村の異(4)
最初は十五分に一度だった。それが、最終的に二、三分に一度になった。
トイレに行くたびに水のような便が出て、そのたびに僕はげっそりとしてベッドに戻るのだった。
「ユウもか」
一度、トイレが空くのを待っているリュウジとも出くわした。
「リュウジ君も?」
「絶対あの豆のせいだよな。古かったんだよ、なんか酸っぱかったもん」
「やっぱり、それしか考えられないよね……」
トイレから出てきたカズキも、やっぱりげっそりとしていた。額には汗が浮かび、顔は土気色だ。
「やっぱりこの館、絶対におかしいよ」
カズキがふらふらとベッドまで歩いていくのを見ながら空になったトイレの前で言うと、リュウジはちょっと真剣な表情で考える仕草をした。
思えば彼のこんな表情は今までほとんど見たことがなかった。腹痛を我慢してるだけかもしれないけど。
「確かにちょっと変だけど、気にするほどのことでもないだろ。ほら、こういった村とかって都会じゃ信じられないような風習が残ってたりするし。こう町から遠くちゃ、食事も缶詰中心とかになるんじゃねーの?」
「そんな……」
こんなおかしなことが続いてもまだ、リュウジはほとんど緊張感を持っていないようだった。
図太いというか、僕は少し彼がうらやましくなる。
「でも、リュウジ君だってあのぼこぼこに凹んだ車を見たでしょ? あの車だって、ひょっとしたら僕たちここに誘い込むためにあんな乱暴な運転をしたのかもしれないよ」
「でも何のためにそんなことをするんだ?」
「それは、分からないけど」
「とにかく朝まで待つしかないよ。もしここがユウの言うような危険な場所なら、外に出るのはもっと危険だと思う。あの執事のおじさんも言ってたし」
「うん……」
確かにそのとおりだと思った。先にリュウジがトイレに入り、僕はお腹を押さえながら彼が出てくるのを待った。
お腹にほとんど何も残っていないような状態になって、僕はようやくまた眠ることができそうだった。
もう深夜かと思っていたけど、時計を見るとまだ十時前だった。この村に来て、もう一日以上の時間が経っているような気さえする。
何度かまどろみを繰り返して、ようやく眠りに落ちそうになったところを、僕は激しく揺すり起こされた。
「な、なに!?」
驚いて起きると、暗い部屋の中、ぼうっと立っていたのはカズキだった。
「ど、どうしたの……!?」
僕はまだ寝ぼけたまま、起き上がって聞いた。カズキは今まで見たことのない、真剣な表情をしていた。
「今トイレに行った帰りに気づいたんだけど、布団の中におじさんがいない」
「え」
僕はそう言ったきり言葉を失った。恐れていたことがついに起きた、そんな気がして、背中に冷たい汗が流れた。
「リュウジは……リュウジは大丈夫なの?」
僕が思い出し、取り乱して言うけど、カズキは落ち着いた様子で答えた。
「あぁ、あいつならそこでまだ寝てるよ。あんまり気持ちよさそうだったから起こさなかった」
見ると、リュウジはお腹を出して気持ちよさそうに寝ていた。確かに、あれでは起こしづらいだろう。というか、僕もぐっすり眠っていたはずだけど……?
「それで、今からどうするの?」
僕は聞いた。おじさんが消えたことを知って、このまま知らないふりをして寝る、という訳にもいかないだろう。
「おじさんの身に何かあった可能性が高い、おじさんを探しに行こう。だけどその前に、隣のマナブとおばさんの部屋も覗いてみようぜ」
「分かった」
僕らは暗い廊下に人がいないことを確認してから廊下に出ると、隣の部屋を覗いた。部屋は僕らと同じ大きさだけど、ベッドが二つしかないのでかなり広く感じられる。
僕はふくらみの感じられない掛け布団を、ゆっくりとめくった。
「いない……誰もいないよ」
そこには既にマナブの姿もおばさんの姿もなく、乱れたシーツが残されているだけだった。ひどく嫌な予感がして、動悸が早くなっていくのが分かった。
「きっとあの執事のおじさんに捕まったんだよ。だってここには、あのおじさんしかいないんだから!」
「それはおかしいよ」
「どうしてさ!?」カズキの落ち着きが、僕の恐怖や焦りをさらに煽っているようだった。
「だって執事が『危険だから外に出るな』って言ったんだぜ」
「だからそれはウソで、僕らを外に逃がさないために……」
言いながら、僕は自分の考えのおかしさに気がついた。
「そうだ、もし本当に俺たちに外に出てほしくないのなら、何も言わなければいいだけだろう。そしたらこんな夜中に、わざわざ外に出ようなんて思わない。外には本当に、何か危険があるんだよ」
「じゃあおじさんやおばさん、それにマナブはどこに消えたの?」
「俺の予想だけど、逃げたんだと思う。眠ろうとするうちに不自然な点に思い至ったのか、マナブかおばさんが怖がったのかは分からないけど、きっと今のユウみたいに執事が危険だと勘違いして、俺たちを置いて外に……」
その瞬間、僕らの耳に甲高い叫び声のようなものが聞こえてきた。それはまるで……そう、まさに女性の悲鳴のようだった。
鼓動が一気に早くなっていく。僕とカズキは顔を見合わせた。
「ど、どうするの……?」
僕はカズキがなんて答えるか分かって、そう聞いた。
「外に行こう。何があるか確かめないと、俺たちももう安全じゃない」
僕は頷き、カズキのあとについて走り出した。