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悲しみの卵  作者: 朔良
第一章 あきさめ
12/32

 敏感な場所を巧みに避けて、私をなぶる冷たい指。

 指よりも冷たい小指の指輪の感触にはっとしたが、やがてはそれも忘れ彼に溺れる。

 たった何度かで、私の弱点を的確につかんだ彼に翻弄され、わけなく高みまで昇らされていく。

 浅い息をくり返す私に軽くくちづけ、秋雨は左手首をぎゅっと握った。

 

「……?」

 

 訳が分からず、彼を見つめる。

 彼は浅く笑い、手首に唇を寄せた。

 太いベルトの端を白い歯で噛む。

 

「だめっ」

 

 私は反射的に悲鳴を上げた。

 

「それはダメっ」

 

 左手首を庇おうと身を捩る。

 

「なんで?」

「………」

 

 問われても答えとなる言葉を私は持たない。

 でも、それは、言葉とか理屈にする以前の段階にある、犯しがたい禁忌なのだ。

 破ってはいけないのだ。

 

「時計は外さないで!」

「いーやだね」

 

 嬉しそうに秋雨。

 抵抗しても、彼を煽るだけだ。

 あらがいようのない力で私を押えつけ、ベルトを口で外す。

 眠るときも外したことのない時計のベルトがするりと落ちる瞬間、私は絶望の声を上げた。

 

「やめて……! 見ないでっ」

  

 ……それを見ても彼は驚かなかった。

 ただ無言で凝視する。

 ベルトの下に隠されていた醜くひきつれた一筋の傷を。

 

 握る手に力が入ったのを感じる。

 彼は再び左手首に唇を寄せた。

 そのまま口づけ、傷痕に舌を這わせる。

 傷痕を確かめるように……そして癒すように、ゆっくりと。

 瞬間、冷めかけていた感覚がスパークした。

 

「んっ、」

 

 身体が震える。

 背筋に熱病にも似た快感が走り、私は思わず声を上げた。

 

「ふっ……んああ」

 

 絶望とは違う声を甘く。

 

「ためらい傷もなしでばっさりか……。結構情熱的じゃん」

 

 嗤いを含んだ口調。

 彼はもう一度傷痕に口づけ、

 

「……こんなの気にしてんの? かわいいね、蒔子さん。……傷なんて大したことねぇよ、隠すほどのモンじゃない」

 

 無責任に耳元でささやかれる優しい言葉。

 

 私の痛みが彼にわかるはずない。

 心のどこかでそう反発しつつも、残り半分の私は、彼の優しい言葉に歓喜した。

 それが女を思う通りにするための常套手段でも、不純な理由から発せられたものであっても、私は優しい言葉が聞きたかった。

 彼の口からそれを聞くことを願っていたのだ。

 願いは果たされた。

 それによって、私の中の何かが壊れた。

 

「秋雨」

 

 熱く彼の名を呼び、唇を冷たい唇に寄せる。

 私は貪欲に彼を求め、彼によって作り出され高波のように襲い来る快楽の海に溺れ、幾度となく高みまで昇りつめた。



章の区切りなので、短めでごめんなさい。

次回より第二章に入ります。

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