傷
敏感な場所を巧みに避けて、私をなぶる冷たい指。
指よりも冷たい小指の指輪の感触にはっとしたが、やがてはそれも忘れ彼に溺れる。
たった何度かで、私の弱点を的確につかんだ彼に翻弄され、わけなく高みまで昇らされていく。
浅い息をくり返す私に軽くくちづけ、秋雨は左手首をぎゅっと握った。
「……?」
訳が分からず、彼を見つめる。
彼は浅く笑い、手首に唇を寄せた。
太いベルトの端を白い歯で噛む。
「だめっ」
私は反射的に悲鳴を上げた。
「それはダメっ」
左手首を庇おうと身を捩る。
「なんで?」
「………」
問われても答えとなる言葉を私は持たない。
でも、それは、言葉とか理屈にする以前の段階にある、犯しがたい禁忌なのだ。
破ってはいけないのだ。
「時計は外さないで!」
「いーやだね」
嬉しそうに秋雨。
抵抗しても、彼を煽るだけだ。
あらがいようのない力で私を押えつけ、ベルトを口で外す。
眠るときも外したことのない時計のベルトがするりと落ちる瞬間、私は絶望の声を上げた。
「やめて……! 見ないでっ」
……それを見ても彼は驚かなかった。
ただ無言で凝視する。
ベルトの下に隠されていた醜くひきつれた一筋の傷を。
握る手に力が入ったのを感じる。
彼は再び左手首に唇を寄せた。
そのまま口づけ、傷痕に舌を這わせる。
傷痕を確かめるように……そして癒すように、ゆっくりと。
瞬間、冷めかけていた感覚がスパークした。
「んっ、」
身体が震える。
背筋に熱病にも似た快感が走り、私は思わず声を上げた。
「ふっ……んああ」
絶望とは違う声を甘く。
「ためらい傷もなしでばっさりか……。結構情熱的じゃん」
嗤いを含んだ口調。
彼はもう一度傷痕に口づけ、
「……こんなの気にしてんの? かわいいね、蒔子さん。……傷なんて大したことねぇよ、隠すほどのモンじゃない」
無責任に耳元でささやかれる優しい言葉。
私の痛みが彼にわかるはずない。
心のどこかでそう反発しつつも、残り半分の私は、彼の優しい言葉に歓喜した。
それが女を思う通りにするための常套手段でも、不純な理由から発せられたものであっても、私は優しい言葉が聞きたかった。
彼の口からそれを聞くことを願っていたのだ。
願いは果たされた。
それによって、私の中の何かが壊れた。
「秋雨」
熱く彼の名を呼び、唇を冷たい唇に寄せる。
私は貪欲に彼を求め、彼によって作り出され高波のように襲い来る快楽の海に溺れ、幾度となく高みまで昇りつめた。
章の区切りなので、短めでごめんなさい。
次回より第二章に入ります。