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村の異(7)

 忘れられた村、預言者の悲恋、爆発、そして奇跡の生還という、メディアが飛びきそうなネタが揃っていたせいか、事件は連日、ニュースで大きく取り上げられた。

 でもしばらくすると一転して、すべて僕らの虚言、つまり嘘じゃないかっていう見方が多くなっていった。

 警察の必死の捜査にもかかわらず、現場からは磯村多恵子さんどころか村人の一人すら見つからなかったのだ。

 さらに、最も僕を驚かせたのはあの村には何十年と人が暮らした形跡がなかったということだ。

 僕らの前で火が燃え広がったあの館も、すでに数十年前に焼け落ちた後だったということだった。ただ敷地の隅に唯一残っていた倉庫には、古くなった缶詰が大量に残っていたらしい。

 僕を助けてくれた執事が誰なのか、あの綺麗な館は何だったのか、僕に確かめる術はなかった。

 もちろん爆発の説明がつかないことや、マナブの両親の死体に他殺の形跡があるとから、僕らを嘘つき呼ばわりする人はすぐにいなくなった。

 それでも肝心の村人たちだけは、いつまで経っても見つからなかった。事件は次第にテレビ画面から消えていってしまった……。


「結局なんだったんだろうな、あいつら」


 ぽつりと言ったのは、隣を歩いていたリュウジだ。僕は少し彼を見上げて答える。


「分からない。思い出すと、あの日のことは本当に幻だったような気がしてくるくらいだよ」


 彼らが本当に存在したのなら、今ごろまたどこかで新しい異空間を作り出しているのだろうか。僕はたまにそんなことを考えた。

 事件の後、僕が学校に登校するのは今日がはじめてだった。

 殴られた肩の傷が思ったより重症で、事件の後、僕はしばらく入院していた。

 ようやく退院して、何日か自宅療養してから久々に学校に行く準備をしていると、どこで住所を調べたのかリュウジが家まで迎えに来たのだった。

 先生から、今日から僕が登校すると聞いていたのかもしれない。


「そういえば、マナブ君はあれからどうなったの?」


 ひとしきり事件の話をしたあとに、僕は覚悟を決めて聞いた。ずっと気になっていだけど、入院していたせいで何も聞かされないままだった。


「マナブはまだ入院してて、専門の先生にカウンセリングを受けてるよ。退院したらじいちゃんの家に住むからって、もう近くの学校に転校の手続きを済ませたらしいぜ」

「そうなんだ……」


 あれだけの体験をしたんだから、無理もないと思った。

 せっかく仲良くなれたのに、これからマナブ君と同じクラスじゃなくなったと思うと寂しかった。

 そしてもう一人、僕には気になっている人がいた。彼にあの『異空間』がどう映ったのか、あの中で彼が何を感じていたのか、入院している間、僕は何度も知りたいと思ったものだった。


「カズキはさ、あれからどんな感じなのかな?」

「実はあの事件以来、一回も話してないんだ。どうも俺を避けてるみたいな感じだ。もちろん事情聴取とかインタビューとかで慌ただしかったのもあるけど、それだけじゃないような気がする。俺が話しかけても無視して行っちゃうし……俺、何かあいつに悪いことしちゃったのかな?」


 リュウジはそこまで喋ったところで、「あ、リュウジ君がいるよ~」と、違う道からやってきた同じクラスの女子たちの集団に連れて行かれてしまった。


「あ、ちょ、ちょっと……」


 僕が呼びかけてもお構いなしで、女子たちはリュウジを連れて行ってしまい……もう慣れているのかもしれない、リュウジは事件に関する質問攻めにあっていたけど、それを一つ一つ器用に受け流していた。

