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 翌朝、サーシャが勢い良く納屋の扉を開けると、ゲイルの奇妙な姿に意表を衝かれた。

 「きゃあっ!」

 驚いて悲鳴を上げる。それもそのはず、ゲイルは目を開けて眠っていたのだ。しかも手足が全てばらばらの方向を向いている。いったいどういう寝方をすれば、こんな格好になるのか見当もつかない。寝相が悪いというレヴェルを遥かに超えていた。

 「おはようございます、サーシャ」

 「お、おはようサム……」

 「どうかしましたか? 顔がひきつってますよ?」

 朝から珍妙なものを見たという顔をするサーシャに、サムが体育座りのまま訊ねる。サーシャは、こんな格好をして寝ている奴の隣にいて平気なサムのほうがどうかしていると思った。

 「あ、あのさサム。こいつって、いつもこんなに寝相が悪いの?」

 サーシャの問いかけに、サムはふむ、と改めて相棒の寝姿を見る。

 「今日はいくらかマシなほうですね。酷い時には三点倒立をしていたりしますから」

 「どういう寝返りを打ったら、そんな体勢になるのよ……」

 「さて……私には答えかねます」とサムは小首をかしげた。

 見ればゲイルはレム睡眠中なのか、眼球がぴくぴく動いていた。痙攣するような黒目の振動に、サーシャは「ひいっ」と小さく悲鳴を上げる。

 「ああもう、気持ち悪い!」

 あまりの気味の悪さに、サーシャはゲイルの毛布を引っぺがす。ゲイルはごろごろと床を寝転がると、壁に勢い良く顔面からぶち当たる。

 「ごっ……!」

 「ほら、いつまで寝てるの? もうお天道様はとっくに昇ってるわよ!」

 サーシャが腰に手を当てて怒ると、ゲイルは勢い良く起き上がった。

 「何て起こし方しやがる。お前は俺の幼馴染か?」

 「なにワケのわからない事言ってるの。さっさと起きないあんたが悪いのよ」

 打ち付けた鼻をさすって喚くゲイルを軽くあしらい、サーシャはすました顔で毛布を畳む。態度の悪い客の扱いに慣れた旅館の女将のようだ。

 「朝ごはんが片付かないから、早く顔洗ってきてよね」

 「朝メシか……。フン、今日はこのくらいで勘弁してやろう」

 鼻を鳴らすと、ゲイルは意味不明な捨て台詞を残して納屋から出た。井戸を使って水を汲み、顔を洗う。

 「ゲイルの扱いかたを心得てますね。お見事です」

 「馬鹿は扱うのが簡単で助かるわ」

 サーシャは得意げに胸を反らすが、ふとサムの鎧姿を見て僅かに眉をひそめた。

 「……あなた、もしかしてその格好で寝てたの?」

 「同じ姿勢という意味でなら肯定ですが、睡眠という部分は否定します」

 体育座りのまま、しれっと答えるサム。そういう意味で訊いたわけではないのだが、あまり深く追求してはいけないような気がしたので、サーシャは「ふ、ふ~ん……」と微妙な相槌を打つにとどめた。


 朝食が済むと、サーシャはゲイルとサムを連れて村を案内した。

 村には大小様々な家が建ち並んいる。人口はせいぜい三百人といったところか。家と家の間隔がまちまちなのは、あちこちに置かれてある岩を避けて建てられているせいだろう。天気のいい朝なので、庭には干された洗濯物が見える。

 村人の多くは朝日とともに農地に赴き、外を歩いているのは散歩をする老人か遊んでいる子供だけだった。サーシャを目にすると挨拶をしようとするが、ゲイルとサムの姿を見ると皆一様に不審な顔をする。老人は精一杯の早足で家に帰り、子供たちはサムの巨大さに目を丸くする。

 「みんなサムを珍獣みたいな目で見て行くぜ」

 村人の反応を、面白そうに笑うゲイル。

 「あんたも珍獣の仲間じゃない」

 「失礼な事を言うな」

 「なに『心外だ』みたいな顔してるのよ。存在そのものが失礼な珍獣のくせに」

 「そう……なのか……」

 地面にがっくりと膝をつくゲイルを無視し、サーシャとサムは歩き出した。

 奇妙な事に、村には若者の姿がまるでない。仕事に出かけている事を差し引いても、異常と思えるくらい目にする事がまったくなかった。

 「今はみんな、見回りに出ているのよ」

 ゲイルの疑問に、サーシャが答える。村の若い男は全員自警団に身を置き、この時間は村の近隣を見回っているのだそうだ。男が村を守っている間、女は田畑を耕す。怪物が出没し始めてからのシステムらしい。

 「とは言っても、今まで一度も怪物を退治した事ないんだけどね」

 「そりゃ素人の寄せ集めじゃあな」

 「刈り入れの時期だけは、人手が必要だから見回りも減るんだけど、それ以外はいつも見回りや訓練ばっかりやってるわ」

 兵隊にでもなったつもりなのかしら、とサーシャは愚痴を漏らす。どうして男という生き物は、いくつになっても戦争や兵隊に子供っぽい憧れを抱くのだろう。理解に苦しむ。兵として戦に出れば、死ぬかもしれないのだ。

