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旧校舎の異(3)

「カズキの家に行ってくるよ」


 そう言って家を出ようとすると、母さんは「珍しいわね」と言った。


「最近カズキ君の家に行かないから、てっきり喧嘩したのかと思ってた。今朝も早くからカズキ君と遊んでたの?」

「う、うん。そうだよ」

「仲がいいのはいいけど、カズキ君のおうちの迷惑にならないようにしなさいよ」

「分かったよ、じゃあ行ってくる」

「気をつけてね」


 僕は家を出て自転車にまたがった。

 思えばカズキとはもう二ヶ月以上遊んでいなかった。カズキと僕の関係には相変わらずヒビが入ったままだ。

 夕暮れまではまだ二時間ほどあった。僕はペダルをこぐ足に力を入れて、休日の小学校を目指した。

 小学校に着き、校門の前に自転車を停めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。今日はツイてるかもしれない、僕はその声を聞いてそう思った。

 人気のない校庭を通ってグラウンドへ出ると、予想通りその声はリュウジのものだった。

 休日のグラウンドは生徒に開放されている。彼は何人かのクラスメイトと一緒になってサッカーボールを蹴っていた。その中にはヨシヒコ君の姿もあった。


「お、ユウが来るなんて珍しいじゃん!」グラウンドの隅に立つ僕を見つけて、リュウジは大声で言った。

「僕も混ざっていいかな?」

「当たり前じゃん、一緒にやろうぜ!」


 僕は足元に転がってきたボールを、思い切り蹴飛ばした。ボールは狙いを大きくそれたけど、リュウジはそれを上手にトラップした。

 リュウジには申し訳ないけど、今日は一緒にサッカーをしに来たわけじゃなかった。

 旧校舎で何か得体の知れない生き物を飼っている人間がいると、僕は今朝の探索で確信していた。あの旧校舎にはその生き物の他に、確かに人間が出入りしている気配があったんだ。

 その生き物が例えば大型の動物だとして、ほとんどの動物は毎日エサをやらないと死んでしまうだろう。そしてほとんどの場合、動物にエサをやる時間というものは決まっている。

 学校がある日にエサをやるとすれば、きっと早朝か放課後だ。もしその時間にエサを与えるのが日課になっているのなら、休日も同じような時間にエサを与えにくる可能性が高い。

 今日の早朝は旧校舎に僕とコユキさんがいたから、もし今日エサをやるなら平日なら放課後に当たるこの時間しかない……。

 単純な考え方だけど、間違ってはいないはずだ、と思う。思いたい。

 誰かがやってくるまで旧校舎にほど近い木の影にでも隠れていようかと思っていたけど、サッカーをする人込みに紛れられたのは好都合だった。

 ここなら旧校舎に近づく人影に見つかったり怪しまれたりすることもないだろうし、得点には絡めないけど旧校舎に近づく人影がよく見える位置に移動することもできる。

 そして僕の予想は大当たりするのだった。

 サッカーをはじめて三十分ほどして、旧校舎の前で左右を確認する人影を見つけた。

 グラウンドと旧校舎の間は焼却炉や、暗い雑木林が遮っていて、よほど注意しないとお互いに気づかないだろう。

 人影はグランドでサッカーをする集団なんて気にかける様子もなく、旧校舎に近づくと入り口の扉の前に立ち、引き戸の取っ手の辺りを入念に調べていた。

 しばらくそこに前かがみに座り込んでいて、やがて人影はするりと旧校舎の中へ入り込んでいった。

 小動物を持っていたようには見えなかったけど、手提げかばんのようなものをさげていたように見えた。


「母さんがうるさいから、今日はもう帰るよ」

「おう! またいつでも来いよ」


 リュウジに手を振って、僕は一度校門まで戻り、そこからプールの奥を通る道で旧校舎へ向かった。

 背の低い木が密生していて道は多少険しいけど、この道ならグラウンドから姿を見られず旧校舎へと抜けられる。

 一年生の頃に一度この道を冒険したときは、もっと通りにくかった気がするけど、今は頻繁に人が通るのか細い木の枝がすべて折られてしまっていた。

 旧校舎に着くと、念のためグラウンドから隠れながら人影がやっていたように扉の取っ手を調べてみる。


「これは……」


 すぐに、僕は取っ手に細い糸のようなものがついて校舎の中へ続いているのを見つけた。

 糸を引いてみるが、途中で切れていたようで手ごたえなくすべて僕の手に収まった。十メートルほどの白い糸だ。よほど注意しなければ気づかないだろう。

 一度中を確認して、音を立てないよう旧校舎の中に体をすべり込ませる。例の臭いがツンと鼻につく。

 旧校舎に入ると同時に、図工室から物音が聞こえてきた。

 僕はその音を追いかけるようにして図工室の前に立つと、ためらわずに扉を横に開いた。

 図工室の中にいた少年は、驚きに目を見開いてこちらを振り返った。


「やっぱり、カズキだったんだ」

「ユウか……」


 認めたくなかった。ここにいるのが別の人間だったらどれほど良かっただろう。

 だけど、その異臭漂う血まみれの部屋の真ん中に立っていたのは、僕のよく知るカズキ以外の何者でもなかった。

 カズキは僕と一緒に異空間を冒険していたあの頃とどこも変わらない様子で、めんどくさそうに頭をかきながら言うのだった。


「最初にここを見つけるとしたらユウだろうと思ってたけど、予想以上に早かったな」


『旧校舎に入っていくカズキ君を見た人がいるらしいの……小動物を抱えて、旧校舎に入っていくカズキ君を』


 そんないくつものウワサの主であるカズキは全く悪びれる風もなく、そこで胸を張って立っていた。

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