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夢を見た――ひどく魘されたものだった。
醤油に漬けたような真っ黒の毛並みの黒猫が喋っていた。
虹色の細い瞳がやけに際立って見えた。
細長い尻尾を器用に動かして俺に手招きをしている風に思えた。
『こっちにおいで』と、そう聞こえた。
◆
夢を見た――。
黒猫がゆっくり歩き出したのを見て後を追いかけた。
ふらふらと細長い尻尾を揺らしていた。
『私の名前は■■■だ』と黒猫は振り返って名乗った。
俺には聞こえなかった。
黒猫に名乗り返した。
「俺の名前は立屋 千尋だ」
黒猫はそれを聞いて甘えた声で鳴いて見せた。
◆
「そう言えばお前、この辺りで私と同じような猫を見なかったか。鮮やかな色の猫だ」
「………」
「もし見かけても付いて行かない方が良い。色猫は昔から不幸の前触れと言う」
「………」
「私は色猫が嫌いだ。絶滅してくれ」
「俺は黒猫が好きだよ」
黒猫は快活に笑った。
◆
「夢を食べる生物って何だと思う?」
「………」
「正解はバクだよ」
「夢を食べるのは人間だと俺は思う」
「それもそうだ」
黒猫は微笑んだ。
「過去も現在も未来も、全部人は食らう」
「俺は別に食べようと思わない。おいしそうじゃないし」
黒猫は微笑んだ。
◆
「お前は私のことが好きか?」
「大好きだよ」
「そうか、私もお前が大好きだ」
「俺は君以上に好きだよ」
黒猫は頬を赤らめた。
◆
「未来を変えたいとは思うか?」
「思う」
「過去を変えたいと思うか?」
「思う」
「現在を変えたいと思うか?」
「思う」
「なら何を変えたいと思う?」
「何も変えたくないと思う」
黒猫は愛くるしい声で苦笑いした。
◆
「さて、夢もそろそろ終わりだが、何か言いたいことはあるか?」
「君の名前は?」
「■■■と名乗っただろう」
「あぁ、そっか。■■■か――」
「良い名前だろう」
やっぱりどうしても俺には聞き取れなかった。
「起きればもう朝だ。じゃあな」
「また会おう」
「………」
黒猫は沈黙して黒い渦の中へと消えていった。