 サーシャは父の事を思い出すと、今でも胸が痛くなる。祖父も母も、きっとそうだろう。

 「おい、どうした?」

 ゲイルに声をかけられ、サーシャははっと顔を上げる。いつの間にか俯いて歩いていたようだ。

 「別に。何でもないわ」

 「そうか? 前を向いて歩かないと、躓いて転ぶぞ」

 「なによ、子供扱いしないでよ」

 「すまん、悪かった」

 思いがけずゲイルが素直に謝ったので、サーシャは強く言ってしまった事を後悔した。

 「え、いや、その……」

 考えてみれば、これまでゲイルへの態度が少しきつかったように思える。助けてもらったお礼もまだはっきりと言っていないし、このままずるずると引き延ばしにするのは気分が悪い。やはりけじめはきちんとつけておかなければ。

 「あ、あのね……今さらだけど、助けてくれて――」

 「胸がまったいらだから、ガキかと思っちまったよ。紛らわしいんで今度から、年齢と〝こっちが胸です〟って書いた札を首から下げといてくれ」

 両手を叩いて大笑いするゲイル。最初に出会った時、彼を物語の勇者と思い込んだのは絶対に気の迷いだったのだ。心の中で昨日の自分を叱りつつ、サーシャはゲイルの尻に容赦のない蹴りを入れた。


 村の中央に来ると、ちらほらと店が見え始めた。町とまでは言わないが、そこそこの数の店が並んでいる。そもそも、食料はほぼ自給自足している。だから必然的に農具を直す鍛冶屋や金物屋、布屋や仕立て屋など生活に密着した専門店が目に付く。

 「フン、生意気に貨幣が流通してやがる」

 「ん? 何か言った?」

 「いや、別に。ところで、あれは何だ?」

 ゲイルは、少し離れた小高い丘を指差した。丘の上には丸太で組んだ格子状の柵が建てられ、中には巨大な黒い岩が納まっている。丘は勾配の差が激しく、村の近くは緩やかだが、中ごろになると急激に高くなっている。

 岩の向こうには林があり、木のてっぺんが見えた。木の高さから想像すると、岩はとんでもない大きさだった。

 「あの大岩はね、昔からこの村にあったの。なんか大昔、火山が噴火した時に降ってきたんだって」

 「随分大きい岩ですね。あの火山からここまで飛んで来たのですか?」

 「そうよ。村にある岩は、全部その時に降ってきたものらしいわ」

 「そういえば、村のあちこちに岩が置かれてましたが、そういう事ですか」

 三人の立っている場所からでも、岩の大きさや重さが見てとれる。近くで見れば圧倒されるだろう。岩の放つ存在感が、当時の噴火の凄まじさを物語っている。

 「森の怪物の倍以上はデカいな。もしあれが村に転がって来たら、大惨事だろうぜ」

 「ゲイル、冗談でも不謹慎ですよ」

 冗談めかして笑うゲイルを、サムが注意する。

 「大丈夫よ。ああやって囲いをしてあるし、最近何度も地震があったけど、びくともしなかったんだから」

 「しかし、万が一という事が――」

 突然サムが黙る。直後、地面が揺れ始め、あたかもゲイルの冗談が現実になったかと思われた。

 「うおっ、マジかよ?」

 「やだ。あんたが不吉な事を言うからよ!」

 「俺のせいか? 俺は預言者か?」

 「二人とも落ち着いてください」

 揺れはそれほど大きくなかったが、用心のために商店から店主や客が外に出てくる。道を歩く人たちも、慌てず騒がず地面に伏せたりそれぞれ避難行動をとっていた。

 地震は一分ほど続いた。揺れが完全に止まると、人々は何事もなかったように店に戻ったり散歩の続きを再開する。

 「……やっと止まったか」

 地面に伏せた状態で、ゲイルは辺りを見回す。他の人々は皆もとの日常に戻っており、地面に伏せているのは彼らだけであった。

 「やれやれ、みんな慣れたもんだな」

 ゲイルとサーシャは、手や服についた土を払いながら立ち上がる。

 「良かった、小さくて。それじゃ、次に行きましょう」

 「ああ、とっとと済ませてメシにしようぜ。俺ハラ減っちまったよ」

 「あれだけ朝ごはん食べて、まだ食べるつもりなの?」

 「あれ? 俺朝メシ食ったっけ?」

 「あんた胃と脳ミソに穴が開いてるんじゃないの……?」

 漫才のようなやりとりをしながら、二人は並んで歩き出す。ゲイルが後ろを振り返ると、サムはまだしゃがみ込んで両手を地面に着けていた。

 「どうしたサム。腰が抜けたか?」

 「いえ、少し気になる事が……」

 「早く来い。置いて行くぞ」

 「あ…………」

 サムが言い終わる前に、ゲイルは背を向けた。サーシャは立ち上がらないサムを心配そうに見ている。サムは数瞬考えて、結局何も言わずに立ち上がった。

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