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旧校舎の異(1)

 まただ……。

 飼育小屋にいる動物の数を数えて、僕は暗澹たる気持ちになった。


「ひょっとして、またなの……?」


 僕が小屋の入り口で呆然としていると、背中からユキコさんの声が聞こえてきた。


「そうみたい、まただよ」


 僕が振り向いて言うと、ユキコさんは顔を青くして、「先生に言ってくる」と言い残し走って行ってしまった。

 飼育小屋の中にはウサギが七匹とニワトリが五羽。昨日見たときは八匹と六匹だったから、またウサギとニワトリが一匹と一羽ずつ減ったことになる。特にいなくなったウサギは、生まれつき足が悪いため、僕とユキコさんが特に手をかけて育てていたウサギだった。

 飼育係として僕とクラスメイトのユキコさんが飼育小屋で飼っているウサギとニワトリの世話を始めて、数が減るのはこれで二度目だった。

 ウサギとニワトリの世話は週ごとに同じ学年の各クラスが順番に受け持っていて、他のクラスが飼育係が担当しているときも同じようなことが起きたことがあるらしい。

 あまりにも動物の数が減るので、大事になるのを恐れて先生が夜中に買い足しているという噂もあるくらいだ。

 飼育小屋の動物を殺すという、一時期ネットで流行った『ヒサルキ』っていう者のウワサをカズキから聞いたことがあったけど、動物をさらってしまう者のウワサは聞いたことがない。

 誰が、何のために動物をさらうのか。飼育小屋で殺さず、やっぱりどこか別の場所で殺すためにさらうのだろうか。僕は考えてさらに暗い気分に落ち込んでいった。

 そして、この件につきまとっているもうひとつのウワサのことを考えると、さらに……。

 ユキコさんとやってきた先生は、小屋の中を見ると、僕と同じようにまたか、という苦い表情をしていた。


「このことは先生から学年主任の先生に話しておくから、君たちはいつも通りに掃除をしなさい。下の隙間から中には入れるけど、念のためきちんと鍵も閉めておくんだぞ」


 飼育小屋は地面と小屋の間に子どもが通れるくらいの隙間が空いていて、そこから手を伸ばして動物を連れて行ったんだろう。少し前にユキコさんとバリケードのようなものを作ったけど、それもいつの間にかなくなってしまっていた。

 状況を確認してから先生が帰っていくと、僕とユキコさんは無言で小屋の掃除をした。

 これがこれから起こる事件の予兆だなんては、僕はもちろんまだ気づいていなかった。


「例のウワサ、知ってる?」


 僕が飼育小屋の鍵を閉めたのを確認して、ユキコさんは言った。

 ユキコさんは小柄で、その名前に似合った色の白い子だった。

 犬のようなたれ目で、長い前髪を触りながらいつもおどおどしているけど、飼育係の仕事を一緒にするうちに少しずつ打ち解けてくれたらしい。


「ウワサ……? 知らないな」


 とっさに、僕は嘘をついた。


「私も友達から聞いた話だから本当かは分からないけど、見た人がいるらしいの」

「見た人? なんのこと?」僕の鼓動は少しずつ早くなっていく。

「実はね、小さい動物を抱えて旧校舎に入っていった人影を見たって子がいるらしいの。ほら、旧校舎ってちょっとだけどグラウンドから見えるでしょう? それで、その人影っていうのが……」

「え、そんな……まさか!?」


 ユキコさんにその人影のことを聞いた僕は、また驚いたフリをした。この噂を聞くのはもう何度目かになるけど、僕はそのたびに知らないフリをしていた。

 僕がこの噂を知っていると分かれば、皆が僕に噂の真偽を確かめようとするだろう。

 でも、僕は何て答えればいいか分からないのだ。噂の真相は、僕にとっても暗い闇の中なのだから。

 ユキコさんは少し残念そうに、


「知ってるかと思ったけど……」とだけ言った。

「ねぇ、そろそろ昼休みも終わるし、もう教室に戻ろうよ」


 ユキコさんと並んで昼休み中の騒がしい教室に戻ると、僕はなんとなくカズキの様子をうかがった。

 カズキは机に伏していた。たまにめんどくさそうに茶髪にした頭をかくところを観ると、眠っているというわけではないらしい。

 例の神隠しの一件があってから二ヶ月。僕はことあるごとに落ち込んだカズキを励まそうといろんな場所に誘ったけど、そのたびに断られていた。廃病院、幽霊デパートの屋上、猫鳴きトンネル、廃線になった線路……。

 カズキはあからさまに僕を避け、僕らは少しずつ疎遠になり、今では僕とカズキの間にほとんど会話すらなくなっていた。

 でも僕は、近いうちに彼とじっくりと話をする必要があることを感じていた。

 たとえ彼が、それを拒んだとしても。

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