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旧校舎の異(6)


 月消ゆるとき 扉の前に生贄を捧げよ


 黄泉の扉 再び開かれるだろう


 汝想い人とまみえるが もはや月満ちることはなく


 宇宙は かつてない混沌に包まれるだろう………



 この予言は、皆既月蝕が起こるときに黄泉への扉の前で生贄を捧げれば、もう一度扉が開き、生者と死者の世界と繋がって世界が混乱するというような意味じゃないだろうか。

 想い人というのは好きな人のことだろう。その言葉を聞いてとっさに僕の頭に浮かんだのはキョウコさんの不機嫌そうな顔だった。

 この予言がその場にいた僕を基準にしたものかは分からないけど、もしそうだとすると、生贄となるのはキョウコさんの可能性も十分にある。

 僕は駅の駐輪所に自転車をとめると、電車でK市総合病院の最寄駅に向かった。

『黄泉の扉』と聞いて真っ先に思い浮かべたのが、僕やカズキが神隠しに遭った場所である、K市総合病院の階段だった。黄泉への扉が『再び』開かれるというのなら、かつて一度開いたあの場所以外には考えられない。

 人身事故の影響で電車が遅れる中、僕はホームに溢れる人ごみをかき分けて駅を抜けると病院へ急いだ。

 以前と同じように夜間面会者用の入り口から中に入り、病院の関係者から姿を隠すようにしてエレベーターへ。

 最上階でエレベーターをおり、ぼんやりと緑色に光る電灯の下を歩いて僕は例の階段へ向かった。


「……なのね………ここだと………あり得…いわ……」


 階段の三メートルほど手前で、不意に内緒話をするような女性の声が聞こえてきたので、僕は反射的に壁に張りついて身を隠した。

 僕は耳を澄ましてみると、二人が小声で会話しているようだった。


「……やっぱりここじゃなかったようね」

「だから何度も説明したじゃない。この扉はもう閉じてしまっているって」

「そうは言うけれど、あなたにだって他に心当たりはないのでしょう?」

「うるさいわね、私だってそんなにホイホイと扉を見つけられる訳じゃないのよ。そんなことよりどうしてあなたタメ口なわけ!? 私のほうがあなたより三つも年上なのに」


 聞き覚えのある声だった。

 僕は階段をおりていく二人を追いかけ、その背中に声をかけた。


「キョウコさん、無事だったんですね! それに……ユウカさんも一緒だったんですね」


 そこにいたのはひらひらとした黒服に身を包み、赤い傘を手にしたキョウコさんと制服姿のユウカさんだった。どちらも僕を見て驚いたような表情をしている。

 キョウコさんが無事のようで、僕はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。


「ユウこそ、どうしてここに……いや、それより私が無事ってどういう意味?」


 僕はこれまでの経緯をひとつひとつかいつまんで説明した。

 飼育小屋の動物が消えたこと、旧校舎に忍び込んだこと、旧校舎でカズキが村から持ち帰った件を飼っていたこと、件の遺した予言、そして皆既月食が近づくにつれて増える怪奇現象。僕とカズキの関係にヒビが入っていたことも、もう隠してはおけなかった。

 想い人と聞いてとっさにキョウコさんを連想したことは黙っていたけど、ひょっとするとバレたかもしれない。説明するうちに顔が赤くなっていくのが分かり、僕はいろんな意味でハラハラとした。

 僕の言葉を聞くうちにキョウコさんの表情は険しくなり、完全に聞き終わらないうちにキョウコさんは病院の廊下を脱兎のごとく駆け出した。


「私についてきて、詳しいことは後から説明するから!」


 キョウコさんは有無を言わせぬ口調で、その場に固まっていた僕らに言葉を投げた。

 僕とユウカさんは顔を見合わせ、すぐにキョウコさんのあとを追った。

 病院の前でタクシーを捕まえると、僕らの様子を見て驚く運転手さんを尻目に後部座席に乗り込んだ。

 キョウコさんは行き先に、僕とキョウコさんが通う小学校の最寄りの児童館の名前を告げた。

 行ったことはなかったけど、両親が共働きの家庭なんかのために夜間まで児童に開放されているらしい。タクシーを使うこと自体は怪しいけど、特に不審な行き先でもないはずだ。


「そろそろ説明しなさいよ」


 車が出るとすぐに、ユウカさんが急かす。目的地までは三十分くらいだろうか、車の時計に目をやると皆既月食が起こるという十一時まではもう一時間と少ししかない。


「じゃあまずユウのために、私とユウカさんがあの病院にいた理由を説明するわ」


 僕は頷いた。ユウカさんは不服そうだけど、文句は言って話の流れを止めることはなかった。


「このところ各地で怪奇現象が起こっているのはもちろん知っているわよね」

「はい」といっても知ったのはついさっきなんだけど。

「怪奇現象……具体的にはラップ音やポルターガイスト現象の報告など、比較的害の少ないものや、低級霊の影響を受けた自殺者の増加など、ここ一月ほどで超自然的、霊的な出来事が多発しているわ。件の予言が正しければ、これからさらにひどくなるはずよ」

