村の異(1)
どこにでもいる平凡な小学4年生。それが僕だった。
趣味はマンガを読むこと。好きな授業は国語と体育。嫌いな授業は算数。好きな食べ物はグラタンで嫌いな食べ物はきゅうりの酢の物。
友達は多くもなく、少なくもない。お父さんは優しくて、お母さんはちょっと怖い。
毎日ちゃんと学校へ通い、ずっとこうして日々が過ぎていくんだろうとぼんやり思っていた。もちろんそれで、不満なんかなかった。
でも、そうはならなかった。誇張でもなんでもなく、その日から、僕の人生は変わってしまったのだ。
キーンコーンカーンと、五時間目の終わりのチャイムが鳴って、僕らはいっせいに教科書を閉じた。
今日も、一日が終わろうとしていた。
「なぁ、キャンプ行かねーか?」
帰りの会が終わり、下校のチャイムが鳴ったでリュウジが僕にそう言ってきたので驚いた。
場所は人もまばらになりはじめた放課後の4ー2の教室。
僕がランドセルに教科書やノートを詰めて帰り支度をしていると、急に隣でマナブと話をしていたリュウジに声をかけられたのだった。
「え、だって僕ら、そんなに仲良くないしさ……」
しどろもどろに、思ったことを正直に言うと、リュウジはぎゃははと豪快に笑った。
僕は彼と一度も話したことがなかった。そんな僕はキャンプに誘うなんて、何かの間違いかと思った。
「お前は正直だな。だからこれから仲良くなるんじゃないか」
そんなあっけらかんとした性格で、同級生より一回り大きくてスポーツ万能な彼には、四年に上がってクラス替えがあったばかりというのにもうファンが付いているそうだった。
所属してるサッカークラブでは、六年生にも一目置かれているっていうウワサも聞いたことがある。
僕はうろたえながら、リュウジから彼の隣に座っているマナブに視線をうつした。
「マナブ君も行くの?」
僕が聞くと、「そうだよ」となぜかマナブに変わってリュウジが答えた。
三年の頃からクラスが同じで、おとなしくて気の弱そうなマナブは少し困ったように笑っていたけど、特にイヤがっているっていう感じにも見えなかった。むしろその表情はどこか喜んでいるようにも見えた。
「誰かの保護者が一緒に来るの?」
僕は聞いてみる。もしそうじゃなければ、厳しいお母さんはきっと許してくれないだろう。
「ゴールデンウィークに、僕のお父さんとお母さんが連れて行ってくれるんだ」おずおずとマナブが言った。
色白でくるくるパーマの、外国の子どもみたいなマナブは珍しく満面の笑みだった。
おおかたリュウジがキャンプの話をどこからか聞いて、マナブに一緒に行くと名乗り出たんだろう。そういえばリュウジとマナブが話をしているところを、僕は今まで一度も見たことがなかった。
外は快晴で、春の暖かな陽気が降りそそいでいた。
窓からは低学年が騒ぎながら、校門をくぐっているのが見えた。ゴールデンウィークまで、もうあと一週間だった。
「じゃあ、僕も一緒に行こうかな」僕は言った。
「よし、じゃあ行くか!」
リュウジはそう言って意味もなく拳を突き上げた。
それだけなら良かった。でも彼が前のほうに座ってる少年にまで「お前も来るか?」と声をかけるから、僕もマナブもぎょっとして固まった。
僕は彼の名前すら覚えていなかった。ただ彼に関して悪いウワサを知っていた。
いわく、彼は立ち入り禁止の旧校舎に入り込んだり、タバコを吸ったり、小動物をいじめたりする不良なのだそうだ。
それをそのまんま信じたわけじゃないけど、誰も彼には話しかけなかったので、僕も積極的に仲良くなろうとはしなかった。
彼自身も、めんどくさがりで、あまり人と話すのが好きじゃないよう見えた。
「どこに行くの?」
茶髪にした頭をぼりぼりとかきながら、彼は言った。ちゃんと見たのははじめてだけど、意外と柔和な顔立ちだった。
「へ?」マナブはまるで脅されているみたいに、怯えた声を出した。
「行くんでしょ、キャンプ。どこのキャンプ場なの?」
「H市の山中にあるところだよ。穴場で人がそんなにいないって、お父さんが会社の人から教わったらしいんだ」
「本当についていっていいの?」
マナブはリュウジの様子をうかがいながら、おずおずと頷いた。
「じゃあ行くよ」茶髪の少年はそう言うと、ランドセルをからって教室を出ていってしまった。
予想外の展開に、僕とマナブは驚いた。でもリュウジだけは気にしない様子で、
「うぉぉぉぉ、楽しみになってきた。じゃあ俺はキャンプでカレー食うために今から飯抜くよ!」なんて言っている。
「まだちょっと早いんじゃないかな?」
マナブに突っ込む気配がないので、仕方なしに僕は言った。
こうして、大して仲良くもない僕ら四人はキャンプに出かけることになった。
もちろん、その先にあんな事件が待っているなんて知りもせずに。