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遊園地の異(3)

「そうなんだよ。キョウコさんも意外と楽しんでたみたいでさ、とにかく何事もなく帰れて良かったよ。ヨシヒコ君のことも噂のことも、結局は何も分からなかったけど」

「収穫なしなのは残念だけど、まぁ無事なら良かったよ。いろんな意味でな」


 ラビットランドから帰った夜、僕は今日のことを報告するためにカズキに電話した。

 きっとカズキは、遊園地にあるかもしれない異空間について気になっているだろうと思ったからだ。


「そういえばさ、ヨシヒコ君の件と関係あるか分からないけどちょっと気になることもあったんだ」


 僕はラビットランドの話をするうちにふと思い出して、トイレの裏の空間で聞こえた声の話をした。


「……気になるけど、キョウコが霊がいないって言うならいないんだろうな」


 カズキは霊能さんことキョウコさんの霊感を高く買っているようだった。もちろん僕も信じてないわけじゃないけど……。


「でも、本当に聞こえたんだよなぁ」

「気のせいだって。それより今回の件はこれで終わりにしようぜ。ラビットランドに異空間はなかった。ヨシヒコも案外、兄貴みたいに引きこもってるだけかもよ。新しい異空間に関してのウワサも、いくつか仕入れてあるんだよ」

「うん……」


 それからしばらく、カズキと流行りのゲームや学校についての他愛のない話をした。だけどしばらくすると、電話口からそんなカズキの声に混ざって、


「……し…よ…」


 カズキのものではない、声が聞こえた気がした。


「カズキ、電話のそばに誰かいるの?」

「兄貴はコンビニに『ジャンプ』と『ファミ通』の立ち読みに行ったし、家には俺しかいないよ」

「え、でも……」僕が困惑していると、

「さみ……いよ」今度は聞こえた。耳元で、ハッキリとした声で。


 それは僕が昼間に聞いた声と全く同じもののようだった。


「おい、ユウ……お前おかしいぞ。どうかしたのか?」

「ごめん、カズキ。一回電話切るよ!」僕はほとんど衝動的に言って、電話を切ってしまっていた。


 僕はお母さんに「本屋に行ってくる!」と声をかけて外に出ると、自転車にまたがった。

 僕が自転車を向かわせたのはラビットランドだった。

 キョウコさんは、あそこには何もいないと言った。でも確かに今、誰かが僕に「寂しい」って言っていたんだ。僕に向かって声をかけていたんだ。

 恐怖心はもちろんあった。でも改めてその声を聞いて強く感じた気持ちは、かわいそう、このまま放っておけないというものだった。

 雨に打たれて鳴いている子猫が、僕に助けを求めてきたような、それはそんな種類の声だったんだ。

 僕自身、ラビットランドに何かがいると確信しているわけじゃないということもあるだろう。もし危ないことがあれば逃げればいい、そんな心持ちで僕は自転車を走らせた。

 もう時間は遅い。ラビットランドは当然閉まって外から見ることのできる内部はがらんとしていた。

 僕は敷地を仕切る柵ぞいに自転車を押して歩き、例のため池の裏に当たる場所を見つけた。

 入園口と正反対の、林の入り口のような寂れた場所だった。


「さみしい………さみしいよ……」


 びくりと肩を震わせながら、とっさに声がした方へ視線を向けた。そこには表通りから漏れるかすかな電灯の灯りに照らし出された、少年がいた。

 心拍数が激しく高まっていくのを感じたけど、彼の姿を見るうちに、少しずつ恐怖心も薄まっていった。

 彼はトイレに背中を付けて体操座りをして、膝の間に顔をうずめて泣いていたんだ。


「……君は誰、なの? ひょっとしてヨシヒコ君?」


 僕はほとんど無意識のうちに、そんな言葉を投げていた。少年はうつむいていた顔を上げた。

 知らない少年だった。ただ、どこかで見たことあるような気がする顔だった。


「君はヨシヒコ君……なの? そこで何してるの?」

「ひとりなんだ」

「え?」

「一人だから、寂しくて、誰かに一緒に遊んでほしいんだ」


 少年は中性的な、少しかすれた声で嗚咽を漏らしながら言うと、また膝の間に顔をうずめた。


「一人なんだ。それなら、僕が……」言いかけて、僕は途中で言葉を止めた。


 僕は彼のことを何も知らないんだ。本当に彼がヨシヒコ君なのか、そして彼が人間であるかさえも――。

 少年はまた顔をあげ、恨めしそうな、それでいて傷ついたような表情をすると、


「君も僕と遊んでくれないんだね」と言った。

「いや、その、僕は……」

「いいんだ、気にしないで。僕はもう、慣れてるから」


 ひどく寂しそうな表情を浮かべて、少年は立ち上がった。

 僕が何も言えずに彼を見つめていると、彼はトイレの横を抜けて、どこかへ歩いていってしまった。


「ヨシヒコ君……」


 僕はしばらくそこに立ちすくんだまま、一歩も動けずにいた。

 ようやく体が動くようになると、すぐに自転車に乗り、家に向けてこぎ出した。

 彼に会いに来たにも関わらず、恐怖心が勝って、どうしても暗い園内に入って彼を追いかけることはできなかった。そう考えると自分がひどく惨めで、臆病な人間のように思えた。

 遅く帰った僕は、当然のように母さんに怒られた。その日は一日、彼のことが頭から離れることがなかった。

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