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黒猫センチメートル。  作者: 三番茶屋
12/56

2cm/h

「千早、それって…」

 片目を覆う眼帯を外した僕の顔を見て、千尋くんが小さく声を上げた。

声が出せないほど驚いたのか、左目さんと楽座さんの瞳孔は開きっ放しだった。

それも当然だろう。

至極当たり前の反応だ。

自分でも『これ』を自覚した時、心底驚愕したことを覚えている。

開いた口が塞がらないとは、まさしくこのことだろう。

物心ついた頃に初めて自覚して、幼少期から僕はずっとこの眼帯にお世話になってきたものの、それを人前で外すという行動は初めてだった。

いや、初めてではない、か。

人前で無理矢理晒された経験なら何度もある。

『これ』のせいで、虐めを受けていたと言ってもいいのだ。

勿論、『これ』のせいだけではないけれど。

「こ、これが僕の秘密…です」

 彼らとの付き合いには幾らか慣れた今でも、会話をするのは緊張してしまう。

しかしそれは、怯えているからとか、恐れているからとか、そんな理由ではなく。

ただ単純に、悪い癖になりつつあるだけだ。

言葉を口にするという行為そのものが、緊張するというだけのことだ。

心情内では、こうも自分の意思を明確に表すことができるというのに。

全く、僕の内気な性格は最早手遅れだ。

それもこれも、長い間虐められていたからに違いない。

 まぁそれを言うなら。

つい数日前の日曜日、三人で買い物に行くという約束を左目さんから無理矢理押し付けられた千尋くんが、当日連れてきた楽座さんに関しては本当に凄いと思う。

どんな経緯で彼女と仲良くなったかは不明だけれど、それでも知り合って間もないという距離には感じられないほど輪に溶け込んでいた。

クラスメートと言えど、ろくに会話することはなかったらしいのに。

少し羨ましくなる。

彼女もまた、僕と似たような雰囲気を醸し出しているけれど、どうやらそれは勘違いだったのかもしれない。

人を寄せ付けないような異質さは、僕とよく似ていた。

楽座さんに嫉妬している、と言えば(あなが)ち間違いではないと思う。

だけど僕は友人とも言える三人とこうして、輪になっていられるということが幸せだった。

だからそんな嫉妬は、抱くだけ無駄な感情だろう。

友達関係においては、邪魔な感情なのだろう。

僕はそう考える。

「最初から、おかしいと思っていたかも、だけど…別に、病気とか怪我で眼帯しているわけじゃなかったんです」

「いや正直驚いた、まじで。左目の様子もおかしいし。こう言えば左目がおかしいのか、千早の左目がおかしいのかわからないけど、珍しくこの場合どちらも正解だ」

「お、おかしいって…」

 千尋くんはたまに傷つくことを平気で言う。

そのせいで左目さんはいつも怒っている。

まぁでも、見慣れた光景だ。







 左目。

眼帯で隠した左目。

醜い左目。

僕の一番嫌いな左目。

虐めの要因である左目。

小学校、クラスから淘汰される起因になった左目。

中学校、小学校での噂が広がってさらに迫害を受けることになった左目。

高校、偶然見られたことで異常だと危機感を他人に植え付けた左目。

左目、左目、左目。

大嫌いな左目。

今にも(えぐ)り取ってしまいたいほど醜悪な左目。

害悪を及ぼす左目。

全ての根源である左目。

 こんな左目さえ無ければ。

こんな左目さえ無ければ。

こんな――青色の左目さえ無ければ。






「でも、正直だから何、って感じだよね」

 と僕が俯いたところで、左目さんがそう言ったのだった。

顔を上げると、彼女は微笑みを浮かべていた。

「びっくりしたけど、千早くんが思うほど悪くないよ。と言うか、むしろかっこいい。外人さんみたいで」

「か、かっこ…」

「すごいよね、それ。天然の白人さんくらいしかそんな目してないよ」

 左目さんは、むしろ感嘆とした声を上げた。

意外な反応で、僕は少々戸惑ってしまう。

驚愕して、狼狽(ろうばい)すると思っていた。

けれどそんな反応を見て、僕は少し安心する。

ほっ、と胸を撫で下ろす気分だった。

少なくとも千尋くんと左目さんに限ってないとは思っていたけれど、もしかすればこの眼を見て友人でなくなるかも知れない、とそう懸念していた。

案の定、それは無駄で。

そして予想外に、そんな感想を言われ。

「まぁその目がどれだけ千早を虐めていたかは察するけれど、少なくともお前が嫌うほど俺は嫌いじゃない」

 千尋くんがそう不器用に笑う。

 そうか、と僕はそこで納得して、脱力した。

この目が僕を虐めている、という表現は張り詰めた緊張を緩めたようだった。

深刻な問題を解いて見せたようだった。

『あの時』もそうだったけど、彼は僕の心に絶妙な距離感で踏み入ってくる。

それに救われて。

僕は彼を好きになったのかもしれない。

男同士だけれど。

「みんな、ありがとう…」

「おい千早、楽座は何も言ってないぞ」

 興味なし、と言わんばかりに読書に夢中になっていた楽座さんが剣呑な眼差しで僕を見据える。

さっきまで驚いていたようだったが、どうやらそれは一瞬だったらしい。

刹那目を見開いただけのようだ。

まぁ『これ』を見て驚かないほうが変な話だけれど、それにしても聞く耳持たずと平気で読書する姿は僕のこと嫌っているようにも思えた。

僕だけでなく、左目さんにも同じような鋭い眼光を浴びせることも多々ある彼女は――彼女の柔らかな瞳を見ることができるのは、どうやら千尋くんだけらしい。

 


 


 そんな彼女が。

「どういたしまして」

 と千尋くん以上に不器用な引き攣った笑みを浮かべて言ったのだった。

ぎこちなく、歪んだ微笑は悪魔のようで――僕にとっては身の毛が立つほどに恐ろしいものだったということはどうやったって言えるはずもなく。

あぁ、と溜め息を吐くものの、どこかそんな関係が心地良かったりもしたので、彼女の微笑みは素直に天使のそれだと思うことにしよう。

例え悪魔染みた笑みだったとしても、綺麗だったということは言うまでもないのだから。

 


 


 そして楽座さんはそんな恐ろしい微笑みのまま、隣に座る千尋くんと肩が触れ合うほどにまで距離を詰めながら再度「どういたしまして」と言うのだった。

どうやら、悪魔のような笑顔を作り出すのは性格に起因するものらしい。

左目さんが嫉妬で(わめ)いた。

千尋くんは満更でもなさそうだったけれど、僕も左目さんに便乗して喚くとしよう。

珍しく大きな声を上げる。





 背後に青色の猫がいた。

『にゃおん』という少女の鳴き声は僕たちのそれに掻き消されたようだった。

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