失われた記憶
「●●●…。どうして。」
目の前に立つ一人の男に声をかける少女の意識は朦朧としていて自分が今どんな状態でいるのかがまったく理解出来ていなかった。
「シュ●…。シ●●…。●●●………。」
どうして私の名前をちゃんと呼んでくれないの?それとも私の方がおかしいの?と少女は泣きそうになる。きっと私がおかしいんだ。
そうじゃなかったらこの愛しい人が私の名前をちゃんと呼んでくれないことなんてないはずだもの。
少女は自分にそう言い聞かせた。
「ちゃんと…名前を呼んでよ…●●。」
しかし、その自分も男の名前を正確には呼べていなかった。
その事に凄く動揺したのと同時に男の名を一生懸命思い出そうとした。
しかし思い出そうとするたびに酷い頭痛がする。
それに瞼が重くて目を閉じたくてしょうがない。
でも、今目を閉じたらきっと後悔する結末になると思うと彼女は悟った。
きっと、どこかで読んだ本に出てきた可哀そうなお姫様のように、目を覚ました時にはきっと自分は男の事を覚えてはいないのだと確信したのだ。
「愛してるよ…。シュリ。」
男の声は世界で一番愛している人のものなのに、少女の名を呼ぶ声とともに男は近づき少女の目を見て悲しそうに微笑んでから目を閉じさせた。
次に目を開けた時、少女が名を忘れてしまった愛する男が居ないのなら永遠に目覚めたくはない。
遠のく意識の中で少女、シュリが思った事はそれだけだった。
男の悲しい笑顔だけを目に刻んで…――――
“愛してる”と言ってくれた声だけを胸に抱いて…―――――