「自殺者の増加……」


 僕は自分の乗っていた電車が遅れていた理由を思い出し、腕に鳥肌が立っていくのを感じた。


「私は以前、あなたたちが神隠しにあったような死者が通るための入り口がどこかにあって、何らかの理由で扉が閉じずに開いたままになっているんじゃないかと考えた。そこから本来こちらの世界に戻れないはずの霊が入り込んでいるんじゃないかって」

「それでユウカさんと接触して扉を探していたんですね」


 ユウカさんは宗教団体に洗脳されかけたせいで、死者が通るための扉を見つけることができるようになったんだ。

 僕の問いかけにユウカさんはこっくりと頷き、


「扉が開くとすれば霊的な力が強くなる皆既月食の今日が怪しいと踏んで、数日前からユウカと心当たりを片っ端から当たっていた。でも私たちは間違っていたようね。だって黄泉の扉は人の手で開かれていたんだもの」

「どういうこと……結論を言いなさいよ!」

「カズキが開けたのよ。カズキはきっと何らかの呪法を使ってソウタさんを呼び出そうとして、誤って別の生き物を呼び出してしまった。それがきっと、件よ」

「じゃあカズキが村で見つけたって言ってたのは……?」


 キョウコさんが何て答えるかなんて分かっているはずなのに、僕は尋ねてしまう。きっとまだ僕の中には、カズキのことを信じていたいという気持ちがあるんだ。


「彼のウソでしょうね。おそらくソウタさんに関わる予言をするだろうと期待して、カズキは件を飼っておいた。そこからはユウの知っているとおり。件の予言にあった『想い人』というのはカズキにとってのソウタさんのこと。あの予言は、カズキがソウタさんと再び会える代わりに、世界が混沌に包まれるという意味のものだったのよ」

「じゃあカズキは、まだソウタさんを呼び出すのことを諦めていないの……」


 ユウカさんは顔を真っ青にして言った。僕の唇も数かにだけど震えていた。

 もしこのままカズキが予言のとおりにコトを進めた場合、カズキは他の誰かを生贄に捧げ、本当に世中が混沌に包まれてしまうことになる。それだけは、なんとしても阻止しないといけない!


「でも、どうして死んだ人を呼び出す方法なんて知っていたんだろう?」


 キョウコさんの話を聞いた僕の頭に浮かんだ、素朴な疑問だった。キョウコさんは赤い唇を噛みながら答えてくれた。


「一度だけ、私が口を滑らせたことがあるの。私自身、その呪法については半信半疑だったし、実際にカズキは一度失敗してベツノものを呼び出してしまっている。それに、そのときは死者がどんな姿で現れるか分からないとも伝えていた。そのときはソウタさんも健在だったし、まさか本当に実行するなんて……」

「カズキは事故で両親を亡くしているんですよ」


 知らなかったのだろう。僕が言うと、二人は口を押さえてひどく驚いた様子だった。


「でもそのときは、その呪法を聞いただけで思いとどまったんだと思います。なぜならカズキには、まだソウタさんがいたから。ソウタさんが過保護なまでにカズキを守ってきたから」


 僕は例の村で、ソウタさんがカズキのために後先考えず村を爆破したことを思い出した。


「でも今は……」


 思えばカズキは寂しがりなところがあったように思う。決して友達が多いほうではなかったけど、カズキは誰より仲間想いで、情に厚かった。

 でもそれが、自分の周りから大切な人が離れていってしまうのを恐れているようにも見えたのも事実だった。

 クラスメイトに対してかたくなに壁を作っていたのも、友達が自分から離れていくのが怖かったからなのだろうか。幼い頃に自分の両親がそうなってしまったように。

 児童館の前で、タクシーは停まった。

 ユウカさんが代金を支払い、僕らはタクシーをおりた。


「どうしてこんな場所でおりたの? 言っておくけどこの児童館に扉がある感じはしないわよ。この辺り全体が、どうもすごく嫌な感じではあるけど……」


 児童館の軒下に灯った明かりが薄くなっていく、左右の暗い道に視線を這わせながらユウカさんは言った。


「運転手に怪しまて通報されると困るからね。本当の目的地は私とユウが通う学校の旧校舎。呪法を教えたときに儀式をするにはなるべく古い建物がいいと伝えたし、件がいたのも旧校舎よ、間違いないわ」


 黒服をはためかせてキョウコさんは走り出し、僕らもあとに続いた。

 皆既月食までもうあと三十分しかない。

 風に木々がざわめき、いくつもの目に見られているような気がして嫌な汗が背筋を伝うけど、僕は足を止めるわけにはいかなかった。

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