかも知れないということだよ』

 赤猫は神妙な声で言う。

『変える、と言うより、壊すと言った方がこの場合正しい。けれど結果的にそれは変える、ということになるんだけどね』

「……壊す」

『打破、だよ。現状打破。もしお前が変わることのない現在を打破したいのなら、私がそれを叶えてあげようってことさ』

 具体的には、と赤猫は続けた。

『千尋が振り向いてくれない現在を壊したいと言うのなら、それは叶う。友人に嫉妬して、憎んで、恨んで、羨ましくて、そんな腹黒い自分に嫌悪して――そんな現状を打破することができる』

 あたしはそれを心の中で反復する。

 現状打破。

現在を壊す。

それが意味することを考える。

『けれど、お前の望むように現在を変えることはできないよ。つまりお前の望みを的確に叶えることはできない。私ができるのは現在を壊すことだけだからね』

「現在を壊しても、あたしと千尋が恋人同士になることはできないってこと?」

『その可能性もある、けれど恋人同士になれる可能性もある』

「じゃ、意味ないよ。付き合えなければ、わざわざ現在を壊す意味なんてない」

『しかし、このまま残りおよそ一年を過ごして、何か変わるというわけでもあるまい』

「……そんなの、分からないよ」

『そうだね、分からない。だから現在を壊しても分からない、元々未来のことなんて誰にも分からないんだから』

「それなら、君の存在価値なんてまるで無いじゃん」

『おいおい、酷い言われようだよ。意味はあるよ、大いにある。そもそも、誰も分からない未来に誰が頼ると言うのだい?』

「……それは」

『実際お前は、この先も立屋 千尋が振り向いてくれないという可能性を懸念しているのではないか?このまま一生仲の良い友人の一人として扱われることを懸念しているのではないか?』

 あたしは沈黙した。

彼女の言うそれが、図星で沈黙した。

『お前と千尋が恋仲になる未来を待っても、それは一生訪れないかもしれないんだよ。それだったら、望みを賭けて『今』を壊すことで、お前の期待する未来を待つということができる。誰にも先が見えない未来に確証無しで賭けるという無謀を(おか)すより、よっぽど有意義だと思うけどね』

 まさにその通りだった。

彼女の言うように、この先あたしと千尋が繋がる可能性は低いのかもしれない。

それなら、彼女が言う『今』を壊す方法を選択する価値は十分にあるのだろう。

十全だ。

「ねぇ、君はあたしの現在を壊して何がしたいの?」

『目的はある――けれどそれはお前にとって何の関係も無い話だよ。別にお前の現在を壊したところでその後に代償として取って食おうってわけじゃない。それはまた別のストーリーさ』

「……ふぅん」

『よく考えてみるといいさ。まぁ、恐らくゆっくり考える時間はないだろうけど』

「…………」

 千尋とあたしの未来。

もしかすれば、そんな未来はこの先一生訪れないのかもしれない。

去年末に告白して、そして振られて。

その後は以前と同じような関係に戻れてはいるものの、あたしの心境は穏やかでないのは事実だった。

千尋に近づく女に嫉妬して、ましてや大切な友人にすら嫉妬してしまっているのだ。

抑制なんて効かない。

妬ましくて、嫉ましくて。

『現在』を壊す――か。

また一つ悩みが増えそうだった。








        ◆








 次の日、あたしは夢を見ることになる。

それは峰くんと思われる少年と、同じく峰くんと思われる少女の夢だった。

そんな夢を見て、あたしは「あぁ、そういうことか」と納得した。

赤い彼女に訊くまでもなく、峰くんが過去を変えたのだと確信したのだった。

いや――壊した、と確信した。

昨晩、彼女が言った四匹の猫の存在理由。

 そう言えば、黒猫は一体何を変える存在なのだろうか。

訊くのを忘れていた。

青色は過去を、白色は未来を、そしてあたしの赤色は現在を――黒色は、一体。

まぁいいか、どうでも。


 

 峰くんが過去を変えたという証拠を掴むべく、彼女を問いただそうとしたがどうやらそれは必要なかったらしい。









『過去は壊れた、お前の知る過去はすでにない。どうだい、お前もまた現在を壊してみる気はないか?』








 赤猫は微笑した。

あたしは『現在』を壊すことを願った。

先の分からない未来と、現在を壊した後の先の分からない未来――果たしてどう違いがあるのだろうか。

あたしには分からなかった。

 千尋にあげたはずのストラップがあたしの携帯に付いてることを視認して、あたしは家を早々に出た。

過去が壊れたのと同時に、あたしもまた現在を壊したのだ。

さて、それが吉と出るか凶と出るか。

あたしの不運は極まっているようだけれど、御神籤で引いた大吉を今は信じよう。







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