灯り
Rは…つけたほうがいいのかな? セーフだと思ってるんですが…。アウトっぽかったらご指摘ください^^;
「……」
言葉もなく、暗い窓をじっと見上げる。
最悪の事態の予行演習を繰り返していた割に、失望の痛みは鋭かった。
カーテンが部屋の明かりを遮っている、と自分を誤魔化せるような暗さではない。
明かりをつけてくれる誰かは、私の部屋にはいないのだ。
わかりきっていたことなのに、絶望が重くのしかかる。
いつも、他人に期待してはいけないと自分に言い聞かせてきたのに。
裏切られることには慣れていたはずなのに。
ましてや、あんな行きずりの男に、なにを期待できよう?
……私はいつの間にか、夢を見すぎていたらしい。
甘い夢は見すぎると中毒する。
命に関わる毒が回る。
身体に染みついた既知の教訓。
私は絶命の瞬間に似た息を吐くと、がらがらと崩れそうな身体を支え、足を引きずりながら三階までの階段を上った。
チャイムを押してももちろん返事はなかった。
最後の希望までも打ち砕かれて、部屋の鍵を開ける。
ドアを開けた途端、異臭が鼻をついた。
暗い部屋に充満する、強烈なアルコール臭。
なに? どういうこと?
荷物を放り出して、玄関の明かりをつける。
とにかく空気を入れ換えようと、慌ててキッチンに向かい換気扇のスイッチに手を伸ばす。
「よう、蒔子さん。お帰り」
闇の中から気怠そうな声が聞こえたときは、心臓が止まるかと思った。
「えっ?!」
弾かれたように振り向く。
「秋雨?」
ダイニングを抜け、部屋の明かりをつける。
秋雨は、壁に寄りかかり、カーペットの上に長い脚を持て余すようにして座っていた。
片手には酒の入ったグラス。
グラスと、テーブルの上や下に転がっているブランディやウィスキーの瓶が、臭気の原因だ。
秋雨は長めの前髪をかきあげ、斜めに私を見た。
「……なに、驚いてんだよ」
「だって……。だって、いないと思ってたから……」
「いていいつったの、そっちだろ」
「そうだけど……」
あれほど秋雨が留まってくれることを祈っていた私なのに、いざ諦めていた彼の姿を部屋の中に見ると、どう反応していいか、とっさにはわからなかった。
「いるなんて、思わなかったから……」
それまで頽然としていた彼が、むっとして唇を曲げる。
「んだよっ。俺は、着替えたら、出てくのがメンドーになったから、いただけだ。あんたがでてけってんならいつだって……」
威勢はいいが呂律が回っていない。
かなり飲んでいるようだ。
「そんなこといってないわ。いてくれてうれしい」
「…ふん」
何故か、素直にそんな言葉を口にしてしまった自分への戸惑いを隠し、秋雨の側に近づく。
「ね、れより、いつから飲んでたの?」
「……昼から。蒔子さん、いい酒持ってんね」
昼から?
棚を見ると、並べていた、貰い物や自分で選んだナイトキャップ用の酒が、残らずなくなっている。
あれを全部?
昼間からずっと飲み続けてたの?
私だって酒は嫌いじゃないが、これはひどい。
封を切っていなかったのが二本。半分足らず残っていたのが三本?
すべて洋酒ばかり。
それだけの量を空けたというなら、匂いをかいだだけで酔いそうなこの臭気もうなずけようものだ。
いや、そんな問題じゃない。
なんで、彼はまだしゃべれるんだろう。
急性アルコール中毒で倒れてもおかしくない。
「ねえ、秋雨」
肩を揺する。
「大丈夫?」
「うるせーなぁ」
秋雨は私の手を乱暴に振り払った。
「でも、そんなに飲んじゃ身体に悪いわ」
そう言った途端、秋雨は私を見て、にやっと笑った。
「なぁに、蒔子さん。俺が、役に立たないんじゃないかって、心配してんの?」
「そんなこと言ってないでしょ」
かっと頬が熱くなる。
人が心配してるのに、なんてこというんだろう、この男はっ。
秋雨の手からグラスが滑り落ちる。
鈍い音。
グラスは割れなかったが、半ばまで残っていた琥珀色の液体が、カーペットに広がった。
「グラスがっ」
グラスを拾おうとした私の手首を、秋雨の長い指がつかんだ。
アルコールが入ってさえ、冷たい手。
「秋雨?」
「だーいじょうぶだって、」
私の顔をのぞき込む。
「ちゃんと勃つから。何度だってイカせてやるよ」
酒臭い息。
綺麗な顔に皮肉な笑いを浮かべ、
「今から、ショーメイする」
秋雨はそのまま私を押し倒した。
「ちょっとっ、冗談はやめて!」
「なにが冗談?」
秋雨のしなやかな指は、あっという間にかっちりと着込んだスーツを突破し、ブラウスのボタンに取りかかっている。
「イヤだっていってるでしょ!」
抗うが敵わない。
酔っていても、男の力は強い。
「やめなさいってば!」
こんなときにそんな気になれるはずがないっ。
「秋雨っ! …んぅ…っ」
彼は私の口をキスでふさいだ。
冷たい指が下着の中にもぐり込む。
そして、官能的なくちづけが、明るい場所で肌をさらすことへの羞恥はおろか、抵抗をすら忘れさせ、私の身体の奥に火をつける。
長いキスの後、秋雨は顔を上げた。
抵抗の気力を失ってただ息をつく私に、その悪魔のように色気のある眼差しを向けると、
「もう抵抗しなくていいわけ? どうせだったら、今日は昨日よりハードにしねぇ?」
嘲弄口調。
「…っ!」
かっとして、私は秋雨の頬を殴った。
「結構。それでこそ蒔子さん」
残忍な笑み。
秋雨は赤くなった頬をなでると、
「平手のお礼に、今夜は泣くまで苛めてやるよ」
にやりと笑って宣言し、秋雨は顔を背ける私のあごを押えて、乱暴に冷たい唇を押し当てた。