 それにしても、僕も事件の当事者のはずなんだけど。


「ごめん、また後でな!」


 そう言うリュウジに手を振って、僕は校門をくぐった。

 教室に入りランドセルを置くと、すぐにカズキが話しかけてきて驚いた。理由は分からないけど、リュウジの話を聞いて、てっきり僕も避けられるかと思っていたんだ。


「デブが磯村多恵子について調べたけど、聞きたいか?」


 ちょっと無愛想な感じで、カズキは言った。

 一瞬、何のことか分からなかったけど、すぐに村にいた老婆のことだと気づく。僕は頷いた。


「磯村多恵子は当時かなり有名な預言者だったらしくて、ネットに資料がたくさん落ちてた。あの女があんなになるまで人間を恨んでいた理由だけど、ようやくしっくりきたよ。だってたかだか予言を信じてもらえず迫害されたくらいで、あんな状態になるかよなぁ。裸で包丁やらこん棒やらぶんぶん振り回してさ」


 あちこちから反論が出そうな意見だったけど、僕は黙って聞いていた。


「でも違ったんだ。磯村多恵子は軍の上層部の恋人と逃げようとして、目の前で恋人を斬り殺されたっていう資料が残っていた」


 僕は一瞬頭が真っ白になった。だって磯村多恵子さんの恋人って、例の館にいた執事のおじさんのはずじゃ……。

 思わず、教室で僕は大きな声を上げてしまっていた。


「だってタエコさんの恋人だった執事のおじさんは生きていて、あの館で僕らを守ろうとしてくれたじゃないか!」

「あのおっさんの服装だけど、肩から赤いたすきみたいの掛けてただろ?」

「うん、そういえば……」


 僕は思い出す。そういえば肩から変わったたすきのようなものを掛けていたはずだ。


「あれ、日本帝国軍の正装らしいんだ。あのおっさんは執事じゃなかったんだよ。ひょっとするとあの男は、何十年もあのままの姿であそこに……」


 僕は腕にびっしりと鳥肌が立っていくのを感じた。そもそも戦争を経験しているにしては、彼の年齢はおかしかったんだ。

 もし『何らかの理由』で彼の姿が当時から全く変わっていないとすれば、当時はかなり年の離れた恋人だったことになる。


「まぁ、兄貴が調べられたのはこれまでだ。あとはどう受け取ろうと、俺たち受け手の勝手な想像に過ぎないけどな」


 カズキはそう言うと、ぼりぼりとめんどくさそうに頭をかいて、


「それより、もう俺と仲良くするなよ。またあんな目にあいたくないだろう?」


 そう言い残して早足で去っていこうとした。


「待って!」


 僕はその背中に声をかけた。そこで呼び止めないと、二度とカズキとは話ができない気がした。

 しばらくためらう様子を見せて、カズキは振り返った。


「僕はあの館で、すごく怖い思いをして、もう二度とこんな目にあいたくないと思った」


 カズキは珍しく神妙な顔をして、僕の話を聞いていた。僕は続ける。


「でも、同時に興奮していたんだ。平凡だった僕の人生が、はじめて未知の空間に足を踏み入れて、死と隣り合わせの体験をしたことに。君はあんな場所をいくつも知ってるの? それなら、僕ももう一度そんな場所を見てみたい。今の生活に不満があるわけじゃない、でも、うまく言えないけど、それだけじゃダメなんだ!」


 それは入院中にも何度となく感じていた、僕の正直な気持ちだった。

 僕は極限尾状態の中で死にかけたにも関わらず、あの状況を楽しんでいる部分があったんじゃないだろうか。自分でもまともじゃないと思いながら、病院で生気の抜けたような時間を過ごした僕は、その考えを否定することができなかった。これまでの平凡な人生に戻っていくことが、とても恐ろしいことのように思えた。


「『異空間シンドローム』だ」カズキは言って、口の端をあげた。

「異空間、シンドローム?」

「今のユウみたいな気持ちのことを、俺はそう呼んでる。そのうち抜け出せなくなる。いろんな意味で。それでも危険を承知でっていうんなら、『俺ら』は歓迎するぜ」


 すっと、カズキは照れくさそうに右手を差し出し、僕はためらわずに、その小さな手を取った。

 どこにでもいる平凡な小学4年生、それが僕だった。

 だけど、その手に触れた瞬間から、僕の人生はいくつもの得体の知れない『異空間』へと飛び込んでいくのだった。


「よろしくね、カズキ」

「おう!」






 To Be Continued→

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