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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
21/56

6cm/m

「こんにちわ、左目さん」

「お、おー!楽座さん、こんにちわ」

 およそ三十分程度悩んだ末、結局学校内の敷地に足を踏み入れた私はようやく左目さんとの対面を果たした。

かと言って、私服である以上校内をうろついたり、教室でのんびり会話できるはずはなく、体育終わりを狙って下駄箱に「休み時間に話があります」とだけ書いた手紙を入れたのだった。

素直過ぎる彼女は従順にも指定したグラウンドの隅まで足を運んだのだ。

差出人として私の名前を記載しなかった凡ミスは挽回された。

どこの誰か出したか不明な手紙に何の躊躇もなく従う彼女は一周回ってたちが悪いけれど、それを言ってしまえば私のミスを棚に上げることになるので言及はしないでおこう。

「こうして二人きりで話すのは初めて」

「そうだね、普段楽座さんって本ばっか読んでるから話しかけ難いし」

 私は彼女の中の楽座怜那として接する。

今まで築き上げてきた関係が全て断ち切られたような気分になった。

崩壊して。

崩壊して。

自分だけが彼女を知っていて、彼女は私のことを何も知らないのだ。

それでも――。

「単刀直入に言うけれど、立屋千尋のこと好き?」

 と訊いた。

左目さんからすれば親しくないクラスメートに突然恋愛事情について問われる絵だろう。

やはり。

彼女は(いぶか)しんだ様子で答える。

「どうして――」

「素直な疑問として、かな。だってクラスで見てて思うけど、よく彼のこと見てるでしょ」

「……えーっと」

「あぁ――誤解しないで欲しいのが、別に好きだからと言って左目さんに嫉妬とかそういうのじゃなくて」

「じゃぁ、楽座さんはそれを聞いて何がしたいの?」

 突然過ぎただろうか。

左目さんは相当怪訝な表情をした。

それもそうだろう、ほとんど対話したことのないであろう私が唐突に投げかけた質問なのだ。

いや、この場合。

図星であろう質問に問題があるのかもしれない。

 それにしても、確証はあったのだ。

証拠がなくとも、確証はある。

これは女の勘――と言えば案外正鵠を射ているのだろうが、それだけではなく。

それは過去改変だろうと現在改変だろうと、人間性まで変わるはずないだろうという予測にあった。

『私の知る過去』では、左目さんは彼に好意を持っていた。

私みたく中途半端な感情ではなく、素直に。

素直過ぎるほどに。

彼が『好き』だったのだ。

それは恋愛経験の乏しい私でも察知できるほどのものだ。

「そう言えば、今日千尋は学校休んでるね。と言うか、楽座さんだって――」

「そう――さっきまで彼は私の部屋にいたんだけどね」

 と言ったところで。

わざと妙な意味合いを含めて言ったところで。

「……そうなんだ」

 と左目さんは動揺して、顔を歪ませた。

全く、素直なのは良いことなのだろうけれど、こうして表情に出る様は素直に良いことばかりではない。

「部屋で何してたか、なんて無粋な質問はしないで。訊くなら彼に聞いて頂戴ね」

「…………」

「まぁさっき彼が私の家から飛び出したもんだから、こうして私だけが左目さんに会いに来たのだけれど、どうしてわざわざあなたをこうして呼び出したかわかる?」

「……えっと」

「今日、他クラスの生徒――峰 千早が急に早退しているのは知ってる?」

「――知らない」

「じゃぁこれは親切心で訊くけど、今彼がどこで何しているか、知りたい?」

 彼が私の家を飛び出した後、きっと左目さんか峰『さん』に会いに行ったであろうという推測はきっと正しいはずだった。

間違いない、と言ってもいい。

左目さんが素直なら、彼はひねくれ者が故の素直。

現状の確認を本人に直接取るのが道理だろう。

担任の先生から聞いた、峰さんが早退した意味は把握しかねるけれど、少なくとも学校に来ていないということは左目さんではなく、峰さんに会いに行っている。

どちらかを天秤に測った結果なのか、直感で峰さんを選択したのかは判断しかねるが――偶然にせよ、私が学校に向かう選択をしたことは正しかったようだ。

 彼は峰さんに。

私は左目さんに。

相性が良いのか、それとも逆に悪いせいで息が合わなかったのか、まぁこれも判断しかねることだった。

それでもお互いの行動は同じだったので、悪い気はしなかった。

「峰さんって彼のことが好きなんだけど、実は彼も強ち満更でもないんだよね。もっと言えば、彼も『彼女』のことを好いてる」

「……両想い?」

「そうとも言えるし、そうではないのかもしれない」

 私ははぐらかした。

あえて曖昧にそう言ったのは、ボーイズラブを懸念してだ。

まぁ過去が変化した今となっては、男女間の正当な恋愛として成立するが。

いや――『以前』でももしかすれば成立したかも、なんて。

そう思ってみたり。

「どこぞの『猫』じゃないんだし、いい加減曖昧なこと言うのは疲れるから、左目さんは素直に先の私の質問に答えて欲しい。嫌いなら嫌いでいいし、好きと言うなら『彼が今どこで何をしているか』教えてあげようと思う。失恋する友達は見たくないし」

 と言ったところで、左目さんは顔を強張らせて固まった。

色々と思うことがあろうだろう。

けれど、私が彼女のことを友達、と言ったことについては何も思っていないようだった。

 そして。

左目さんは意を決したように。







「好き、あたしは千尋のことが好き。誰よりも好き」





 と力強く、真剣な面持ちで言った。

私は曖昧だった恋愛感情を彼女から教えてもらった気がした。

誰かを特別に想うと、こんな表情になるんだと思わされた。

彼女の本心の告白は私に突き刺さった。

彼を想う気持ちは、彼女に到底(かな)わないなと、肌で感じることができたのだ。

 だから私は伝える。

だからこそ、伝える。

「彼は今早退した峰さんと二人でこそこそ会ってるはず」

 もっと言えば、と続ける。

「両想いであろう二人が何をしているか、なんて無粋な質問はしないでね」

 ――と言った。

左目さんの嫉妬心を煽って、今すぐにでも学校を飛び出して彼の元へ駆けつけて貰おうという算段だったが――。

だったのだが――。








だったのだけれど――。






けれど――。





 

 左目さんは焦ったように、慌てた手つきで携帯電話を取り出して、何やら操作をし始めた。

覗き込めば――。

見知った電話番号を打ち込んで。

震える手で打ち込んで――。



『立屋千尋』



画面に彼の名前が表示される。

「待っ――どうして」

「……え?」

「――どうしてあなたが彼の電話番号を知っているの?」



 立屋千尋と楽座怜那の過去から消えた左目翁が、彼の連絡先を知っているはずがないというのに。

私はここで察する。

無言にして沈黙して、察する。

あぁ、と理解した。

理解して、反芻(はんすう)する。

『過去を変えて女性化した峰くん』が私たちの過去から消えるだけでなく、『どうして左目さんまで消えたのか』を。




「ごめんね――嘘ついて、ごめん」

 左目さんは携帯電話を耳に当てて、呆然とする私に白い歯を見せた。

背後で鳴き声がする。

聞き覚えのある、病弱な少女の声だった。 

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