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 太陽が高くなり、陽射しが強さを増す。初夏の田畑を撫でる風は、青々とした臭いをふんだんに孕んでおり、鼻腔いっぱいに広がる草の臭いは、森で感じたそれよりも乾いていて心地良い。

 三人が風に吹かれてあぜ道を歩いていると、畑で作業をしている人々が見えた。

 人々は額に汗を滲ませながらも、実に楽しそうな顔で働いていた。見回りや訓練が終わったのか、男たちの姿も見受けられる。サーシャは作業をしている人に逐一声をかけて回り、先の地震でケガをしていないか、ケガをした人はいないか訊ねて回った。

 そのうち年配のご婦人たちに囲まれ、今度はサーシャが質問される側になった。ご婦人たちがちらちらとゲイルたちを盗み見るたびに、サーシャは真っ赤になって両手を振っていた。

 「彼女は善い子ですね。ご近所の人気者といった感じでしょうか?」

 「フン、ただのお調子者だろ。あの凶暴さは看板娘ってガラじゃねえぞ」

 ゲイルはサーシャに蹴られた尻をさする。素人とは思えない綺麗なフォームで入った中段蹴りは、的確にゲイルの尾てい骨にヒットしていた。ダメージの軽減される尻肉を狙わないところに、天性の素質を感じる。

 「それはゲイルが彼女の嫌がる事を言うからでしょう。身体的特徴を侮辱されれば、誰だって怒りますよ」

 「けどよお……」

 反論しようとしたゲイルに、誰かが「おい」と声をかけた。

 声の主を見ると、グレンが数人の若い男たちを連れて前に立っていた。総数五人。その全員が手にそれぞれ武器を持っていた。どうやら見回りの帰りのようだ。

 グレンは愛用の釘バットを肩に担ぎ、いかにも威嚇するような顔で立っている。その後ろに立つ他の連中は、サムの巨体見るのが初めてなのか、驚きを隠せていなかった。

 「うちのじじいから話は聞いたぜ。あんたら、この村の用心棒になったんだって?」

 「耳が早いな。ま、そういう事なんで、ガキは大人しく家の手伝いでもしてろ」

 「何だとテメエ!」

 「よせ。手を出すな」

 ゲイルの挑発に腹を立てた若者を、グレンが片手を出して抑える。

 「今日は挨拶だけだがいいか、よおく覚えておけ。この村は俺たちの村だ。俺たちが守る。よそ者のあんたらはすっこんでな」

 行くぞ、と他の連中に声をかけ、グレンは踵を返した。他の若者たちは、大将があっさり引き上げた事に不満顔だったが、すぐに彼の後を追った。

 「何だありゃ? チンピラと大差ないな」

 「若さゆえでしょう。温かく見守ってあげましょう」

 「俺はあいつらの保護者か? 冗談じゃない。ガキのお守りなんてまっぴらご免だ」

 ゲイルが肩をすくめていると、グレンが引き返して来た。何となくばつが悪そうな顔をしている。

 「どうした。道に迷ったのか?」

 「ンなわけあるか! 言い忘れた事があったんだよ」

 そう言うとグレンは、咳払いを一つ挟む。言い難そうに目をきょろきょろさせたり、口をむにむに動かしたりと明らかに挙動不審だ。

 「おい、用があるならさっさと言えよ」

 「うっせえ。えっと……お前、その……昨日はサーシャの家に泊まったんだよな……?」

 「それがどうした?」

 「お前……サーシャに何もしてねえだろうな?」

 「……はあ?」

 「サーシャに手ぇ出したら、ぶっ殺すからな」

 恥ずかしさを堪え精一杯強がる姿に、ゲイルは思わず吹き出した。

 「ぶわっはっはっは。お前、あいつの事が好きなのか?」

 「わ、笑うな! それより、何もしてねえだろうな!」

 「するか! あんな貧乳、俺の趣味じゃねえよ。それに俺たちは納屋に寝泊りしてるから、余計な心配すんな」

 「そうか……。ならいいんだ」

 「しかし、ぶふっ……お前がねえ。あいつを……」

 全身の筋肉を隆起させて赤面しているグレンの姿に、ゲイルは再び笑いが込み上げる。

 「あんな奴のどこがいいのか俺にはまったくもって解からないが、お前もいい趣味してるぜ」

 「うるさい! とにかく話はそれだけだ。あと、この事はサーシャには絶対言うなよ」

 「へえへえ。解かったから、とっとと帰って釘バットの手入れでもしてろ」

 手をひらひらと振るゲイルに、グレンは何か言いたそうな素振りを見せるが、結局「チッ」と舌打ちを残して仲間の所に戻った。

 「見てて微笑ましいほど青春してますね」

 「だがあいつも苦労するぜ。なんたって惚れた相手があいつだからな」

 「そうでしょうか? 彼女の器量なら彼を尻に敷いて上手く扱うでしょう」

 「〝胸の薄い女は幸も薄い〟って言うだろ」

 「……その妄言は誰が言ったんですか?」

 「俺だっ」

 ゲイルは得意げに親指で自分を指差す。サムが呆れるのを通り越してフリーズしていると、ようやくご婦人方から解放されたサーシャが戻ってきた。

 「やれやれ……お待たせ。ねえ、グレンと何を話してたの?」

 「いや、大した話じゃない。それよりぼちぼち帰ろうぜ」

 「腹が減ったって言いたいんでしょ? もう、あんたってワンパターンなのよ」

 「いいものはいつまでも変わらないんだよ」

 「馬鹿は死ななきゃ治らない、とも言うわね」

 ゲイルとサーシャが額を突きつけあって睨み合っていると、突然サムが二人の頭を抑え込んだ。

 「皆さん、伏せてください!」

 直後、轟音とともに大地が波打った。人々は、いとも簡単に地面に投げ出される。

 地震はさっきとは比べ物にならないほど強く、長く続いた。その間人々は悲鳴や叫び声を上げながら、ただ地面にしがみつく事しかできなかった。

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